199話─超越せし者の責務
「さて、唐突ですが冥土の土産にネクロ旅団の教義についてお話しておきましょう。我々旅団の理念、それは……」
「悪いがネ、そんなお喋りに付き合うつもりは毛頭ない! 今度こそ心臓を抉り出してやる! ダブルドリルチョッパー!」
「あらあら、人のお話は最後まで聞きましょうと教わらなかったのですか? ま、何をしてもムダですが」
ゆっくりと歩み寄ってくるジョゼフィンに向かって、トースは再び攻撃を叩き込む。両腕を突き出し、ジョゼフィンの胴体を貫くもまるで堪えていない。
微笑みを浮かべたまま、ジョゼフィンは全身に力を込める。すると、恐るべきことに高速で再生する筋肉の締め付けによってドリルの回転が弱まりはじめた。
「なっ、これでもダメだというのカ!?」
「ええ、こう見えて私は旅団の高位司祭ですので。一般のノスフェラトゥスよりも頑丈なんです。では、このまま教義の解説に戻りましょうか」
「クッ、このっ、引き抜けない……!!」
「ネクロ旅団の教義……それは、ただ一つ。生ある者たちに平和を、死せる者たちに安らぎをもたらせ。命王アゼル様はそう定められました、そして……その教義を現実のものとするため、私たち超越者を生み出した」
どうにかして両腕を引き抜こうと悪戦苦闘するトースだが、融合してしまったかのようにビクともしない。そんな中で、教義の説明をのんびりした口調で行うジョゼフィン。
「闇寧神ムーテューラ様のお力により、生と死を超える力を宿したネクロクリスタルが創られ……それらはまず、アゼル様及び彼ともっとも親しい奥方様たちに下賜され最初のノスフェラトゥスとなった」
「フン、だからなんだと言うんだイ? 怪物の誕生秘話になんて興味はないネ!」
「もう、また怪物呼ばわりしましたね? 許されることではありませんね……。これはもう、お仕置きが必要ですねぇ! フンッ!」
「あぐあっ! わ、ワタシの腕……ガフッ!」
何度目かの怪物呼ばわりをされ、ジョゼフィンは目を細める。笑っているのでない。滅ぼすべき異端者を見定めた、狩人の殺意を目に込めているのだ。
手始めに一気に筋肉を絞め、トースの両腕を挟み潰す。苦痛に顔を歪める相手にすかさずヘッドバットを放ち、怯んだ隙に肩を掴んで退避を封じる。
「私たちノスフェラトゥスがどのように選ばれるか、教えてあげましょう。アゼル様によって救われた者たちの中から、あのお方のために戦う……その強い覚悟を示した者が志すのです」
「グッ、ガッ! だから、なんだと……」
「私もそうでした。魔物に襲われ、命を落とした私を……アゼル様が生き返らせてくれたのです。温もりと慈愛で、私は……ああ……」
逃げられないトースに膝蹴りを連打しているジョゼフィンの様子が、少しずつ変わっていく。頬が上気し、目が熱っぽく潤い声が艶やかなものになる。
それはまるで、初めての恋に落ちた少女のようであった。もっとも、ビジュアルとの落差がありすぎて完全にホラーな状態であったが。
「その日から私は志しました。ノスフェラトゥスとなり、アゼル様に恩返しをするのだと。血の滲むような鍛錬と超越の儀を経て、私は……」
「このっ、そんな話などもう聞くつもりはないワ! マーシャルムーン・レッグアッパー!」
「おっと、危ない危ない。顎を蹴り砕かれたら、アゼル様への敬意と愛を語れなくなってしまいますからね。ま、秒で治癒しますが」
やられっぱなしではいられないと、強烈な蹴り上げで反撃するトース。が、ジョゼフィンは即座に手を離してバックステップし、反撃を避けてみせた。
「愛だと? ハッ、くだらぬナ。大体、命王アゼルは既婚者だろう。そこに横恋慕など」
「許されるのですよ、奥方様たちと約束を交わしましたので。私が旅団の【異端審問官】としての任を全うし、千人の罪人を滅した暁には……あのお方を愛する同志として、迎え入れてくださると」
「異端審問官……!? まさか、有り得ヌ! そんなのはただの噂だけのはず、実在するわけがない!」
