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なんて感心して見ていると、今度は蚊帳の外で見ていた私に話しかける人物がいた。その声は射られた矢のように真っ直ぐな人物のものであった。
「赤井」
「ジン君……!」
振り向けば学生バディで二年間を共にした、白峯ジンがそこにいた。謹厳実直で、士官学校では生徒会長もこなす優等生。戦えない私のバディだと言うのに、一切弱音も苦言も溢さない。その彼の漢気に女子生徒のみならず、男子生徒までも憧れたものだ。
「まさか第一北区を担当するとはな。会議室に赤井の姿を見て驚いたぞ」
彼の顔は本当に心配しているようで、相変わらず心配性は変わらないなぁと私は安心した。
「それはこっちの台詞だよ。ジン君も同じ第一だったなんて……」
腰に帯刀しているのを見て、学生の頃を思い出す。
そうだ、ジン君の武器と言えばこの美しい刀。一度持たせてもらった機会があるけれど、重くて振るどころかバランスを取ることで精一杯。それでいてあのツキコやユリとのトップ争いをするものだから、やはり彼は優秀なのである。
「チカ。誰だ、コイツ」
私とジン君が挨拶を済ませていると、リンネから少し敵意の感じる声がした。見れば私の一歩前に出ている。
「あ、紹介が遅れちゃったね。こちらは士官学校時代に学生バディを組んでいた白峯ジン君。ジン君、こちらは今のバディの朝霧リンネ」
「ふーん。……あたしよりよわ」
「ゲフンゲフン!リンネったら……まずはよろしくから始めないと!」
この子はまた危ない発言をしようとしたな!出会って即喧嘩を売る羽目になるとは……。危なっかしい彼女のバディとして私が二人の仲を取り持たないと!
「朝霧……。では管区監の血縁か?あまり、似てないんだな」
あれ?ジン君はリンネの発言をスルーしたと思ったら、何を……?管区監って、確か支局長のことだよね。朝霧、てリンネとキョウジ隊長の名字……もしかして、支局長も?
「俺も貴様も同じ穴の狢か」
「……あたしは違う」
冷えた空気が二人の間を満たす。敵意を持っているのはリンネだけではないのかも知れない。どう見ても互いへの紹介は失敗していた。
どういうことなんだろう、明らかに私だけ話についていけていない。二人は何の会話をしているの?なぜ二人してそんなに怖い顔をしているの。二人の間にいるはずなのに何か疎外感を感じる。
「え〜君、めっちゃ可愛くない?名前何?」
そんな冷えていた空気の中を、恐れ知らずな声が破壊してきた。まるで街中のナンパのような鬱陶しさではあったが、空気を変えたい私には有り難かった。
茶髪を首周りまで伸ばしてチャラついたような印象を受ける彼は、優しそうなタレ目をこちらに向ける。
「俺、片瀬ハクヤ。よろしく〜、かわい子ちゃん」
何だろう、歯の浮くセリフが均整の取れた顔に似合うからちょっとイラつく。だが今はこの空気を変えてくれた恩人に感謝する。
「私は赤井チカです。よろしくお願いします」
「えー、敬語やめようよ。同い年でしょ?」
ね、と言いながらウィンクをしてくる。あれ……何だか誰かに似ている気がしなくもないな……。
「ジンが君のこと見た瞬間、一直線に向かったと思えば……そうか、君が“赤井”だったんだね。よく聞いてるよ、コイツから」
ジン君の肩に腕を回すと、何だが意味深な微笑みを向けてくる。どうやら彼はジン君と同じ警務部所属らしい。
何だろう、この人。やっぱり空気の操り方が誰かに……?
「やめろ、それに俺はあまり口に出していなかっただろ」
「ハハ、気が付いてなかったのか。赤井は無事なんだろうか、て何度も呟いていたよ。ここに来るまでも」
そうか、私はまだジン君に気にかけてもらえていたんだ。
まあ、まさか全く戦えないのに特務部に行くなんて正気じゃない、と受け取られていたのかも知れない。確かに何度も一緒に警務部に行かないか、と誘われた覚えがある。
「今はあたしがバディだ。……この間も、チカから命の恩人だって言われた!お前に心配されるまでもねぇ!」
「フン、命の恩人。つまり危険に晒したという事だろう。俺は貴様とは違って、一度もそんな状況になった事はない」
「あーあ、折角流れ変えられたと思ったのになぁ」
やはり彼は空気を読んであんなことを言ったんだろう。
だがどうしよう。私が台風の目になっている事は分かるけれど、何も口を出せない……!学生バディとしての恩があるジン君、命の恩があるリンネ。どっちかの味方になったらその恩を仇で返すような気がする。ただ二人には仲良くなってもらいたかった、それだけなんだけれどな。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着いて、ね!」
「つーか今の相棒はあたしなんだよ!引っ込んでろ!」
「貴様のような粗暴な奴が相棒?赤井が気の毒だ」
「てめえ、この野郎!」
だめだ、落ち着く気配すらない!
