198話─忍び寄る者、交差
敵の魔の手が伸びているとも知らず。サーズダイルに戻ったチェルシーたちは、クリートが暮らすプロンテリア城にて疲れた身体を休めていた。
かつてリンカーナイツ最高幹部の一人、神谷悟によって破壊し尽くされた王都は復興を果たし、新たな城が建てられた。空間拡張魔法によって数多く存在する客室の一つに、チェルシーがいた。
「やーれやれ、初戦は勝ったが次はどうなるやら。そう簡単に負けや……ん? 誰だ、入りな」
「失礼します、ミス・チェルシー。緊急の伝令です、プロンテリア城内に賊が入り込みました。直ちに始末せよとのことです」
「なに!? もう増援が来やがったのかよ、しかも城まで入り込んでやがるたぁ敵ながら……」
「いえ、増援ではありません。北方担当の者たちが全滅させたアサシンたちがよみがえり、ワープマーカーの経路をたどってきたようなのです」
城に戻ってから一時間、ゴロゴロしていたチェルシーの元にマリアベルが現れる。そして、フィービリア軍のアサシンたちが城に侵入してきたことを告げた。
「ハァ!? 嘘だろ、そんなわけ……あ! そうか、指輪の力だな?」
「その通りです。どうやら、アサシンたちの背後に闇寧神の指輪から力を手に入れた者が潜んでいるようで。その者の手引きにより、今回の奇襲が引き起こされたと我が主は考えています」
「チッ、一杯食わされたな。他の戦場にいるかと思ってたが、こっちに来てやがったか。よし、その指輪野郎を叩き潰してくる。居場所は分かるか?」
「いえ、簒奪者の相手はミス・ジョゼフィンに一任してあります。貴女は他の者たちと共にアサシンの相手を。闇寧神の持つ死者蘇生の力に対抗するには、ルーツを同じくする者が相手をするしか手がありませんからね」
マリアベルの言葉から事態の元凶を察し、そちらの相手をしようとするチェルシー。しかし、そちらではなくアサシンたちの撃滅に向かえと指示を受ける。
闇寧神が司るのは、死そのもの。命の理を操り、死者をよみがえらせる力は指輪にも宿っている。ゆえに、チェルシーでは消耗戦の末敗れると判断されたのだ。
「……しゃあねえ、そういうことならアサシン共をぶっ殺すとするか。シャーロットから聞いてるぜ、確かアンタは……」
「はい、すでにお聞きの通り建造物を支配市操る能力があります。わたくしの力があれば要人を守りつつ、侵入者たちを全滅させ続けることは容易です。お力添え願えますか?」
「ああ、任せとけ! アタシはタフだからな、何度でも戦うぜ! 場所はどこだ? 教えてくれりゃあ急行するからよ!」
自分では力不足だと告げられるも、チェルシーは少しだけ残念そうにしただけですぐに思考を切り替える。彼女自身、よく理解しているのだ。
この世にあるものには、適材適所というものがあるのだと。リンカーナイツを倒せるのがパラディオンだけならば、闇寧神の力を操る者を倒せるのは超越者だけ。
ならば、自分のやるべきことは一つ。己に出来ることを全力で行い、ジョゼフィンが簒奪者を滅ぼすのに支障が出ないようにすることだと。
「すでにわたくしの力を使い、アサシンたちを分断して閉じ込めてあります。ミス・ジョゼフィンが簒奪者を始末するまでは、多勢で殺し続けるのが最適解ですからね」
「……ホント、アンタが敵じゃなくてよかったよ。敵に回られたら誰も勝てねえわ、こりゃ」
サドっ気全開な笑みを浮かべるマリアベルにエスコートされながら、冷や汗を流しつつチェルシーはそう呟いた。
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「さて、連中がいつまで持ち堪えられるかゆるりと見物するとしようかネ。……いや、そんな時間はないか。そこにいるんだろう? 忌まわしい命王の怪物さんヨ」
「あらあら、出会い頭に随分な物言いをされますね。私たちにはノスフェラトゥスという名があるのですから、そちらで呼んでいただきたいものですが。ま、いいでしょう。あなたはここで死にますから」
