第十九話 嵐の前の静けさ
旧シクタカ領北部で蜂起したバンジェロ率いる2千の反乱軍は僅か3日の内に21の砦を攻め落とし、反乱軍の規模も6千にまで膨れ上がっていた。
「獣ってのは賢いもんだで。しなくて良い狩りってのをしたがらねぇ。
その日生きるのに必要なだけ命を賭けて後はひたすら寝て過ごす。
温室育ちの獅子ってのは、どんな時でも餌があると思い込んで、
なんもかんも平らげちまおうとすっがら、腹がはち切れそうになっでも食うのをやめらんねぇんだべな」
「髭さーん! また若獅子からの使者が来とるがどうすんだー?」
物見櫓の下から民兵が声をかける。バンジェロは体躯に似合わず軽快な動きで降りていき、使者と会う旨を伝える。
「私はオルディア王国のネッキ・ギスマンと申す者。
バンジェロ殿、今ここで矛を収めていただければ、旧シクタカ領は丸々貴殿のもの、さらに政権内での要職の地位も用意すると陛下は仰せです。
そちらにとっても悪い条件ではないはず、これ以上の争いは互いに無益に他なりません。どうかご承諾の程を」
バンジェロは豊かに蓄えた髭をしきりに撫でる。その眼差しは熊のように恐ろしいものだった。
「なぁ使者殿よぉ、おらだづは益になると思って戦をおっぱじめたんじゃねぇど?
おらだづの益がお上の都合で無くなっちまうからこうして反抗してんだべ。
先祖代々、おらだづはおらだづのやり方でず~っと上手くやってきたんだ。
それを横から現れておめだづのやり方に従えなんて、そんな話は到底聞けんべや」
「お待ちを、私の話が信用できないというのならそれも良いでしょう。
ですが、こちらをご覧ください。陛下のサインが入った先程の話の内容を裏付ける書類です。
これがあれば信じていただけると思いますが?」
バンジェロは書状を読みながらしきりに髭を撫でる。
「おい誰か、この紙燃やしてくんねぇか?」
「な、何を血迷ったか!? それは恐れ多くも陛下のサインが入った書状なのですぞ!
ガナン盆地一帯の支配を任せた上に要職も用意するなど、これほど良い待遇もございませんぞ!?」
「ふぃ~......お貴族様ってなぁ、なんでも紙切れで全てが片付くと思ってそうで困んなぁ。
おらは別に、やれ出世だやれ支配だのに興味はねぇ。
おらが望むのはこの地に生きる者に寄り添う事! それが分がんねなら帰ぇってくれ」
使者は物申したげな態度で顔を赤らめ、大急ぎでバンジェロの前から立ち去る。
交渉決裂、その報せに最も落胆したのは当然レオだった。
「そうか、バンジェロは降伏を拒否したか」
「申し訳ございません! 私の交渉が至らぬばかりに、陛下の顔に泥を塗る事となってしまいました!
次は必ず挽回いたします! 何卒、何卒チャンスを......!」
酷く怯えた顔でネッキは土下座している。
ルークが離れてからというもの、レオは独りで厳格な君主として振る舞い続け、いつしかその威圧感は何者をも恐怖させるものへと変わりつつあった。
「今回の件で貴様に挽回の余地はない、ああいう手合いに貴様のような者を遣わした俺の落ち度だ。
次からは別の使者を向かわせる。誰か、バンジェロの如き手合いを説き伏せられそうな者を知っているか?」
その場にいた側近達は空を仰いだり、顔を伏せて思案をしてみたものの、これといって良い案が浮かばず誰も答えられないでいた。
その時、恐る恐る手を挙げたのはエーゴンだった。
「陛下、私に一人だけ心当たりがあるのです。
平民相手でも分け隔てなく接し、相手の立場に立って常に物事を考える男なのですが......」
「いい、言わなくても分かる。俺も同じ事を考えていた」
「左様でしたか。では、向かわせますか? 彼はこの国に無くてはならない人材ですが?」
自分の参謀をわざわざ死地に送り込みたい者などいない。エーゴンは苦渋の決断を迫ってしまったとレオに同情するが、事態は急を要するので、そうも言っていられない。
レオは頭を抱えて考え込む。理屈の上では分かっていても感情がそれを否定しているようだった。
「色々考えたが他に手は無いだろうな......だがな、そうなるとアイツの許嫁がうるさいんだ」
「い、許嫁? アリアが陛下に何か?」
レオはエーゴンにとある手紙を見せる。そこには、アリアの怒りの文章が書き記されていた。
『レオ陛下、ご機嫌は如何でしょうか?
近頃は父・エーゴンと共に政務に励んでいると聞きます。体調にお気をつけください。
それはそうと、私からルーク様を1ヶ月も取り上げておいて、やっと一緒にいられると思ったらまた呼び出すとはどういう了見ですか?
私とルーク様が疎遠になり、ローズロックとオスワルドの仲が悪くなれば損をするのは陛下だという事を理解できているのでしょうか?
