名前を聞く理由って?
リビングのほぼ真ん中に置かれたソファ。
まだ濡れている髪をタオルで拭きながら、そこに座っていた。
今日は色んな出来事がありすぎた。
いまだに何か心の中がざわついている気がする。そんな心の中が影響してか、髪を拭く仕草に力がこもってしまう。
「何かあったのか?」
その声に背後を振り向くと、お兄ちゃんはちょっと心配そうな顔をしていた。
小さな私の変化。
そんな事にも気付く、お兄ちゃんはサイコー。
「ううん。何も」
と言う事で、最高の笑顔を向けた。はずなのに、何かすっきりしない。
胸の中のもやもやした表現しようのない感じ。
将之さんと言う人の事が気になる。手が触れ合ってしまった事だけじゃない。
名前を聞かれてしまった事。突然、ちゃんづけで呼ばれた事。
一体、どんな人なんだろう。なんだか、とっても知りたい。
でも、どうして、そんな事を思ってしまうのか?
そんな自分にも疑問だらけ。
「だったら、いいけど」
お兄ちゃんは私の横に座った。お兄ちゃんの横顔に目を向けた。
「ねぇ。突然、知らない女の子に、名前を聞いた事ある?」
「はぁ?
誰かに聞かれたのか?」
「まぁ。私がって訳じゃないんだけどね。
どうして、そんな事聞くのかなぁ?」
「それは決まってるだろ。
気になるからだろ?」
「気になる?」
気になるとはどう言う事なのか?
私もあの人の事が気になってしかたない。
私の場合、名前は分かっている。
望月書店の将之さん。きっと、その名前は望月将之。
名前は分かっているけど、それ以外の事は分からない。
あの人が、どんな人なのか気になってしまっている。
「まぁ、一言で言えば、その子の事がかわいいと思っているからだろ。
もしかしたら、気があるんじゃないの?」
「えぇっ!
もしかして、それって好きって事?」
予想外の言葉に驚きの声を上げずにいられない。
お兄ちゃんは平然とした顔で、頷いた。
あの人が私に?
そんなはずはない。あの人には、彼女なんじゃないかと思えるきれいな女の人がいた。
きっと、100人の男子に、あの人と私のどっちがいいかなんて事を問えば、100人全員があの人を選ぶに違いない。それくらい女子の私から見ても、きれいな人だ。
プライドは無いのかと言われそうだけど、客観的に見て、そんな人より私をなんて事はあり得ない。
それに、逆も考えれば、私は将之さんに気があると言う事になってしまう。
全く、どんな人なのかもよく分からない人に?
お兄ちゃんよりもいいっていうの?
そんなはずはない。
私はぶんぶんと数回首を振った。
「た、ただ、友達として知りたかったとか?」
「突然、知らない人になんだろ?」
「か、か、顔見知りくらいかな」
「だったら、友達として、名前知らないと不便と言うのもありかな」
「そ、そうだよね。きっと。それだよ」
私は納得いく答えが聞けた。そんな気分で、何度か頷いた。
私が将之さんの事を気にしているのも、今日と言う日に、色んな出来事があり過ぎたからであって、それ以上のものではない。
単に私に、男の人への免疫と言うものの無さ。それが原因だ。
そう納得した私は、髪を乾かそうとソファから立ち上がった。