第八十四章 晩餐会
それから俺たちは各々の部屋へと案内された。フランシスとアイリスは屋敷中を探索するらしい。拷問部屋でも見つけたら呼んでくれと言付けて、俺は己にあてがわれた部屋の扉を閉めた。
頭を東に向けられた天蓋付きの寝台に横たわり、俺は太陽の匂いが沢山つまったシィツへと顔を埋めた。
こんな昼間から高級な寝台に横たわれるなんて、体験したことがない。隊長、感謝します。
しかしなぜ、彼は領主の地位を捨てクォーツ国まで来たのだろう。今度落ち着いたら聞いてみるか……。
そこまで思考し、俺は目を閉じた。
「……ルル、……シャルル」
「ん──」
肩を揺さぶられ眠りから目覚めると、フランシスとアイリスの姿があった。
「どうした? 拷問部屋でも見つかったか?」
俺が言うと、
「違うよ、夜は晩餐会らしいよ。もう夕暮れ時だから、起こしに来たんだ」
「晩餐会?」
そう言えば、ノエルがそんな事を言っていた気がする。
「キミのその格好じゃあドレスコードに引っ掛かるからね。隊長の物を借りてきたんだ」
と、どさりと音を立てて寝台に洋服が広がる。襟の高いシャツに、リボンタイ。そうして膝まであるコートに、飾り付けられたブーツ……。うわ、面倒くさそう。
二人は、俺はなにが似合うか翳して見ている。既に二人とも華やかな宮廷服に身を包んでいた。
と、ここで一つ疑問が浮かんだ。
「マウロはどうしたんだ?」
「なんとか入った」
悩みながら、フランシスが口速に言った。
「これなんかどうかな?」
と、群青色のコートを俺に重ね合わせ、フランシスはアイリスを見る。
「良いわね。さぁシャルル、立って。着せてあげるから」
え、着るのってそんなに大変?
「俺一人で着られるから」
余り身体に触れて欲しくはない。恥ずかしさから、俺は選ばれた洋服を掴み、言った。
「結構大変だよ? 見ててあげるよ」
俺は露出狂か。まぁ、俺が服を着替えるまで、彼らは俺の部屋から出て行くことはないだろう。俺は諦め、ヴェストのボタンに手をかけた。
オリヴィエの服は案外ぴったりで、多少余裕もあった。
「さぁ、行きましょう?」
俺の着替えの一部始終を見ていたアイリスが声をかける。コルセットによりウエストが細く、ふわりと広がった朱色のドレス姿は、彼女の美しさを際立たせている。
「わかりました」
俺は答え、三人で部屋をあとにした。
「晩餐会は一階の食堂で行われるそうよ」
階段を下りながら、アイリスは言った。
「晩餐会、って言ってもボクたちとノエル様だけだから、約六人だねー」
中々濃厚な時間になりそうだよ、と、フランシスは匂わせぶりに言った。
やがて、己の屋敷のようにフランシスが食堂の扉を開ける。俺たち以外の皆は揃っているようだった。マウロも、若干パツパツだが、宮廷服が似合っている。
「遅れて申し訳ありません」
既に各席へと置かれている食前酒を見、アイリスが言うと、
「そんな遅刻ではないわ、お姫様」
と、ノエルは言った。
席は、左の一番端からオリヴィエ、向かい合うようにノエルが座り、マウロはノエルの隣に腰かけていた。アイリスがオリヴィエの隣に座る。俺はその隣、フランシスはマウロの隣に座った。
食堂は、天井からシャンデリアが吊り下がる、豪華な作りだった。柱は大理石で、絨毯は紅い。その中央に置かれた長いテーブルに、俺たちは腰かけているのだ。余りにも広く長い為、伸ばした手は届く事がない。
「いつもは一人で食べる夕食も、こんな大勢だと楽しいわ」
ねぇあなた、と、ノエルは口ずさむ。
「そ、そうだな」
「一人で食べるようになって、十何年かしら?」
「……すみません」
オリヴィエがどんどん身体を倒して行く。それがテーブルに着くか着かないかのところで、前菜が運ばれて来た。
「白身魚のカルパッチョでございます」
と、サーブしながら召し使いは言う。確か、スプーン、ナイフは端から使うんだったな。そんな事を思い出しつつ、俺は白身魚をフォークで刺し、口にした。バジルの香りが口一杯に広がる。白身魚─タイだろうか─の旨味と溶け合い、いい味を出している。
目の前では、フランシスがマウロにマナーを教えている。中々手こずっている様子で、ああ、もう! などと自棄になったようなフランシスの声が聞こえて来る。
「にぎやかで良いわね」
と、アイリスは言った。いや、これはだめだろう。
皆が前菜を食べ終わる頃、今度はスープが運ばれて来た。召し使いいわく、フォアグラのスープだと言う。今までフォアグラなんて見た事もない俺にとっては、未知との遭遇だ。恐る恐る白い陶磁器の蓋を開けると、ふわりと豚の出汁の香りがした。その中央に、茶色い塊がある。それが、フォアグラだろう。口にしてみると、上品な油の味がして、美味だった。
ついにメインディッシュが運ばれてくる。
「牛ロース肉のデミグラスソース掛けでございます」
見るからに旨そうな料理が運ばれて来た。レアの牛肉に、デミグラスソースが包むようにかけられている。ナイフで肉を切り、口に運ぶ。
物凄い、幸せな味だ。柔らかな赤身肉にデミグラスソースが合い、噛めば噛むほどに味が出てくる。いつまでも口の中にいて欲しい……。そんな幸せなどすぐ終わってしまい、いつの間にか食べ終えた幸福感のみが残り、皿は空になった。食前に運ばれて来たパンも、食べきってしまった。最後はデザートだ。これで食事が終わってしまうと思うと、少し寂しいものがある。
デザートは、リンゴのムースと果実の盛り合わせだった。ムースは口内へと入れた瞬間に溶けて、甘いリンゴの味が残る。それがどこか爽やかで、回りの季節の果実にも合い、美味しいものだった。
「美味しかったわ」
食後のコーヒーを飲みながら、アイリスは言った。
「そうだね……」
マウロの世話で、少し疲れ気味のフランシスが答えた。
「とても美味しかったです」
俺がノエルへと声をかけると、
「ありがとう」
と、思ってもみない答えが返ってきた。オリヴィエ以外には、厳しくはないらしい。
それもそうだ、幼馴染みと、突然あらわれた俺たちとの差があるのだ。やがて彼女は席を立つと、
「ではあなた、待っていますからね」
とだけ言い残し、食堂を去っていった。オリヴィエの肩が震える。
「良い人そうじゃないか」と、俺が言うと、「──お前はまだ、あいつの恐ろしさを知らない……」
ノエルのいなくなった食堂で、オリヴィエは再び肩を震わせていた。
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