11
「全く過保護なのもいい加減になさい!アレがなければわたくし達の勝利でしたのに!」
「えへへ〜ごめ〜ん」
「貴女も従者ならば時には厳しく育てなさいよ!そう、親ライオンが崖から子ライオンを落とすように……」
ユリがモモに詰め寄るも軽くいなされる。だがモモは悪びれる様子もない。ユリの扱いは慣れている、と言うように貼り付けた笑顔で収めようとしている。
「黒坂」
ユリに捕まっているモモを尻目に、ジンくんがツキコに話しかけた。
「攻め気がないのがバレているぞ。その血統には魔術師の血が流れているんだ……恵まれていながら止めは他人任せ。今の状態を宝の持ち腐れ、と言うんだ」
「っ……‥えっと……」
やっぱりまだ私たち以外とは話せないんだ……。私やリンネ、キョウジ隊長とは会話も慣れてきて、モモの仲介無しでも意思疎通ができる。でもジン君の言葉にツキコは何も返せていない。目が泳いで、焦っているみたいだ。
「おいおい男前、女の子をこんなに怯えさせて……大丈夫?黒坂さん?」
「片瀬君……」
ツキコを守るように片瀬くんは間に入った。そういえばツキコは片瀬君となら話せるみたいだ。あの仲直りにアイスを勧めたのは片瀬君のアイデア。モモと似ている片瀬君が、ツキコの心を開かせたのだろう。
「力を持つ者が弱き者を助ける、これができなくて何が貴族だ。俺ならその立場をもっと上手く利用できる……」
そう吐き捨てるとジン君は訓練場の出口まで歩いて行く。その姿はいつもの冷静で思いやりのある彼じゃないみたいで、私は声を掛けられなかった。
ツキコの顔が少し青い……。私には貴族の重責が理解できないけれど、ツキコがその重責に雁字搦めなことは想像に易い。
初めて話した時「黒坂ではなくツキコと呼んでほしい」そう言っていた。きっと自分を見てもらう前に“黒坂”が邪魔をするのだろう。
黒坂重工のお嬢様、これがツキコの肩書きなのだ。その肩書きを無視して話してくれる相手を、ツキコはずっと求めている。
「後でアイツにはちゃーんと言っておくから、そんな顔しないで……ほら愛葉さんがこっち来てくれるみたいだよ。あれ、俺のこと睨んでるかも?」
片瀬君は肩書きのある黒坂ツキコじゃない、ただの黒坂ツキコを見てくれる人のようだ。掛ける言葉に気遣いを感じる。まあもしかしたらただ女の子が好きなだけかもしれないけれど……
「スケコマシ」とモモが片瀬君に言っているのを聞きながら、私も訓練場を後にした。
支局の中には隊服を洗うランドリー室がある。私たちはシャワーを浴びる間に洗濯をして、明日の準備を整えた。私は乾燥機のタイマーを待つ時間で、装備品を一つ一つ確認していく。
捕獲器具、簡易医療キット、衝撃吸収チョッキ。大丈夫、全てある。でも、捕獲器具は一つで足りるのだろうか……?いや一応もう一つ入れておこう。
「念の為、念の為……」
明日は作戦実行日、人狼の護衛が任務だ。北区支局から大通りを進んで北区収容所に護送する。警務部は、フェイク合わせて三台の護送車に其々一隊ずつ配置される。私たち特務部は、護送車のルートを見守るようにポイント毎の配置。
恐らく人狼達は強化剤を利用する。それを捕らえ、無事に護衛対象が北区収容所に護送されれば、取引完了。人狼のアジトを知ることができる。
百年続いた人狼による食人行為、それを止める。市民の皆んなが人狼に怯える夜を無くすために、お父さんの仇を取るために……私が信頼できる人間だと思ってもらえるように。
覚悟を映すように、雲一つない夜は更けてゆく。
翌日、私は体に残る筋肉痛に顔を歪めながら起きた。支局内で貰える医療品、湿布を太ももに貼るとスーと冷えていく。メントールが心地良い。
「チカちゃ〜ん、起きたー?ご飯つくろ?」
ドアの向こうからモモの声が聞こえる。数日前から思っていたが、モモは結構早起きだ。私の妹にも見習ってほしいよ。
「はーい!」
返事をすると急いで制服に袖を通した。洗ったばかりだ、柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。特務部の黒い制服に真っ白なシャツ、ネクタイも忘れずに締めて最後に特務部のバッジを内ポケットに入れる。
「よし」
身支度を終えて一階に向かうと、モモがキッチンに立っていた。味噌汁の具を鼻歌交じりに切っている。
お茶の間にはキョウジ隊長とツキコがいて、ニュースを眺めてお茶を飲んでいた。大仕事前のささやかな一服。
「それでは次のニュースです。北区の強盗殺人事件の容疑者が逮捕されました。捜査関係者によりますと強盗殺人の容疑者は会社員の……」
「北区は治安が悪いな」
「そうですね……」
いやいや一服するには似合わないニュースだな……
ニュースを眺めながら二人はズズ、とお茶を啜る。




