第二十九章 盗賊団と女神の涙
俺たちが眠った後、後宮に入る数名の影があった事は、翌朝宿へ飛び込んで来たコテツにより、知らされる事になった。
コテツは戸を引いたと思えば、息も絶え絶えな声で言った。
「大変な事が起こった……」
「どうしたんだ、そんなに焦って」
起こされた俺は、あくび混じりに聞いた。
「お嬢と、あんたのとこの姫様が拐われた……!」
「何だって?!」
そう言ったのはオリヴィエだった。
「あぁ、見張りの薄い深夜に拐ったらしい。……畜生、俺がついていながら」
コテツは己の膝を幾度か叩いた。
「お前はどうしたんだ」
と、俺が聞くと、
「蹴り飛ばされて気絶しちまって……朝起きたらこの紙が」
と、羊皮紙に書かれた文字を見せた。
皇女と、その一緒にいた女はいただいた。取り戻したければ西の洞窟に国最大の秘宝、女神の涙を持って来い。三日以内に来なければ、二人を殺す。
これは大変だ。
「おい、すぐに発つぞ!」
オリヴィエが声を張り上げた。うとうととしていたフランシスも、その声で飛び起きた様子だった。マウロは事態をうまく飲み込めていないようだったが、慌てて準備をし始めた。
「なになに?」
とろんとした眼差しで、フランシスが目を擦る。
「馬鹿、姫様が拐かされたんだよ!」
「え、ぇぇえええ?!」
フランシスの大声に、一大事だと気がついたのか、マウロの表情も青ざめ驚いたものに変わり、
「一大事だ……」
とだけ呟いた。
「コテツ、その、女神の涙は?」
俺は尋ねる。
「俺が懐に持ってる。兎に角、早く盗賊団のアジトに行きたい」
「わかった」
俺はレイピアをはし、マスケット銃を持った。四人で宿の部屋を出、階段をかけ下りる。
「馬はどうする? 二頭しかいないぞ」
「宿屋のを借りよう」
オリヴィエが言った。
そうして受付につくと、座っている娘に向かって、
「馬を二頭借りたい。大丈夫だろうか」
と、問うた。
「はい、二頭ですね。必ず返していただけるのならば、まとめて50オーロになります」
「ありがたい」
オリヴィエは袋から金貨を取り出した。
宿屋の隣にある、簡易な馬小屋には、俺たちの乗ってきた馬車と、数頭の馬が繋がれていた。外に繋がれているのは、コテツの乗ってきた馬だろう。
「宿の馬で行こう」
「そうだな」
数頭いる馬の中で、オリヴィエと俺が足の早そうなものを二頭選ぶ。
「フランシスとマウロは俺たちの馬を使ってくれ」
オリヴィエの声に、二人は頷いた。こう言った時には、やはり人数分の馬が欲しい。
そうして馬屋から馬を出し、飛び乗り、コテツの先導で盗賊団のアジトへと駆けた。
「西の洞窟の場所は?」
馬を隣につけ、俺は聞いた。
「わかる。昔から危ないから近づくなと言われていた場所だ」
コテツは答える。馬の蹄の音が、朝日に吸い込まれて行く。まさか深夜とは言えアイリスが簡単に拐われるなんて考えられない。やはり、どこか油断していた所があったのだろうか。なにせ、初めて友人ができたのだから。
「姫様も嬉しすぎて油断してたのかな」
フランシスが言う。
「そうだな」
俺は相槌を打った。良い事なのか、悪い事なのか、その辺りはわからないが。
朝の人気のない大通りを駆け抜け、門を潜る。地面が荒野から再び草原に変わる頃、岩山が見えて来た。ふもとに穴がぽっかりと開いている。
「あそこが西の洞窟か?」
俺は問う。
「あぁ、そうだ」
コテツは言った。
やがて洞窟が近付き、その近くに馬を止めた。
「……行くぞ」
コテツが声を震わせ、小刀の柄を握る。俺たちも続いた。
「おい、コテツ」
オリヴィエが彼に声をかける。
「なんだ」
「まさかおめおめ秘宝を渡す気ではないだろうな」
「あぁ」覚悟を決めたように、コテツは振り向き、「──皆殺しだ」
「わかった。俺たちもそのつもりでいよう」
オリヴィエが確認するかのように振り向いた。勿論、アイリスに指一本触れた者は殺すつもりでいたが。
洞窟の入口に人気はなく、まるで俺たちを招いているようだった。ランプの明かりがぼんやりと闇の中で揺れている。しばらく歩くと、生き物の気配がし始めた。盗賊団が待ち構えている事だろう。
そうして、開けた場所に盗賊たちはたむろしていた。一段上がった岩場に、手と足を括られ、猿轡をされたポワシャオとアイリスがいた。
「お嬢! 助けに参りました! もうしばらくお待ち下さい!」
