200話─嵐の間の静寂
夜になり、クァン=ネイドラ各地で起きた戦闘は一旦終息した。三人の簒奪者が戦死したフィービリア軍が、立て直しのため撤退したからだ。
幸いにも、ユウたち防衛連合は程度の大小はあれある程度負傷者は出たが、死者を出さず凌ぎきることが出来た。とはいえ、喜んでばかりもいられない。
「アンチヴェルドコードを無力化するための修行を行う……か。出来るのかい? ユウくん」
『はい、ラインハルトさんから送ってもらった……この、ルネーアが所持していた小型アンチヴェルデコードを使えば可能です。いつまでもやられっぱなしじゃあいられませんから』
これまで、ユウはずっとアンチヴェルデコードによって力を出せない状態にされてしまっていた。その状態から脱却出来なければ、足手まといとなりいずれ仲間を危機に陥らせてしまう。
そう考えたユウは、敵の戦力を削り勢力が弱体化したこの期を活かすことを決める。すなわち、アンチヴェルドコードによる魔神弱体化を克服するのだ。
『方法は簡単だ。この装置を極低い出力にしてユウが体内に取り込み、弱体化のメカニズムを学習する。そうして身体を適応させ、無力化するのだよ』
「ふむ、なるほど。確か、母上が言っていたよ。地球には、そういう風に杉花粉やダニのアレルギー反応を起こらなくするための治療法があるとね。でも、大丈夫なのかい? その装置を取り込むなんて、危険に思えるんだけどもね……」
『時間をかけられるなら、他にも方法はあります。ですが、ミサキお姉ちゃん。その時間が今は惜しいんです。一刻も早くこの装置を克服しないと、ボクはみんなを守れない。そんなのは嫌なんです、助けたい人が目の前にいるのに、何も出来ないなんていうのは』
ガンドラズルに帰還した後、仲間の帰りを待つ間ユウはミサキにそう告げた。平時であればもっと安全な方法を採ることが出来たのだが、現在は戦時中。
いつ、どこで何が起きるか分からない。そんな中で悠長に構えていられる暇は、ユウにはないのだ。
『なに、案ずることはない。我が死なぬようサポートを行う。あくまでアンチヴェルドコードの対象はユウだけだ、我には悪影響は出ぬ。不測の事態になど陥らせぬさ』
「……分かった。なら、シャーロットたちには私が伝えておくよ。無事に克服出来るよう祈っているよ、ユウくん」
『任せてください! すぐに適応して、残りの簒奪者やフィービリア軍をやっつけちゃいますから!』
少年の決意は固いと知り、ミサキは小さく頷く。あらかじめグランドマスターに用意してもらった部屋にこもり、ユウは手のひらの上にある指輪を見つめる。
『……絶対に負けない。ボクはこんなものに踊らされ続けるわけにいかないんだ。大切な人たちを……この大地を守るためにも!』
そう口にした後、アンチヴェルドコードを起動させる。そして……ヴィトラに出力を下げてもらい、指輪を丸呑みした。脅威を克服するための、荒行が始まる。
◇─────────────────────◇
「……なるほど。プラウダーとトースが敗れ戦死。おまけに闇寧神の指輪の力を奪い返された、か」
「ハッ。プラウダーが宿していた光明神の指輪の力は、大気中に霧散していたのを密かに回収しました。しかし……」
「困ったものだ。ルネーアが宿していた創命神の力と合わせ、二つの指輪の力が回収不能になるとはな。全く、頭の痛い問題だ」
その頃、拠点への撤退に追い込まれたフィービリア軍の部隊長たちは総大将、ベウゼリスに報告を行っていた。初戦に負けただけでなく、指輪の力を二つも失った。
その事実にベウゼリスはやれやれとかぶりを振る。回収された光明神の指輪の力と、残る簒奪者たちが保持する千変と審判。この三つの指輪の力が、彼らの死守した切り札。
それらをどのように活用し、逆襲を仕掛けるのか。その手腕を、ベウゼリスは問われることとなる。
「閣下、如何致しますか? 現在、戦力の総数そのものはこちらが上です。しかし、個々の練度では敵の方が上回っております」
「ああ、聞いている。例のサモンマスターなる者たち、かなり厄介だとな。だが、どんなものも完全無欠というわけではない。必ず弱点が存在する」
「と、言われますと?」
「簡単なこと。その者たちがヒーローだというのなら、その性質を利用してしまえばいいだけのこと。……対イゼア=ネデール攻撃要員だった、自爆部隊を無差別に突撃させよ。民間人の救援に戦力を裂かせ、分断し各個撃破する」
