第八十三章 オリヴィエとノエル
オリヴィエの案内で屋敷の中へ入ると、正面の部屋は玄関ホールと軽い応接間も兼ねていて、簡単なソファとテーブルが置かれていた。いたるところに扉があり、召し使いやメイドがぱたぱたと走り回っている。
「久しぶりの来客に、みんな張り切っていますよ」
にこにこと笑いながら、サニーは言った。
と、横を通った召し使いが足を止め、
「こんにちは、お客様! お部屋は……一人一つでよろしかったでしょうか?」
と、問うてくる。
「大丈夫だ。世話になる」
俺は言った。
「ご領主様のお部屋はそのままに保ってありますので!」
「あはは、ありがとう」
オリヴィエの顔は今だ蒼白だ。それほど夜が怖いのだろう。
「貴族のお屋敷なんて初めてだわ……」
と、アイリスは言う。
「クォーツ国の城とは全く比べ物にならない小さな屋敷ですよ」
「遊戯室なんかないのかよ」
マウロが言うと、
「喫煙室と同室であるぞ」
オリヴィエは答えた。
「ビリヤードはないの?」
「一応ある」
フランシスの問いに、彼は頷く。
「今晩ビリヤードしようよ!」
「……お前たちだけで楽しんでくれ。俺はノエルに呼び出されている」
その答えにフランシスは手のひらを顔に寄せ、
「あ、そうだったね。ごめん」
と、言った。
「いや、本当に好きに過ごしてもらってかまわないからな。姫様もご興味がおありなら明るい内に屋敷巡りでもなさってください」
「ありがとう。でも私、ノエル様とお話がしてみたいわ」
「そ、そうですか?」
うわ、声に力が入っていない……。
「だめかしら?」
アイリスが歩み寄ると、
「いいえ、大丈夫でしょう。お部屋にご案内します」
そう言って、彼は二階へ続く階段に足をかけた。階段はきしりと音を立て、来客を歓迎する。
「凄ーい」と、フランシスは観光客のように辺りを見回している。あなた、元貴族ではなかったでしょうか?
「止めろよ、観光客じゃあるまいし」
止めたのはマウロだった。そう言う彼もキョロキョロとしている事を、一番後ろを行く俺だけが知っている。
「同じような作りでもこうも違うもんか」
階段を上がり、廊下に置かれたテーブルの上の花瓶に飾られている紫陽花にフランシスは目をやった。
「ご領主様が女だからな」
マウロが腕を組み、幾度か頷いた。
「そっか」
と、フランシスは言った。いえ、元の領主はこちらにいらっしゃいます。
「着きましたよ」
豪華な扉の前まで来ると、オリヴィエは立ち止まり、扉を叩いた。
「ノエル、姫様が話をしたいそうなんだ」
「なに?」扉が開き、ノエルが顔を覗かせる。「あなたとのお話は夜よ。どうぞ、お姫様。よろしかったら護衛の方もご一緒にいかが?」
ちょうどミルクティーを飲むところだったのよ、と、ノエルは言った。
「ありがとうございます」
俺たちは礼を言って、部屋の中に入る。広い窓に、切り取られた空が青く澄み渡っている。
「あなたも入らないの?」
立ち尽くすオリヴィエに、ノエルが言葉を紡ぐ。
「良いのか?」
「何を言っているの。私たちは夫婦よ」と、ノエルは続ける。「あなたの気持ちが変わっても、私はずっと待っているのだから」
やっぱり怖いだけの人じゃないんだなぁ。一応愛はあるんだな。と、俺は一人で納得した。
「ご遠慮なくソファにおかけになって──で、お姫様。ご用はなあに?」
全員が入った事を確かめると、まるで俺たちがここを訪ねる事を知っていたかのように、ノエルは用意された人数分のティーカップへとミルクティーを注いだ。
「なんで全員分ぴったりか気になるみたいね」ティーカップの乗った皿を配りながら、ノエルは俺を見た。「私ね、少し未来が見えるのよ」
「本当ですか!?」
興奮気味に俺が立ち上がると、
「嘘よ。私の部屋を訪ねて来ても良いように人数分用意させたの。庭ではこの人のお陰で散々だったから」
と、扇を広げた。
“この人”は深くこうべを垂れている。
「あの、オリヴィエとはどこでお知り合いに?」
アイリスがもっとも娘らしい質問をする。
「幼馴染みよ。良く幼い私をおぶったり、手を繋いだりしてくれてね。流れ星を追って草原を駆け回ったり……」
「あ、そのお話聞いた事があります!」
と、俺は手を上げた。
「本当?」
ノエルの顔が、刹那、少女のように変わった。
「はい、砂漠で野宿をした時、隊長から聞きました」
「そう、この人は覚えていてくれたのね……」
「当たり前だ。幼い事、許嫁と言われて顔を合わせた時から俺はお前に恋をしていたのだから」
「まぁ、中々言葉が達者になった事」
「ま、まぁ、お互い大切な想い出があって良かったではないですか」
夫婦喧嘩は犬も食わないとはこの事だ。俺は慌てて止めに入った。俺の言葉に、スッと冷めたように、ノエルは扇を扇ぎながら、
「で、あとは聞きたい事はあるのかしら? お姫様」
と、言った。
「なぜ、浮気などもせず、この領地を護り続けたのですか? オリヴィエの事を愛していなかったのなら、いつでも愛人を作ってこの領地を乗っ取る事もできた筈です」と、アイリスは言葉を継いだ。「でも、あなたはそうはしなかった。それはやはり──」
「えぇ、そうよ」アイリスの言葉を遮り、ノエルは言った。「おかしな事に、私は未だにこの人を愛しているの。こんなろくでなしだけどね」
「あ、ありがとう」
オリヴィエが呟いた。
「それと、今夜は晩餐会を開こうと思います。お姫様の歓迎も兼ねて。あなた、出てくれるわよね?」
「は、はい」
ノエルの言葉に、オリヴィエは頷いた。
晩餐会か、全く今まで体験したことのない言葉に、俺の胸は弾んだ。
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