コテツの言葉に、ポワシャオは頷く。俺たちもとなにか言う前に、盗賊の一人が前に立ちはだかってしまった。勇気づけられそうにありません。すみません姫様。
辺りを見渡すと、昨日の盗賊二人の姿がある。オリヴィエの予想は当たったのだ。
「秘宝は持ってきたんだろうな」
立ちはだかった盗賊は言う。
「あぁ」
と、言いかけ、コテツは盗賊に飛びかかった。小柄な身体を活かして相手の背後に回り、小刀を首筋にあてがい、ためらいなく引いた。これは小刀だからできる事だろう。傷からは血が飛び散り、盗賊は倒れた。
周囲がざわめくのがわかる。
「お嬢に手ぇ出したやつは皆殺しだ」コテツは死体を飛び越え、「かかってこいよ。こっちは少人数だぞ?」
コテツの言葉に、俺たちは背中合わせになり、迫ってくる盗賊へ武器を構えた。
動物系の盗賊が飛びかかってくる。俺は豹の盗賊の胸元を目掛けレイピアを突き刺す。血が吹き出し、彼は倒れた。傍らでは、オリヴィエがマスケット銃を構えている。
フランシスが飛びかかってきた最後の盗賊を優雅に倒すと、人間の盗賊たちは真っ青な顔つきで、逃げ出そうとする。しかしそれはコテツの投げたクナイによって阻まれた。足の腱を切られた盗賊は、歩けず倒れこむ。そこにコテツが背中へと乗り、
「言ったろ? 皆殺しって」首筋を切り裂いた。コテツさん怖いです。「出口辺りは俺に任せろ。シャルルたちは首領を頼む」
「わかった」
と、俺は言った。見れば、他の盗賊はオリヴィエたちによって倒され、あとは首領のみとなっていた。首領は座っていた岩からゆっくりと立ち上がる。巨人と言う訳ではないが、かなり背が高い。
「どうした。臆したか?」
まるで子供を見るように俺を見た。
「いいや、全然」
俺は首を振る。不思議と怖くはない。勝てる。この自信はどこから来ているのか知らないが、やはり、今までのシャルルとしての経験からだろう。
足をバネにはね上がり、左胸にマスケット銃を食らわせた。首領は目を見開き、再び俺を見る。その顔は恐怖に染まり、瞳の中では俺の姿が映っていた。彼の最後に見た顔は、己でも恐ろしいと思う程の、残忍な顔をした俺の姿だった。
「大丈夫か?」
オリヴィエが近付いてくる。
「平気だ。他の盗賊は?」
「全員倒したよ」
誉めて欲しいと言いたげにフランシスが言った。その奥ではマウロがこん棒を背負っていた。
「お嬢!」
コテツが叫び、岩場を上がる。そうして二人の猿轡と、縄を切り取った。
「姫様大丈夫ー?」
フランシスが声をかける。
「大丈夫……」アイリスは岩場を下りると、「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
やばい、半分涙ぐんでいる。
「あなたを護るのが我々の使命です」オリヴィエは跪いた。そうして彼女の手を取り、手の甲に口づける。「無事であってなによりです」
「ありがとう、オリヴィエ。それにみんな」
「いえ! できる事をしたまでです」
俺は言った。
「助けていただき、ありがとうございます」
そこにポワシャオがコテツと共に駆けつけた。
「早くここを出ましょう」
アイリスがいつもの調子で言った。少し強がっているように思えるが。
外に出ると、血生臭い洞窟内と違って爽やかな風が吹いていた。ランプの明かりでよく見えなかったが、見遣れば皆血塗れだ。ポワシャオは気にする事なくコテツの馬に乗っている。
「シャルル、乗せてくれる?」
アイリスが俺に声をかける。
「血がついてしまうかもしれませんが……それが大丈夫ならば」
「大丈夫よ。英雄の証だもの」
英雄の証──ちょっと照れるな。
「わかりました。お乗り下さい」
「ありがとう」
アイリスが俺の乗る、馬の背に乗った。
「行くぞ」
オリヴィエの声がする。
ローファ国に着くと、馬は二手に別れてしまう。一つは王宮へ、もう一つは宿屋に向かう為だ。まだ宿屋に着替え等の荷物が残っている。それを取りに行くのだろう。
「もう行ってしまうのね。残念だわ、せっかくお友達になれたのに」
と、ポワシャオは呟いた。
「お手紙を書きますわ。あなたが寂しくないように」
アイリスは頬笑む。
「結婚式には呼んでね、私、絶対に行きますから」
「えぇ、絶対に」
中々良い友人同士になれたようだ。
アイリスにとって初めてできた友との出逢いと別れは、こうして終わりを告げた。