よみがえったアサシンたちとの攻防が始まった頃、雪原には水晶玉を覗き込むトースの姿があった。そんな彼女の元に、忍び寄る影が一つ。
事態の収拾をつけるため、闇寧神の力を悪用する者を誅せんとジョゼフィンがやって来たのだ。背後に立つ彼女に一瞥もせず、トースは余裕たっぷりに声をかける。
「ワタシを殺せるとでも思っているのかイ? 闇寧神の力を得た今、お前と私は同格の存在となった。不死なのだヨ、それをどう滅ぼすと言うのだね?」
「出来ますよ、そのくらい簡単に。一つ勘違いしているようですから、教えて差し上げましょう。……偉大なる命王により聖別され、生と死を超越した私たちと、指輪の力を奪っただけのあなたの間には。超えられない壁があるのですよ」
『ネクロ・リボーン』
穏やかな微笑みを浮かべながら、ジョゼフィンは力の源たるネクロクリスタルを取り出す。サメのシンボルが刻まれたそれを胸に埋め込み、その力を解き放つ。
直後、ジョゼフィンの姿が変わり全身を水色の魚鱗が覆っていく。祭服を脱ぎ捨てると、最後に魚鱗の鎧に身を包んだ超越者の頭部がサメのソレへと変化した。
「立ちなさい、死をその手に収めたなどと思い上がった愚者よ。偉大なる命王、アゼルの名代として闇寧神の力を嘲弄する者に裁きを下します」
「ククククク、やれるものならやってみるがいいサ。今までお前たちノスフェラトゥスを討ち取れた者はいなかった……だが、その不敗神話も今日まで。ワタシがお前を殺し、栄誉を手にさせてもらうヨ!」
「笑止、そんな戯れ言は夢物語ですらない妄言も同じ。その肉で、骨で、血で、魂で。思い知りなさい、闇寧神の力を冒涜した罪の重さを! シャークファングネイル!」
指に生やした牙のように鋭い爪を振りかざし、跳躍しながら飛びかかるジョゼフィン。凄まじいスピードではあったが、トースは短距離テレポートで攻撃をかわす。
ローブは爪に引っかかり、転移することなく餌食となり八つ裂きにされた。仕留め損なったことを舌打ちしていると、ジョゼフィンの背後に気配が現れる。
「酷いことをする、そのローブはこう見えて結構値が張るんだヨ。何せ、贅を尽くしたオーダーメイドだからネ。これはもう、お前の命で弁償してもらうしかないようだなァ」
「おやおや、声のトーンから予想してはいましたが……身体をキカイ化しているようですね。私には何がいいのかまるで理解出来ません」
「そうかイ? とても快適なんだヨ、この身体はね。一つ残念なことがあるとすれば、キカイになっても死を克服出来ないということだった……だが! 今はもう違う、指輪から得た力でねェ!」
ジョゼフィンがゆっくり振り向くと、そこには顔の左半分を機械に換装したトースの姿があった。生身の部分は、ゾッとするほど肌が白く生気を感じられない。
服の下に隠れている首から下も、ほとんどを機械化させているようだ。そんなトースはやり取りを交わした後、両腕の肘から先をドリルに変形させジョゼフィンに襲いかかる。
「さあ、お前を殺してあげよう! そして剥製へ作り替え、フィービリア様に戦利品として捧げるのダ!」
「ふふ、お可愛らしい。目どころか脳が節穴だらけで、現実を理解出来ていないようですね。なら、現実を教えてあげましょう。こんな風に」
「!? 貴様、避けないだと!? バカな奴メ、ならこのまま」
「私を殺す、と? 言ったはずです、それは不可能だと。フンッ!」
「ゴハッ!」
心臓を狙って突き出されたドリルを、ジョゼフィンはあえて受け止めてみせた。超越者の胴体が貫かれ、金色の鮮血がほとばしる。
回避、最低でも防御はすると予測し次の手を考えていたのが完全に外れた……。それだけでなく、心臓を貫かれているのに平然と蹴りを叩き込んできたことにトースは驚愕する。
「貴様、何を考えて……」
「教えてあげるためですよ。お前が何をしても、ノスフェラトゥスたる私を殺すことは不可能なのだということを、ね。さ、来なさい。その思い上がりの全てを、命と共に叩き潰して差し上げましょう」
雪原を転がっていったトースにゆっくりと歩み寄りながら、ジョゼフィンは微笑む。不死となりし者たちの戦いが、幕を開けた。