段々と険悪になる二人の前に立って場を収めようとするも、二人はもう私のことなど目に入らず睨み合っている。
お願いだからキョウジ隊長早く来て!何故かさっきから姿が見えないけれど、このままじゃ喧嘩になるし非力な私は止められない!
……などと祈るものである。祈っていた私の目の前にキョウジ隊長が見えた。その姿は後光が差しているようで思わず目尻に涙が出る。
「お前たち、何を騒いでいる」
呆れ半分のため息を溢すと、リンネの肩を掴んでジン君から引き離す。
「おっさん!あいつムカつくから喧嘩させろ!」
「やめなさいリンネ。怪我するだろ!」
まるで駄々をこねる子を叱る母のように、ダメったらダメ!とリンネに言う。リンネもキョウジ隊長の指示には聞くようで、ジン君を人睨みするとプイ、と顔を背けた。
どう見ても怒りが収まっていない、と私にも分かる。
そんな彼女に近づく者が一人、歩いて来た。鴉のように艶やかな黒髪を一つに束ねる男性……制服から特務部の隊長であることが分かる。ジャケットの肩章にラインが三本ついているのだ。私のような士官学校卒の平隊員は二本、推薦制度で入隊したリンネは一本、と言うように肩章を見ればある程度の地位を理解できる。
「全く、キョウジ君の娘さんは活きが良いですね。」
アルカイックスマイルと言うのだろうか、目が笑っているようには見えなかった。狐目が線のように細められ、じっとりと見つめられる。
「一色。揶揄いに来たのか?」
「まさか、ちょっと挨拶に」
一色、と呼ばれた隊長はリンネの前に来ると一言呟く。私はリンネとの間にキョウジ隊長がいるため、距離が遠くて何と言ったのか分からなかったが、リンネの顔は落ち着きを取り戻した顔になっている。
「……分かった」
「ええ、では」
何かを伝えた一色隊長は、そのままリンネの横にいるモモ達の方へと向かって行く。
彼は何を伝えたんだろう、あんなにも荒れていたリンネを一言で制した。……注意?いや、それならキョウジ隊長がしていた。じゃあリンネには冷静になる理由がある?それは、私の知らない何か。
そうだとして、何で一色隊長が知っているのか…、キョウジ隊長は流石に隣にいたから聞こえていたはずで、何も口を挟まないって言う事は彼ら三人は知っているものなのか……?
いや違う、大事な所が抜け落ちている。
“私が”リンネのこと、何も知らないんだ……。
荒っぽい、正直な物言い、自信家…。こんな抽象的なことしか知らない。朝霧っていう名字も、ジン君の方が知っているみたいだ。まだ出会って数日かも知れないけれど、バディなのに私だけが知らないみたいで……何だか寂しい。
「おい、チカ。どうした。やっぱアイツに何か嫌なことされたんだろ」
顔を上げれば、心配して私の腕を引いたリンネがまたもジン君を睨みつけている。
私を掴むこの手も、その髪も、その瞳も……私は彼女に対して疑問があるのにまだ聞けていない。そんな立場になっていない。
ただ、彼女の出生に何かがあるようなのは私も分かっているのだ。
あの日、リンネの瞳を見た時リアルだと思った。リンネの髪を拭いていた時、頭皮から生える青髪を見た。私を担いだあの腕、とてもじゃないが見た目の筋肉量が担ぐには足りないと思った。
私の疑問、それは
リンネは『化物』。
白峯ジン
学生バディでチカと二年間を共にした。真面目で思い遣りがある。弱きものを助ける、を地で行く人。黒髪。警務部所属。
片瀬ハクヤ
空気が読めるのでわざとふざけたことを言う。ただし、女の子は大好きなのでナンパはする。涙黒子が左目側にある。警務部所属。
一色アキラ
ユリ達の隊長。丁寧な口調、糸目で胡散臭い顔をしている。36歳。




