第四十四章 懐かしい出逢い
翌朝目が覚ますと、なぜかフランシスが布団の縁に腰かけていた。尻尾がゆらゆらと動き、布団に波を作る。
「おはよう」
と、当たり前のように彼は言った。
「なんでここにいるんだ」
俺は起き上がる。心なしか、驚いている。
「キミが朝食に来なかったから、キミのだけ取り分けて先に食べちゃったよ」
全く答えになっていない。
「……それで?」
俺は小さくあくびをする。
「ご飯はそこの机に置いたから。食べれば良いと思うよ。今日はなんたって海だからね。あ、ボクはキミの寝顔が見たかったから残っただけだよ」
そうか。今日は海で泳げる島だったな。
俺は素足のまま椅子に座った。フランシスはまだ寝台に座っている。この野郎俺が食べ終わるまで待っている算段か?
朝食は、缶入りハムの野菜炒めと、魚のあら汁、そうして白い飯だった。
「おぉ……」
もう決して炊かれた白い米など食べられないと思っていたので、思わず声が震えた。これからは、ルチェ諸島からお取り寄せすればいいのだ。
箸を器用に使いながら、俺は飯を口へかっ込んだ。久しぶりの味に、涙が出る。野菜炒めに箸を伸ばし、口に運ぶ。軽く噛んでから飯を食べる。塩の味と、ジューシーなハムが米と合致して、大変旨いとしか言えない。あら汁も、魚の骨の旨味が堪能できて美味しい。
「美味しそうに食べるねぇ」
組んだ足に頬杖を付き、フランシスは言う。失礼な。美味しいからそんな顔をするんです。
「ご馳走さまです」
と、思わず手を合わせた。
「じゃ、行こっか」
盆に乗った、空になった食器を片付けていると、フランシスは寝台から立ち上がった。
盆を持ち、リビングに出る。待っていたのか、コックが駆けてきて盆を受け取った。
「大変美味しかった」
「ありがとうございます」
コックはこうべを垂れた。
デッキに出、タラップを降りる。すると、待っていたのか、マウロが桟橋の向こうに立ち手を振っていた。
「誰もいない秘密のビーチを見つけたぜー!」
と、声を張り上げる。急いで桟橋を駆け、彼へと向かう。そうしてマウロを先頭に、歩き出した。
着いたのは、円を描いたような岩を抜けた先にある、程よい広さの海岸だった。良く見れば、貝殻の集まったシェルビーチだ。
「おー、やっと起きたか」日陰に腰かけた全裸のオリヴィエが片手を上げる。「日が真上に昇る昼までだからな」
そんなに時間はないぞ、と、言った。
「姫様は?」
俺が問うと、彼は海を顎で指し、
「あそこでイルカと遊んでるよ」
と、答えた。確かに、水面に波が立ち、黒髪のアイリスとシロイルカが戯れているのがわかる。
「ボクも行こうかな」チェニックとパンツを脱ぎ、フランシスは言った。「キミも来なよ!」
と、誘われたが、やんわりと断った。おじさんの仲間入りしても良い。オスとしてもしもの事を考えた結果だった。
「なんだ、泳がないのか?」
同じく日陰に腰かけた俺に、オリヴィエは首を傾げる。マウロは一人、少し高くなった岩から海に飛び込んでいた。夕食の獲物でも捕る気だろうか。
「まぁ、ちょっと」
俺は頭を掻いた。それを見抜いたのか、オリヴィエは、
「若さが故だ。辛い事だな」
と、言葉を漏らした。
アイリスの方を見れば、そこにフランシスも加わり、共に遊んでいる。幸い水飛沫に紛れ、身体も輪郭くらいしか見えない。そうだ、それで良い。アイリスの裸は一角獣の泉の時だけで十分だ。
「そろそろかな」と、天を仰ぎ、オリヴィエはひとりごちる。確かに、太陽は真上に来ている。「おーい! 時間だぞー!」
と、彼は大声で言った。
「えー! まだ少ししか遊んでないよ」
海から上がったフランシスがぼやく。それに続いたアイリスから、思わず目を離した。
「シャルルを待っていたのが悪い。自業自得だ」
と、オリヴィエは叱りつけていた。
「もうそろそろだろ?」
と、背後から海から上がったマウロが言った。その手には大きな魚が尾を捕まれてびにびちと身体を揺らしている。
「お前──どこまで行ってきたんだ?」
浅瀬で獲れるとは思えない獲物に、オリヴィエと俺は目を見開いた。
「案外すぐ近くを泳いでいたぜ? 嵐が近いかもしれねぇ」
「野生の勘か?」
オリヴィエが言うと、
「いや、育ててくれた親父が漁師で、だから、大きな魚が浅瀬に来ると言う事は嵐が近づく証拠だって教わったんだ」なるほど。俺とオリヴィエは目配せする。「兎も角、夕食はまた豪華だぜ?」
「そうだな」
「うわぁ、大きい魚!」
着替えてきたフランシスが言った。そのあとを、同じく着替えたアイリスが近づいてきた。
「マグロかしら?」
アイリスがしげしげとマウロの持つ魚を眺め、
「いえ、恐らくスズキかと」
オリヴィエが言葉を継いだ。
「嬉しいわぁ、スズキが食べられるなんて」
歩き出しながら、うっとりとアイリスは言った。
「俺が獲ったんだぜ?」
自慢げにマウロは言った。
「ありがとう、マウロ」
「へへっ」
マウロは照れくさそうに髭を動かした。
桟橋まで戻ると、船長がタラップの上で待っていた。
「大丈夫でしたか? お帰りが遅かったので」
「ちょっとあってな」
オリヴィエが言うと、
「これで勘弁してくれよ、夕食に出してくれていいからさ」
マウロがスズキを手渡した。
「これは……いただいてよろしいので?」
船長は驚いた様子で、言った。しかしそれと共に表情が暗くなる。スズキが浅瀬にあらわれると嵐が来る──恐らくそう思っているのだろう。
今夜は荒れるのだろうか。それは、天のみが知っているのだ。
 





