思っている言葉を口から出せないなんて
入ったカフェの中の客はまばらだった。
空いている席は他にもあると言うのに、窓際の席に案内された。
これでは私達が二人でいることが、外からばればれである。私は少し戸惑ったが、将之さんは全く意に介さず、その席に座ったので、私もその席にうつむき加減に腰を下ろした。
「ねえ、何を頼む?」
将之さんはメニューを開け、私に手渡しながら言った。
「私はジャンボパフェ」
いつもの癖で言った後で、少し後悔した。
もう少し可愛いものにするべきだった。将之さんはカフェオレを頼んだ。
私の鼓動はこれまで以上に高まっている。
二人っきり。もう私の心臓はバクバク状態。口も開けない。
一体何を話したらいいの?
そう思っていると、突然胸の奥から込み上げてきた言葉が口から出そうになった。
顔を上げて、将之さんに視線を合わせた。
あのう、どうして私を誘ってくれたんですか?
「あの、あの」
でも、そんな言葉、答えが怖くて、口から出せやしない。
言葉は最初の二文字を二度繰り返して、止まってしまった。
私の思考は別の言葉に切り替えようとした。
まずは早紀さんが彼女なのかどうか。それを聞けばいい。
「早紀さんとは」
そこで言葉は止まった。
これも、答えが怖い。「うん。彼女だよ」 聞きたくない答え。
言葉が止まった私を将之さんが、じっと見つめている。
「今日は一緒じゃないんですか?」
思っている言葉とは違う言葉が、私の口から出た。
心の中で自分自身の情けなさにため息をついた。
聞きたかったのはそんな事じゃないのに。
「ああ、あいつ? 今日はあいつ体調崩して休んでいるんだ」
「そうなんですか。心配ですね」
だから、今日は一緒じゃなかったんだ。と、本当に聞きたかった事じゃない言葉に納得した素振りの私。
心配ですね。社交辞令でしかない空虚な言葉。
私にとって、早紀さんなんて、全く知らない人でしかないのに。
「普段はあの方と一緒に帰っているんですよね?」
この話題から外れて、会話を続ける自信は無いし、答えは想像できてはいても、これも聞いておきたかった話。
「いつもじゃないけど、時々はね」
いつもじゃないんだぁ。ちょっと、うれしい話に、私の顔が少しほころんだ気がした。
「何で、そんな事聞くの?
妬いてるの? それとも、話す事が無いから?」
「えっ? いえ、べ、べ、別に」
答えになっているのかいないのか、よく分からない返事。
両方が図星だっただけに、私は焦るしかなかった。
そんな私を頬杖ついて、見つめる将之さん。
慌てて視線をずらして、ガラスの外に視線を向ける。
将之さんの視線をまだ感じる。頬が真っ赤になっているんじゃないだろうか?
恥ずかしくて、目を合わせられない。
でも、このまま横を見ているなんて、不自然過ぎる。
嫌っているから横を見ている。なんて、誤解されたりしないだろうか?
早く来て。私の頼んだジャンボパフェ。
でないと、私、このままどうしていいのか、分からない。
そんな私の頭の中に、一つひらめいた。
この状況を打破できる。そのうれしさのあまり、勢いよく正面に向きなった。
視線が合った。その瞬間、私は弾き飛ばされたかのように、視線を将之さんの目から離して、テーブルの上に落とした。
「本なんですけど、自宅が本屋さんだなんて、いいですね!
本、読み放題じゃないですか!」
本。話題として、これだ!
そこまではよかった。
ひらめいた瞬間に、言葉にしようとしたため、出た言葉はちょっとピント外れ。
本屋さんだからと言って、本読み放題な訳がない。並んでいる本は売り物であって、勝手に読むものじゃない。
「そうなんだよ」
将之さんはうれしそう。
マジ? 意外な答えにちょっと口が呆け気味に開いたままの私。
「知ってる? バンドスコアをかなり揃えてるんだ。
それにギター関係の本。あんな個人の本屋では無いような本もそろえているんだ」
確かにバンドスコアが結構並んでいた記憶がある。あんなもの買う客なんて、そんないないはず。
思わず、頷いてしまう。
あれは個人の趣味でそろえていたの? それも読んでいたの?
「でさぁ。ギターと言えば、フェンダーのストラトな訳だけど」
将之さんは自分の好きな話題だからか、生き生きとして話を続けていた。
でも、それはだめ! と言う気持ちが沸き起こって、止められなかった。
「だめですよ!
だって、それは商品なんですよ。勝手に読んじゃだめです」
なぜだか、一瞬、いつもの私に戻って、少しきつめの口調で言ってしまった。
私の勢いに、びっくりしたかのような表情をした後、にこりとした。
「まじめだね。まどかちゃんは」
その言葉に私の頭はパニックになった。
まじめ。
それは褒め言葉でもあるけど、いい言葉でもない場合もある。
そう。真面目な私はかわいさに欠ける。
しかも、しかもだよ。とんでもない事に、今、将之さんに説教をしてしまった。
そこに思考が至って、顔が真っ赤になった事を感じた。
そして、次に襲ってきたのは自己嫌悪感。きっと、嫌われたに違いない。
せっかく、二人っきりだと言うのに、満足に話もできず、説教をしてしまうなんて。
「そうだね。まあ、立ち読みみたいな気分だったけど、まどかちゃんの言うのが正しいよ」
「へっ?」
意外な言葉に点になった目で、将之さんを見た。
「もう止めておくよ。それで許してくれる?」
「は、は、はい」
「ありがとう」
将之さんはさっきまでと変わらない微笑み。
「う、う、うん」
とりあえず、頷いてみた。




