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疑問は疑惑である。確信ではない。
リアルなカラーコンタクトを着けている、だけかも知れない。
あの日が染髪したばかり、だけかも知れない。
俵担ぎは意外と筋肉が必要ない、だけかも知れない。
確信ではない、“かも知れない”は私の疑問を渦巻いていく。私の勘違いなのか、考え過ぎなのか。
私は、リンネに人間であってほしいと思っているのか……。私の仇である人狼、それらと一緒の部類である、化物だと思いたくないのか。
私には分からない。彼女を尊重したい、それだけが私の真実。
化け物かも知れないという点はキョウジ隊長も思っているのか。そうだ……彼は初めの自己紹介で自らを後見人、保護と言っていた。きっと、キョウジ隊長は知っている。人間なのか化物なのか知っているのだ。
『非捕獲/退治対象』の化け物であっても防衛庁に入ることができる。でもその場合、制服の肩章に藤の刺繍が施されるはずだ。この会議室にもチラホラとその肩章を着けている者がいるように。
人間と化物を見分ける刺繍……藤の花はこの日の丸国の国花。そして藤の花が付く物は国が承認している事の証拠だ。国家だけが“その化物の種族”を非対象かどうか決められる。だからこそ国家で認められた非対象の種族が、防衛庁で働く際に藤の花を肩章に縫う。その化物は危険が無いと人間に周知させるために。
だがどうだ、リンネの肩章は私と一緒じゃないか。
一本の線が引かれた“無地”の黒い肩章……あなたは人間?
思わず眉間に皺が寄る。真実を知りたくない恐れ、同じ人間であってほしい願望。
……やっぱりリンネの口から聞きたいよ。
「なぁ、大丈夫か……?」
私の泣きそうな顔に気づいたリンネが、私の顔を覗き込む。綺麗な瞳だ。青い髪と相まって、青空に燦然と輝く太陽ように美しい。
「……ううん。ちょっと、立ちくらみかな?」
駄目だ、その瞳に見つめられると私は何も言い出せない。
彼女を尊重したい、そう思っているんでしょ。結局私はまた見ないフリをするんだ、それで良いんだって……。
「辛かったら寄り掛かっていいぞ。チカは貧弱って分かってきたからな!あたしが支えてやる!」
なんて子供みたいに純粋な笑顔なんだろう。私は彼女に内緒であらぬ疑惑を抱いていると言うのに……。私は少し恥ずかしくなって、顔を下に向ける。
どうか、私の心の内を見ないで。貴女のバディなのに信じ抜くことができない私に気づかないで。
確信に近い疑惑は、リンネに支えられながらひっそりと心にしまった。
私の心がわざついていると、会議室もガヤガヤと騒がしくなってきた。見れば会議室に誰かが入ってきたのだ。
「はい、皆さん朝早くからこんにちは。……あぁいいよいいよ、整列なんてしなくて。このまま進めるから」
柔和な雰囲気の四、五十代くらいの男性がヘラヘラと笑いかけた。草臥れたシャツは第一ボタンが開けられている。
「新入隊員の皆さんは僕のこと分からないよね。初めまして、僕朝霧ミツル管区監です。仕事は北区で支局長してます。君たちの上司だよ」
どうぞ、よろしく。と告げると少し薄くなっている頭部をこちらに向ける。
「あれ、笑いが出ると思ったんだけれどな。この薄さじゃまだハゲネタは早いかな、あはは」
目尻にシワを作りながら笑う支局長とは反対に上司を笑えない、とその場の隊員達の冷や汗が見える。笑えるわけがない。管区監、支局長という地位はこの北区を取りまとめる長を表すのだ。
朝霧……この人がさっきジン君の言っていた人なんだ。
「若者の心は難しい、という事でね任務の話を始めようね。今回各隊長から周知されている通り、人狼の護衛をしてもらいます」
そうだ、人狼の護衛。今日はその任務の会議に来たんだ。
「人狼の護衛なんて聞いた事ないよ、て僕も思ってるけれどね。この間捕まえた人狼の中に変なこと言う個体がいるんだよ……皆んなニュースとか歴史の教科書で北区人狼大虐殺って聞いたことあるよね」
!
私は目を見開く。それは私のお父さんが死んだあの事件……!
一言も朝霧支局長の言葉を聞き逃したくないと、耳を集中させる。
「あれ、公式見解には出してないけれど‘‘強化剤’’が使われているんだ。当時捕らえた化物の採血から興味深い成分が出てきてね……研究の結果、それが人狼を強化させると分かった。ただあの事件以降昼間に活動する人狼が出てこないことから、国民の皆様を混乱させないために、公式見解を出す事はなかったんだ」
強化剤、て何それ……
「満月の夜でもない昼間にも現れる、目が充血して赤く染まる、凶暴性が増す……。捕らえて数日経てばその効能は無くなる物なんだけれどね、件の強化剤がまた使われると捕らえた人狼が言ってきたんだよねぇ」
軽く告げる朝霧支局長は困った顔をしながら続ける。
「その彼ね、特務部に狙われながら食べ物漁るよりも、人狼の情報流してまで収容所での保護を選んだんだよ。しかも彼らのアジトも護衛完了後に教えてくれるってわけだ。そりゃ百年続く人狼との抗争に大手出せるなら、やらなきゃだよね。ほら、鉄は熱いうちに打て、て諺もあるように」
人狼への大手……もしできるなら私は何だってする。お父さんの仇を取れるのならば、私は!
「だけどどうやら人狼って奴らは裏切り者に厳しいみたいだ。偵察部隊によると、彼が手加減をして特務部に捕まった事もバレてるみたいだしね。強化剤の存在までバラしたか分からない以上、今回本気で彼を殺そうとやって来るだろう。……だから人狼から人狼を護衛する、こちらも死ぬ気でね」
人狼を北区収容所まで護衛する、そうすれば人狼達のアジトを突き止められる。そして強化剤を使った人狼があの時のような被害を出すことを食い止められる……!
「護衛は昼間に行う。恐らくそれを見込んで人狼も強化剤を使って来るだろう。それに備え、第一北区では作戦決行日に住民に避難、もしくは家の戸締りを徹底してもらうよ。そして、君達は護送車組とルート監視組に別れてもらう。先ずは一台の護送車に人狼を乗せる。フェイクでもう二台を走らせる。これは警務部にやってもらうよ。ちょうど警務部からは三隊借りられたしね」
そうか、ジン君達警務部は、護送車で人狼が襲ってきた場合に備えて配置されるんだ。確かに警務部は主に人に関わる事件や人が起こした事件を担当する、人狼により近くへと配置されるのはやはり私たち特務部の仕事なのだ。
「分かっているだろうけれど、特務部のみんなは人狼に立ち向かう確率は高くなるよ。それがルート監視、つまり護送車のルートに沿って君達が点在し持ち場毎に監視を行う。今回は医療部隊と偵察部隊にも前線に立ってもらうよ」
全く心配そうに言わない朝霧支局長を見て、医療部隊や偵察部隊への信頼を感じる。医療部隊や偵察部隊はやはり特務部の一員で武器の所持は当然だ。しかも両隊の隊員達も一度機動部隊を経由しないと所属できない、謂わばベテラン、中堅のみの先輩達なのだ。それは安心できるだろう。
全隊員が人狼に刃を向ける、それがこんなにも心強いなんて……。見ていてね、お父さん。私絶対にこの任務を成功させるから。
私は人狼への闘志を燃やし仇を取ると誓った。やっとできる、これが私の復讐だ。
朝霧ミツル
正式名称は、朝霧ミツル管区監北区支局長。48歳。掴みどころのない人物。愛妻家。




