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53.夜ごはんと手紙の返事の出し方

第五十三話「夜ごはんと手紙の返事の出し方」





「わはは、澪が字が書けるわけねえよな! まだこの世界に来て、何日目だあ?」


 まずいお酒にほんのり? 酔い始めたガルドが、笑いながら両手の指を折って数えるふりをしている。澪は周りの人に聞かれてないかキョロキョロしながら、席を立って体を伸ばし、ガルドの耳元で「そんな大きな声で言わないで下さいね、変に思われちゃうかもですから」と囁いた。


「あー、うん。ごめん、大声出し過ぎたな」


 ガルドは赤くなった耳元を片手で隠しながら、目線を泳がせて頷いた。明らかに照れているのだが、そっち系に疎い澪の目には、酔っ払いがおかしな動きをしているようにしか見えず。


 澪は夕食にと女将が作ってくれた料理を見つめた。塩漬けにした丸ごとの魚――これは屋台で食べたギザギザの刃がヤバい魚ではなく――まん丸い目が飛び出て、分厚い唇をしたけっこう強烈な顔をしたお魚さんだ。それに黄色や紫、緑の見たこともない野菜とキノコらしきものが一緒に旨みたっぷりの塩味で煮込んである。

 キノコらしいもの、というのは、まるでキクラゲのような形で色が赤いのだ。それが刻んでいれられているのだが、コリコリとした食感とキノコのような香りがとても美味しい。

 顔がちょっとひどいお魚さんも、白身で身がふわふわしていて美味しい。果たして川魚なのか海魚なのか、それすらも分からないが、味は抜群だ。塩漬けにされていたにしては身がふんわり、しょっぱくもないから不思議である。


 とにかくこの世界の食べ物は美味しい。女将の料理が抜群と言うのももちろんあるが、侯爵家で食べたものもきちんも美味しかったから、間違いないだろう。

 旨味が全くない、メシマズの異世界じゃなくて良かった、と内心ほっとした澪である。


 ところで肝心の手紙の返事だが、書けないものは書けない。こういう場合、知り合いに代筆してもらったりするのだろうか。聞こうと思ってガルドを見たら、何やら手紙をゴソゴソを自分の懐に仕舞っているではないか。


「あの? ガルドさん? それ、私の手紙じゃ……」


「ああ、いいんだ、俺に任せとけ! 返事を出しておくから!」


「……私がまだ何も言ってないのに?」


 返事の内容も聞かずにどうやって返事を書こうと言うのか。

 だがガルドは「大丈夫だ、気にすんな」と流そうとしてくる。侯爵相手に流石にそれはまずいのではないか。


「あの、返事が書けないなら、伝えに行くのもありなんですか?」


 澪は侯爵家か、城下町にある詰所に行って伝言を頼もうと思ったのだが、ガルドは首を振った。


「レオンハルトとお前の事を知っている奴ならちゃんと伝えるだろうが、他人は信用ならん。それなら俺が書いてやるって。澪は明日は建物の契約をしなきゃならんし、それが終わったら内部と外部の店の準備があるだろ? まず店の刻印をデザインして、それで看板や印を作るんだ。それからどんな店なのかを立て看板で出してるところもあるから、それもあるといい。と、いうわけで、澪は暫く忙しい!! と返事を書いてやる」


 確かにガルドの言う通り、お店にする建物が決まったら、内外装や設備に取り掛かるのが重要ではある。だが、侯爵家の誘いを、しかも澪を後援してくれる方を無下に扱って良いのだろうか。いいや、ガルドが良いと言っても、良いわけが無い。

 このイングロン王国での身分制度の厳しさは、まだここに来たばかりの澪でも肌で感じている。レオンハルトとの初対面も酷いものだったわけで、それでも彼はまともな貴族の方なのだとガルドが言うのだ、他の貴族がどれほど身分差別が酷いのか、澪には想像もつかない。


「なんか、ガルドさん会わせないようにしてる、なんて訳じゃないですよね? うーん、女将さんにもどうしたらいいか聞いてみます」


「なぬ!! そんな事は、無いぞ! 俺はただ店を出すのに忙しいって事実を言ってるだけでなあ……」


 酔っ払って意地っ張りになったイケオジの出来上がり、と澪は密かに思った。絶対口にはできないけど、そんな風にガルドを見る事ができるようになり、随分親しくなれたなあとふと思って顔が綻ぶ。


 澪はガルドにお酒を少しだけ注いでから、席を立ってカウンターの向こうの女将のところに駆け寄って行く。

 ひらりとスカートが揺れ、だんだんとこの世界で馴染んできた澪の後ろ姿が見える。ガルドはそれを酒の肴に、ぐいとお酒を飲み切った。可愛くて仕方がない、大切な存在なのだ。


「女将さーん! 今、お話ししても大丈夫ですか?」


 澪の明るい声に呼ばれて、奥から女将が顔を出してくる。


「あらあら澪ちゃん、どうしたの?」


 腰に挟んだ手拭いで手を拭き、カウンターのところで澪に優しい笑顔を見せてくれる。


「あの、女将さん。私今日手紙を受け取ったじゃないですか。侯爵家の方からだったんですが、お返事ってどうやって出したら良いんでしょう? 私、字が書けなくて……」


 日本語なら書けるんだけどなぁと、内心呟く。

 だが女将はアハハと明るい笑い声を上げて、「それはねぇ」と続ける。


「字を書けない人の為に、代筆のお店があるのよ。そこに行って書いてもらって、自分の従魔に手紙を届けてもらうの」


 なるほど、と澪は思った。ガルドは騎士時代があるため読み書きができるが、平民の識字率は低いと教わっていた。それなのに手紙でやり取りすることができるのは、そういう仕組みが確立されているからなのだ。


「じゃあ、明日の朝いちばんにそのお店に行ってみます! 場所を教えてもらえますか?」


「もちろん。いい? うちの店を出て右に向かって進んで、そうすると右手に花屋さんがあるの。その角を右に曲がって。それから一本目を左に曲がって、しばらく歩くと、代筆屋があるわ。看板がペンと手紙の刻印だから、見れば分かると思うわよ」


 この世界の人は道を憶える能力に優れているのか、すらすらと早口で道順を説明されて澪はメモもできず何とか繰り返して覚えようと努力する。

 そうか、この世界にはスマホが無いから、自分の記憶力頼みなんだ、と澪は思った。逆にスマホ慣れした澪は、道順を暗記することに不慣れになってしまっている。大丈夫かなぁ、と思ってもう一度聞こうか迷っていたら、足元から可愛い声が心の中に響いた。


(だいじょうぶなのよ! るーちぇおぼえたのよ!)


 頼もしい相棒である。

更新が遅れて申し訳ないです。

現実でトリミング激務とその他過労のため、顔に帯状疱疹ができてしまいました。

場所が悪くて物凄く痛いため、物を書く集中力が持てません。


澪にはそうなって欲しくないですし、体を大切にしながら周りの人をトリミングを通して幸せにしてほしいなぁ、なんてしみじみ思いました。

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