第四十二章 とんぼ玉
昼食は、ルチェ諸島一つ一つの島の郷土料理を、集めたものだった。特製の炊き込みご飯や、ゴーヤのチャンプルー、細切りニンジンのロペ、豚の足の角煮等々……運ばれてくる料理に、思わず唾液を飲み込んだ。
「これは……足?!」
豚足の角煮を見、アイリスが驚いたような声を出した。そりゃあまぁ、腐っても豚の足だからな。
「食べると美味しいよ」
食べてみなよ、と、フランシスはアイリスの皿に角煮を乗せた。
「庶民の味庶民の味……」
呪文のように言葉を唱えつつ、アイリスは甲の部分に噛りついた。やがて咀嚼音がしんとしたリビングに響き──
「……美味しい」
アイリスの鈴のような声が聞こえた。
「ね、見かけで判断しちゃ駄目だよ」
お前が言うか。と、三人で目を見合わせた。
やがて、船が止まり、新たな島についたようだった。船長がリビングの扉を開け、
「ミージ島に着きました」と、言った。「夕方までにはお戻りくださいね」
「わかった」
オリヴィエの言葉で、俺たちはタラップを降りた。桟橋の向こうは同じく防風林で、そこを潜ると藁葺き屋根の家々があった。やはり島々で特色があるんだなぁ。
ミージ島は硝子細工を主な産業としていると船員が言っていた。ならば、体験もできるのだろうか。と、思っていた矢先、とんぼ玉体験と書かれた看板が目に入った。
「とんぼ玉体験、やってみたいわ」
アイリスもその看板を見、言った。
「ボクもやりたい! 今度はみんなでやってみようよ」
フランシス曰くおじさんたちは小さく溜め息を吐き、頷いた。
「すみませーん」フランシスが引き戸を引き、中を見回す。「あれ? いない?」
彼の言葉に辺りを見回す。すると、
「なにかご用ですか?」
一番手前にいた俺の肩が叩かれた。
「うわぁ!」
と、思わず声を張り上げてしまった。その声に、皆は驚き、アイリスは耳を塞いで、猫たちは尻尾がぼんと膨らんだ。
「すみません、ちょっと出ていたもので」声の主はこの工房の主人だろう。「体験でしょうか。五名様でよろしかったですか?」
「あ、あぁ。そうだ」
咳払いをし、俺は言った。
「わかりました。どうぞ、こちらへ」
主人は引き戸を引くと俺たちを手まねいた。
「とんぼ玉体験でよろしいですか?」
「えぇ」
答えたのはアイリスだった。
「それでは皆さん、上がって囲炉裏を囲うように座ってください」
言われた通り、ブーツを脱ぎ木の床へと上がり、囲炉裏ばたを囲んであぐらをかいた。主人がそれを見ると、それぞれ硝子の棒を手渡し、もう一つ、
「何色がよろしいですか?」
と、色のついた棒も配った。俺はターコイズブルーの棒を手に取った。囲炉裏の炎はぱちぱちと音を立てて燃えている。
「では、私の言う通りに行ってください」主人も硝子の棒を持ち、「まず始めに配った棒の先を炎に当て回します」と、囲炉裏の炎へ硝子を近付ける。そうしてもう一つ、色のついた棒を取り出した。「ある程度溶けてきましたら、もう一つの硝子の棒を先端の溶けた部分に乗せます。あ、元の硝子の棒は回したままでお願いします」
言われた通り、溶けた場所に色のついた硝子を溶かし込む。 水のようにそれは、丸まりを帯びた溶けた部分に流れて行く。
「このくらいで大丈夫でしょう」
俺の後ろに立ち、主人は言った。そうして木の窪みのある板を取り出して、始めに手渡された棒を窪みに当て、金槌で玉と棒の間を叩いた。そうして棒と離れた玉を持ち、麻紐で軽く括ると、
「首飾りにかけるかもよし、ミサンガにするも良しです」
と、笑った。
主人は他の皆のものも手慣れたように切り離し、手渡して行く。皆中々良くできている。アイリスは朱色で、オリヴィエは群青色、フランシスはオリーブグリーンで、マウロは彼には似合わないような紫色だった。
「なんかお前らしくない配色だな」
と、俺がつつくと、
「恋人のお針子にな。旅の土産だ」
意外な答えが返された。恋人なんていたんだ……。
「綺麗だね」
外に出たフランシスが、とんぼ玉を太陽に翳し、言った。
「本当だわ」
アイリスもそれに倣い、呟く。
日は西に傾き始めている。そろそろ急がなくてはならないかもしれない。
「オリヴィエ」
俺はオリヴィエを見遣ると、
「わかってる。急ぎますよ」
と、彼は言った。
「もうこんな時間かー。海で泳ぎたかったのに」
「明日次の島で泳げるよ。次は浜が観光資源になっている島だそうだから」
フランシスの言葉に、オリヴィエが答える。
「私も泳ぎたいわ」
アイリスがフランシスの言葉に便乗する。その世界に水着はない。まさか一角獣の泉の時分のように、裸で泳ぐ気ではないだろうかと、己が興奮してしまわないか心配になる。
「勿論ヌーディストビーチだよ」
と、オリヴィエが言った。なんだそうか。
やがて船が近付いて来る。急いでタラップを上がると、ちょうど船長がデッキに出ていた。
「お帰りなさいませ。もう少ししたら夕食の準備を始めますので、リビングや寝室にてお待ち下さい」
と、船長は言った。
「ありがたい。そうさせて貰おう」
オリヴィエが答え、リビングへの扉を開けた。





