第八十五章 夫婦愛
「来るなよ、そして絶対に覗くなよ?」
晩餐会が終わり、喫煙室に移動し、出された葉巻を燻らせながら、オリヴィエはこう釘を刺した。
「えー、興味ある」
女性用の葉巻を吸い、フランシスは言った。
「そんなにノエル様が怖いの?」
ちょっと怖いけど優しそうな人だと思うけど、と、アイリスが言った。葉巻は慣れてないと言う理由で、吸っていない。
「姫様は知らないのです。結婚すれば、大体の事が女性中心に回るようになる。私はそれを投げ出して出ていった者です。彼女が怒っていてもしょうがない」
「怒られるとは思えないけど……」
「散々嫌味を聞かされるのです。余り聞かせたくないのですよ」
と、オリヴィエは続けた。
「そう。部屋に戻るわ」
それだけ言うと、アイリスは扉を開き、出ていった。
「俺もそろそろ寝るかな」
葉巻を切り、マウロが伸びをする。
「ボクたちはどうする?」
俺の腕に己の腕を絡め、フランシスは尋ねる。この猫は俺と一緒に寝る気なのかな?
「寝るかぁ」
ちらとオリヴィエを見、俺は言った。彼は気がついてないようで、一人恐怖を拭うように葉巻をふかしている。
「隊長、ボクたちも寝るよー!」
そう言って、俺とフランシスは喫煙室を出た。外には示し合わせたようにアイリスがいて、
「どう? 上手く行きそう?」
と、尋ねた。どうやらオリヴィエとノエルのやり取りを聞きに行くつもりらしい。
「シャルルも連れていっても良いかな?」
と、フランシスが言う。おいおいおい俺を共犯者にするな。
「良いわよ。人数は沢山いた方が叱られる率が減るって家庭教師から聞いたから」そんな考えをアイリスに吹き込んだ家庭教師を、マスケット銃で粉砕してやりたい。「兎に角、柱の影に隠れてオリヴィエが出てくるのを待ちましょう」
と、三人で太い柱の影に身を寄せる。
やがて、ため息と共にオリヴィエが部屋を出てきた。
階段を上る彼のあとを、音を立てないように付いて行く。そうして二階に上がり、足音は絨毯にかき消された。と、彼が振り向いたので、慌てて隠れる。先ほどの、花の生けられたテーブルだったが、蝋燭の仄かな灯りが、俺たちの存在を消してくれた。
オリヴィエはノエルの部屋の扉を叩き、
「ノエル、俺だ」
と、言った。
扉が開き、ノエルが顔を出す。
「あなた、本当に来てくれるなんて」
と、オリヴィエの肩に腕をかけ、抱き締めた。オリヴィエも、そんな彼女の背中を抱いている。
おや? なんだか雰囲気が違うぞ?
「抱き合ってるね」
フランシスが囁く。
「そうね……」
二人が扉の向こう側に入ったのを確かめると、急いで扉に近付き聞き耳を立てる。鍵穴から中を見ると、寝台に沈む影が見えた。嫌味とは真逆の事をやってるぞ? ノエルの喘ぎ声が聞こえる。それを聞いて、アイリスは顔を赤らめた。
「姫様、行こっか」
さすがに聞かせてはなるまいと、フランシスはアイリスを促した。
「大人の世界だったわ……」
膝を付き、アイリスはそうひとりごちる。
姫様、数ヶ月後には他人事ではないのですよ? 俺はそう言いかけた口を閉ざした。
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