ジョゼフィンがアゼルへと抱く感情が、単なる感謝や忠誠ではないことを看破したトースは腕を再生する時間を稼ぐため、言葉による揺さぶりをかける。
しかし、ジョゼフィンには全く効かない。それどころか、彼女の言葉にトースが動揺する羽目になってしまう。
「存在しますよ? そも、本来ノスフェラトゥスは複数人でチームを組んで活動するのが掟。単独での行動が許されるのは、最高幹部たる死天王。そして……命王により、旅団の敵と定められた者を滅する異端審問官のみ」
異端審問官。通常の宗教であれば、異端となる派閥の者や教義に背いた者を捕らえ尋問や拷問を行う者たちを指す。だが、ネクロ旅団においてその意味はまるで違うものとなる。
すなわち、死者の安寧を脅かしかねない存在……あるいは、闇寧神を冒涜する者としてアゼルが定めた者を滅する。それが、選ばれし超越者……異端審問官なのだ。
「あなたたちフィービリアの一派……その中でも、闇寧神の指輪から力を奪い、死者蘇生の力を悪用するお前は……決して逃すな。そう仰せつかっています」
「舐めるなヨ、怪物風情が! ようやく腕が復活した、ここからはもう」
「遊びはしない、始末させてもらう。でしょう? ……その言葉はこちらの台詞なのですよ。さあ、そろそろその命……チリへと還して差し上げましょう。シャークシャープスライド!」
もう話は終わりだとばかりに、トースの言葉を遮り攻勢に出るジョゼフィン。大海を泳ぐ鮫のように、一気に距離を詰め敵の懐に飛び込む。
「バカめ、それくらい予想済みダ! ボーンキャプチャー……」
「笑止、こんな肋骨など全てへし折るのみ! シャークフィン・ハンマー!」
「うぐあっ! クソッ、何故ダ? 闇寧神の力を得たワタシが、何故優位に立てない!? こんな、こんなこと……」
「あっていいはずがない、と? 愚かな、まだ分からないのですか? 闇寧神の力は、死者に安らぎを与えるためのもの。お前のような者が使っていいものではない! シャークファングランブル!」
右手を尾ビレの形をした塊へ変え、パンチを叩き込もうとする。それに対し、トースは鋭く尖った肋骨を体内から出現させた。ジョゼフィンを串刺しにしようする……が。
逆に肋骨を全て砕かれてしまい、そのままタコ殴りにされることに。反撃しようにも、まるで先を読んでいるかのように全て潰されていく。
「やれやれ、あれほど息巻いていたというのに。ま、所詮は付け焼き刃。このまま力を抜き出してからトドメを刺させてもらいましょうか」
「ふざ、けるな……! ワタシはまだ、こんなところで……? なんだ、これハ。力が抜けていく……」
「私の体内に、お前が指輪から手に入れた力を移しているんですよ。それ、一気にちゅるちゅる~っと」
「ぐ、あ……力が、せっかく手に入れた……闇寧神の、力が……消えて……」
「うん、これくで全部ですね。では、死になさい。今生にも来世にも、救いは無いと知りなさい! オーシャンフォール・ブレイク!」
「う、がはぁっ!」
指輪の力を全て奪い返され、もはや万策尽きたトース。ジョゼフィンはトースを担ぎ上げ、そのまま天高く跳躍する。そして、巨大な鮫そのものへ変化し……簒奪者を食らい、息の根を止めた。
「まあ、なんてまずいのでしょう。ぺっぺっ、肉も骨も血も食べられたものではありませんね、お腹を壊してしまいそうですよ」
直後、肉塊を吐き出したジョゼフィンは元の姿に戻りしかめっ面をする。懐から取り出したハンカチで口元を拭った後、肉塊を魔法で消し去りきびすを返す。
「汚物の不法投棄はいけませんからね、こうやって消して……っと。さて、帰りましょうか。他の皆さんが無事か気になりますしね」
圧倒的な力でトースを滅したジョゼフィンは、仲間たちのいる城へ戻っていく。ルネーア、プラウダー、トース。簒奪者のうち、半分が斃れた。戦いは、新たな局面へと入っていく……。




