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23.もふもふの神様の、第五の淡桃色の尻尾と、ルーチェとの会話

第二十三話「もふもふの神様の、第五の淡桃色の尻尾と、ルーチェとの会話」





 ふわふわ、もふもふ、柔らかくて、ほんのり犬の匂いがして落ち着く……。


「みお〜、大丈夫う?」


 聞き覚えのある、おっとりした声。のんびりとしたそのトーンが、穏やかな気持ちにさせてくれる。

 重たい瞼を開けてみると、なんと自分は淡い桃色のふわふわの毛に包まれて、眠っていたようだーー澪は辺り一体をよくよく見回してみる。


 すると、その淡い桃色の毛の部分は大きな大きな尻尾の一つで、他に四色の色を持つ同じ大きさの尾と、その尾を持つ巨大な犬が澪のことを優しい瞳で見つめている事が分かった。


「あれ、私どうして神様のしっぽで寝てたんですか……?」


 澪の記憶が混乱する。確か、レオンハルトの邸宅からの帰り道、馬車の中でガルドと話していて――そこから先の記憶が、ない。


「ここはねえ、夢の中! 澪に会いに来たんだよお。いっぱい泣いてたから、心配でねえ、様子を見に来たの」


 言われて澪は、馬車の中でガルドと話した事や、たくさん泣いた事、そして彼に抱きついた事を思い出して、恥ずかしさに顔を赤く染める。

 家族に甘えるような気持ちで、あの時は何も考えずに抱きついてしまった。嫌な思いをさせてしまったのではないか、と今になって冷静になり不安が襲ってくる。

 澪が一人あわあわしていると、淡桃色の尻尾がふんわりと、優しく澪を包み込んできた。


「こうすると、ミオは元気になるのお? ぼくもやってあげる」


 神様は、何でもお見通しなのだろうか。澪はふわふわの尻尾に包まれて、心から温まり、穏やかな気持ちになってゆくのを感じた。


(もふもふ、癒される……!)


 レオンハルトとのやりとりで傷ついた心が、ほっこりと落ち着いていく。あの人は苦手、そういう人は居ないものとして扱うべし。そんな風にさえ思える。

 もちろん、もう二度と会わない可能性も高い。城下町に行かなければより会う確率も下がる。あの人の居ないところで、見えないところで、トリミングをすればいいだけの話だ。


「澪、ありがとうねえ。これからも、ぼくの子たちを、ふわふわにしてね、よろしく」


 もふもふの神様は、尻尾の先で澪の顔をふわりと撫でると、澪をその場に残して、ふわふわと飛びながら離れていく。特に手足を動かしているわけでもなく、同じ姿勢のままで浮いているので、その姿は不思議な生き物のよう。

 日本には九尾の狐という妖怪の存在があったが、色違いの五つの尾を持つ犬の神様とは、なんというか、威厳より可愛さが先に来る。と、そのまま見送りの流れだったが、澪がハッとして声を上げる。


「神様! 戦わされて、捨てられてしまう子たちは、どうやって助たらいいんですか?」


 澪の脳裏に、昨日のアインという騎士とのやり取りが蘇る。もふもふに癒されたとはいえ、昨日のあの出来事を経験し、神様に会えたのだ。聞かずには、いられない。


「私、トリミングして、トリミングしまくって、あの子たちをみんな幸せにしたいんです! でも、国の制度の前では無力で……どうしたらいいか分からなくて」


 神様はふわふわ飛び去るのを止め、じっと澪を見下ろす。


「ぼくはねえ、澪がぼくの子たちを幸せにできるって、思ってるよ。でも、澪も幸せになってほしくて、この世界に呼んだんだよ、忘れないで。澪のそばには、ぼくの子が付いてるからね」


 ――アンッ!!


 遠くで、よく聞き覚えのある吠え声がした。


「ルーチェ?」


 澪がその名を呼ぶと、神様は淡桃色の尻尾をふりふりして、うんと頷く。

 そしてにっこり笑うと、遠くへと飛び去って行ってしまった。今度はふわふわではなく、けっこうなスピードで。これ以上話せない、と分かって少し悲しい気持ちになる澪だったが、神様が最後に言っていた言葉を思い出す。


(そっか、ルーチェが居てくれる。私は一人じゃない)


 でも、悩まなきゃいけないのは澪自身で……澪は頭を抱えそうになった。その時、どこからか大きな声が降って来た。


(みお! みーお!!)