部隊長たちを代表し、ルガンドが問うとベウゼリスは冷徹な口調でそう命じる。その言葉に、ルガンドを除く部隊長たちの間にざわめきが広がっていく。
「よ、よろしいのですか? 彼らを使えば、クァン=ネイドラのライフラインが破壊され我々が占領した後苦労するかと思いますが」
「問題はない、戦闘を行っている間に裏で工作兵たちを動かしていた。ライフラインの壊滅的な破壊がもたらされぬポイントに特攻するよう、誘導をさせる。それに、万一ライフラインが破壊されたとて、だ。また一から造り直せばよいのだよ。フィービリア様をお迎えするのに相応しいものへな」
「か、かしこまりました」
別の部隊長の質問に、ベウゼリスは顔色一つ変えず答える。彼にとって目的はただ一つだけ。クァン=ネイドラの制圧……だが、無傷で達成せよとは言われていない。
必要ならば、破壊の限りをつくし闇の眷属しか住めない地へと変えてしまっていい。フィービリアはそう勅命を下していた。
「フィービリア様はおっしゃられた。戦争に正義も大義も存在しない。どのような理由であれ、一度戦争を起こしたならみな等しく殺戮者に過ぎぬ。ならば、殺戮の限りを尽くしてその名をとどろかせるのが、指導者の在り方だとな」
「ゆえに、我らは成し遂げる。大殺戮によってこの大地を赤い血で染め上げ、数多の骸で埋め尽くす。そうすれば、フィービリア様もさぞお喜びになられるだろう」
ベウゼリスとルガンドの言葉に、部隊長たちは改めて覚悟を決める。一度フィービリアに仕えることを選んだ以上、彼らはもう後戻りすることなど不可能。
闇の眷属はどこまでも冷酷に、残虐に、卑劣に、猟奇的に。破壊と殺戮を成し、味方すらも震え上がらせよ。それが、フィービリアの掲げる王の在り方。
彼女の配下に加わるということは、その思想に賛同したも同じ。ゆえに、裏切りも離反も決して許されない。もしそんなことを行えば、待っているのは惨き死のみ。
「諸君、我々は巻き返さねばならぬ。薄汚れた大地の民を殺し尽くし、このクァン=ネイドラを奴らの血で染め上げるのだ。そのためには一致団結し、これからの戦いに打ち勝つことが求められる。その覚悟、見せることは出来るか!」
「オオオオオオオ!!!」
ベウゼリスの言葉に、部隊長たちは声を張り上げ賛同の意を示す。ここまで来た以上、どんな手を使ってでも戦果を挙げ、征服を完遂せねばならない。
戦争倫理を無視した作戦の決行が決まり、各種関連兵たちに伝令されていく。非道な逆襲が、ユウたちに襲いかかろうとしていた。
◇─────────────────────◇
その頃、憲三はグラン=ファルダに赴き創世六神の一角たる時空神バリアスと謁見していた。一部始終を聞かされたバリアスは、深刻な表情を浮かべる。
「実に由々しき事態だ。まさかフィービリアがそこまでしてのけるとは」
「へえ、どうにかやっこさんらが奪ったモンのうち、この創命神の指輪の力はどうにか摘出してビン詰めに出来やしたが……。あっしの見立てじゃあ、残りはこう簡単にゃあいかねえこってす」
「そうだな、仮にその簒奪者たちを全滅させたとて全ての力を回収出来るか……。ひとまず、取り戻された力はこちらで厳重に管理しておこう。ご苦労だったな、ケンゾウよ」
創世六神の指輪は、クァン=ネイドラの守りの要。宿っていた力だけを取り戻したところで、器がなければかつてのように結界を創り、維持することは不可能。
しかし、現在大地の民にその問題を解決することは出来ない。新たな指輪の件はバリアスたちに任せることにし、憲三はクァン=ネイドラに戻ることに。
「帰りはどうする? 私の力を使えば、無理矢理にでも闇の結界を突破出来るが」
「問題ありませんや、キルトっつぅ坊ちゃんの力を借りて行き来が出来やしてね。いやぁホント、便利な能力でやすなあれは」
「ふむ……分かった、なら問題はあるまい。だが、戻った後も気を付けろケンゾウ。フィービリアとその配下は著しく倫理観に欠けている。どんな非道な攻撃をしてくるか予測不可能だ、心してかかれ」
「承知しやした。坊ちゃんにも伝えておきやすぜ、旦那」
バリアスからの警告を胸に、憲三はキルトが創り出したウォーカーの門を使ってクァン=ネイドラに帰還する。次なる戦いの時が、少しずつ……迫ってきていた。
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