少なくとも、今後1ヶ月......いいえ、1年は私とルーク様の間に割って入ってこないでください! いいですね!』
エーゴンは読み進めるほどに青ざめていく。怒り狂ったアリアを止める手段はどこにも存在しない。
この猛獣を唯一飼い慣らせるのは現状ルークしかいなかった。
「なぁエーゴン......。今回の件、お前の命令って事にできないか?」
エーゴンは全力で拒否した。
その日の夜、レオの書状がルークの元に届いた。
内容はバンジェロの説得ではなく、内情を探れというものであった。
(やっぱり問題が起こったか......)
ルークの予想は的中した。急激な変化は多くの人間にとって拒否反応として現れる。
性急な国造りはむしろ計画を遅らせる事に他ならない。
ルークは屋敷の皆を集めて今後について話し合っていた。
「このバンジェロって奴、随分と強いみたいだね。1日に7つのペースで砦を陥落させるなんて尋常じゃないスピードで攻め落としてる。
もうガナン盆地北部は反乱軍の手に落ちてて、南部に迫るのも時間の問題だろうね。
義勇兵を集めているって情報があるから、今は6千だけど遠からず1万は超えるだろうね」
エストリヤが事前に集めていた情報を話すが、それでも分かっている事が少ない。
「敵の武器、戦術、目的が明確になっていない以上、迂闊に行動は出来ないな。
エストリヤ、しばらく密偵としてバンジェロの所に行ってくれないか?」
情報は早めに稼ぐに限ると言い、エストリヤは早速支度を整える。
「リナ、君は明日の朝一番に馬を飛ばして父上に援軍を要請してくれ。
ここもいつ襲撃に遭うか分からない、早ければ早い方が良い、急ぎで頼む」
「承知いたしました」
「アリア、君はステラとメイド達を連れてエーゴンさんの所に帰るんだ。
いずれここも戦火に晒される可能性が高い、君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
アリアは首を横に振る。
「私達だけ難を逃れて生き延びるなど嫌です! そうだ、ルーク様も一緒に逃げましょう?
このような事態に陥ったのは元を辿れば陛下の強引な決定が原因です!
ここで私たちが避難した所で咎められませんよ! だから一旦避難してまた戻ってきましょう!?」
「それは出来ない、俺はここの領主だ。領民を見捨てて逃げた領主の事を信用する民はいないだろう。
だから俺は逃げられない。それに、レオの法案は俺も目を通した。
こういう危険性も理解した上でレオの判断に従ったんだから俺にも責任がある」
アリアは口を震わし、目元には涙を溜めていた。
嗚咽を漏らしながら、何とかルークを説得しようとする。
「でも......それでも、私......私、心配で......皆いなくなったら......ルーク様だけ敵の中で、今度こそ本当に会えなくなるんじゃないかって......うぅ......うわぁぁぁぁぁん!」
感情を抑えきれなくなり、ルークの胸元で号泣する。
この村に赴任して僅か数日。ガナン盆地の民から信頼の厚いバンジェロが王国に反旗を翻したという事は、この村の住民もそれに同調する可能性が高い。
四方を敵に囲まれていると言っても過言ではない状況で、一人残ると決めたルークの事を想うと、アリアの頭の中には最悪の状況しか浮かんでこなかった。
強くアリアを抱きしめるルーク。
悲しい思いはさせない、そう誓った矢先に運命は無情にも二人の仲を引き裂こうとしている。
「君の事は何よりも大切にしたいんだ。分かってくれアリア、この反乱を無事に鎮圧したら、レオに頼んでしばらく暇を貰う。その時になったら、俺と結婚して一緒になってほしい」
「うぅ......ひっぐ......そういうのは、無事に済んでから言ってください......余計辛くなるじゃないですか......」
気持ちを落ち着かせる為、メイド達に頼んでアリアを寝所へと連れていってもらう。
残ったメンバーも明日に備える為に早々に部屋に戻ろうとする。
「ねぇフィアンセ君、バンジェロの事だけどさ。
今回の反乱って自分達の暮らしを無視した王子様に対しての怒りだよね。王子様はどうするのかな」
「それは俺には何とも言えないけど、最近のレオはどこか焦っているというか、何かを恐れているように見える。政務が立て込んでて余裕が無いんだろう......もしかしたら、バンジェロは見せしめになるかもしれないな」
屋敷の外から謎の人物が二人の会話を盗み聞いていた。
”バンジェロが見せしめとして処刑される”それを聞いた人物は闇の中へ消えていった。
(今、誰かの気配がしたような?)
エストリヤは屋敷の外に目を向けるが、誰もいない。
「どうしたんだエストリヤ?」
「ううん何でもない、アタイの勘違いだったかも。じゃあ、早速バンジェロの所に行ってくるよ。
アタイがいない間にこれ以上アリアちゃんを泣かせちゃ駄目だぞ?」
そう言い残すと、エストリヤは風のように去っていった。全ては明日から始まる、ルークは万全の状態を保つ為、早めに床についた。




