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犬丸ユタカはボトボト、ボールを落としながら走って逃げる。あのバッグに何個入っているのだろう、既に七個は足跡を残すように落ちている。
「お待ちッ!」
ユリはそのうちの一つを持つと、犬丸ユタカの後頭部に当てた。強肩だ、真っ直ぐ伸びて後頭部にクリーンヒットした。
「ぶべっ!」
頭に当たったボールは弾けると、ブワッと煙幕が張られる。真っ白な煙が犬丸ユタカを中心に広がると、模擬戦をしている皆んなを飲み込んでいった。
誰かが動くと煙の流れが入り混じってゆく。しかし濃い白煙はその人物を隠して、外側で見ている私には煙の中の状況が分からなかった。
「ど、どうなったんでしょう……?」
モモとツキコは大丈夫かな?なにやら煙幕から「ガッガッ」と音がする……もしかしてあの煙の中でも戦闘をしているのか!外から見ても真っ白なのだ。私があの場にいたら一瞬で方向を見失うだろう。
少しずつ煙が無くなっていくと、先ずはじめに見えたのは犬丸ユタカの倒れた姿だった。頭から黄色い塗料が流れている。
倒れたまま全く動かない……気絶しているようだ。
その横ではユリの肩に緑色の塗料を塗る片瀬君の姿があった。煙幕が張られる前までジン君達の近くにいた筈。少しの距離でも方向を見失う煙幕の中で、おそらく一直線に向かったのだろう。
これが“戦闘”隊員か。自分だったら「ああ動いてやられてしまうから」と及び腰になるところを積極的に動いていくのだ。見えない煙の中でも。
片瀬君がユリ達の場に行くには、モモの横を抜ける必要がある。煙幕の中だ、相手の姿を視認できないのに触れてしまって感知される事だってある。可能な視認距離が限られている中で動くということは、それだけのリスクを物ともしない度胸が必要ということなのだ。
肩に塗料を付けられたユリが、斧を投げ捨て犬丸ユタカを引きずり場外にでる。苛ついている様子だ。
これで二人退場。残されたのはモモとジンくん、そしてツキコと片瀬君の四人だ。
ゴゴゴ!
これは……バリケード!
モモとジン君が動き出す前にツキコがバリケードを作った。高さは二メートル、モモとジン君を分断するように建てられる。
モモがバリケードを小刀で斬って突破しようとするも、ツキコが茨を再生し続ける。斬っても斬っても無駄だ。
二対一の標的になったジン君は背後に茨、前方はツキコと片瀬君に挟まれている。
数の優位は戦力差の筈……
パン!パン!パン!
後ろに避けられないジン君にペイント弾を打ち込む片瀬君。だがジン君はその弾を全て刀で切り裂いてゆく。実弾ではない分弾速は遅くなるが、それでもペイント“銃”だ。刀がその速度に追いついている、それは動体視力も関係してくるが「彼が予測して動いている」ことに他ならない。
次いでバリケードからも蔦が伸びてくる。ジン君を捕えようとするも、見事に全部躱わしていた。
すごい集中力……全方位を弛まずに警戒している!
しかし思い返せば、学生バディの模擬戦でも二体一で戦ってくれていた。私が全く戦えないというハンデがあるはずなのに、それでも学生バディの成績は“良”。
やはり彼は上澄みだと私は再確認する。
「ペイント弾、そろそろ無くなるんじゃないのか?」
パン!パン!パシュッ……
「おっと、バレてたか」
片瀬君はニコリと笑うと鎖鎌に持ち替える。鎌を左手に持ち、右手で分銅をビュンビュンと振り回す。
狙いを定めて、投げつけた!
回転のかかった分銅は刀にクルッと巻き付く。二重三重にも巻かれている、これは逃げられない!
巻きついた鎖を片瀬くんは徐々に絡め取っていく。私は縮まる距離に固唾を飲んだ。分銅に制御された刀は振ることができない。このままでは片瀬君の鎖鎌でやられる。
ジリ、ジリと近づく鎖鎌。
……鎖鎌の間合いに入った!
斬られる、と思ったその時だった。
ジン君は刀から手を離したのだ!そして背中から見覚えのある武具を抜き、居合の動きをとる。
その一閃は、これまで見た技の中で群を抜いて速かった。
ガッ!
そして彼が取り出した武具、それは……
「ユリの武具!」
犬丸ユタカを引きずるために投げ捨てたあれか!
「っ!」
見事に腹へ横一直線の黄色が描かれる。
片瀬君も退場だ。残るはツキコのみとなったが、バリケードの維持にジン君への妨害で、魔術量を大幅に消費したように見える。ツキコの額に大粒の汗が見えた。
「ハァッ、ハァ」
「黒坂、降参しろ。お前では俺を倒せない」
「ハァッハァ……っ!」
ジン君が少し冷たく言うと、ツキコは茨の鞭で応戦しようとする。魔術量を抑えるためにバリケードの維持を止めたようだ。バリケードの裏では、モモが小刀で突破しようと何度も腕を振り下ろしている。
「あくまでも貴族か。その気概と行動が伴えばな……」
彼はそう呟くとツキコ目掛けて歩く。余裕だと言うような闊歩だ。
斧のリーチは鞭よりも短い。しかし振り下ろして鞭が伸びきったところを、斧で叩っ斬ってリーチを無くしてゆく。何発鞭を打とうとも、その度に段々鞭の長さが短くなる。
鞭がもう腕一本分しかない。ジン君は次の一歩で当てる距離まで来た。
ツキコに当たっちゃう!
私が諦めたその時、何かがジン君目掛けて飛んできた!
パン!
“ソレ”は黄色い弾丸であった。見事に背中へ一撃命中した弾丸は、バリケードの向こう側で発射されたものだ。
「……モモ」
彼女はジン君を撃つために、無理やりバリケードの中に腕を突っ込んでいる。手に持つ銃へ赤い線がたらり、と垂れた。あれは、塗料じゃない。
「カラーで裏切りですか、面白いですね」
隣で見ていた一色隊長が楽しそうに見ている。
「いやこれは規程にはない行動でそもそも相手に色をつけるという規定がある以上反則とも見られるし、いやでもこれが新時代で多様性だったり?もしかしたらこれに難癖を付けるのは子供達の教育には良くないかもしれなくて、いやいやでも……」
「まあ、これは反則だろうな」
一人で五月蝿いほどに喋る和泉隊長とは反対に、キョウジ隊長は簡潔に判定する。
「……いえ、反則にしてもらわずともいいです」
ジン君は背後のモモへ視線を向ける。睨むのではない、だからと言って笑うわけでもなくただじっと見つめていた。
「俺が黒坂を狙うとなったら、愛葉は派閥など関係なしに背中を狙う。それを失念していたのは俺です」
言い訳などしない彼の真っ直ぐな信念は、モモの居心地を悪くさせるようだ。
ジン君の目線から逃げるように、モモは目を逸らすとペイント弾が残る銃で自分の頭を打った。
「……じゃあこれで負けだね〜」
桃色の髪に黄色の塗料がポタポタと流れていく。
カラーは後衛チームの勝利で終了した。