 その声は、間違いなく、ルーチェの心の声。澪は嬉しくなって、両手を声のする空へ広げた。


「ルーチェ!! 私はここだよ!!」


 すると、なぜか透明なとろりとした液体が空から降ってきて、澪がドロドロに包まれる。「えっ! 何これ」慌てるが、変な匂いや、動けないといった類のものではなさそうで。

 その後、目には見えないが、何か濡れた柔らかいものが澪をベロンと舐める。


「わっ!!」


 びっくりして叫ぶと――――そこは、眠る仔羊亭の、自分の部屋の中で、胸の上に乗ったルーチェにベロベロとひたすらに顔を舐められている状況だった。

 夢で見た透明なネバネバは、どうやらルーチェの涎をイメージしたものだったようだ。


「はぁ、ルーチェ。びっくりしたよお」


 一心に舐めてくれるルーチェを抱き締める。不思議と、もふもふの神様の、淡桃色の尻尾と同じ感触と、匂いがした。


(みーお。起きた? るーちぇだよ)


 澪の目をしっかりと見つめて、ルーチェの心の声がはっきりと届いてくる。澪は驚きと喜びで、ルーチェを抱き上げた。


「ルーチェ! また喋ってくれるのね!! 嬉しい!」


(これからは、るーちぇずっとお話しできるよ。みおの力になるのよ)


 キラン、と金の瞳を輝かせて、小さなミックス犬は、頼もしく言った。サラサラの尻尾が背中に背負われて、左右にすごい速さで揺れている。たまらない愛らしさだ。澪は両手でルーチェの頭から顔を包み込み、優しく撫でた。


「嬉しいよ、ルーチェ。ずっと、お話ししたかったの」


(るーちぇもだよ。話しかけてたよ、いっぱい。みお大好きだからだよ!)


 なんという愛らしい喋り方か。澪は鼻血が出てしまうのではと思い、鼻の下を押さえつつ、ルーチェを撫でる手を止めない。昨日あった嫌なことが、全吹き飛びそうな程、嬉しさが込み上げてくる。


 トリマーとして、犬を愛する者として、犬の声が聞こえたら……と願わぬ人はいないだろう。それが叶ったのだ。スキップしたいくらい嬉しいな、と澪は訳の分からないことを考えつつ、ルーチェ大好き、と呟いて抱き締めた。


(みお! るーちぇいいこと考えたのよ! 聞いてなのよ!)


 ルーチェは澪の腕の中から一旦シュッと飛び出し、少し離れたベッドの足元に仁王立ち、ならぬ四足立ちする。胸を張って、自信満々なご様子だ。


「ふふふ、どんないいことを考えたの?」


 澪は笑いながら返答した。すると、ルーチェから意外な言葉が返ってきた。


(みおは、お店をやればいいのよ! おっさんのより、オシャレなお店をやるのよ! るーちぇ知ってるのよ、みおは自分のお店をやりたいって思ってること、伝わってきてたのよ)


 おっさん……もしかして、ガルドのことだろうか。それか、女将の旦那? ちょっと聞くのが怖いと思い、澪はそこは触れないことにした。だが、お店をやろうと、ルーチェに言われるなんて。

 確かに、トリマーの最終目標として、澪には「自分の店を持つ」という目標が、かつてはあった。


 ブラックトリミングサロンで働いているうちに、どんどんすり減って、潰れて、消え去った夢。それでも、心の奥底の、どこかに小さくなって残っていたのだろう。

 それを、契約し絆を結んだルーチェが、見つけ出してくれた。


 自分のお店を、この世界で出せるのかは、全然分からない。でも、神様に言われたこと、自分でも頑張りたいと思うこと、「たくさんの従魔を幸せにする」「澪も幸せになる」これが叶うのは、確かに、お店を開くことだ。

 澪は胸が熱くなって、ルーチェにいっぱいの笑顔で答えた。


「いいね!! それ、やりたい!!」

澪の心の底に沈んで、隠れていた望み。

それを宝物のように見つけ出したルーチェでした。


犬って、「え? それどこから持ってきた!?」みたいなこと、

ありますよね?(ありますよね??)

そんなことを思い出し……。

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