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13 まえむき シュトラウス視点

 とん、とん、とん、とん、と一定のリズムで音が刻まれる。

 音の発生源は、この部屋の主・シュトラウスだ。

 眉間にしわを寄せ、机においた手の中指で、とんとんと机を叩いている。

 仕事で使われるはずのペンは、机の上に放り出されていた。

 明らかな、不機嫌。


 ここのところ、シュトラウスは機嫌の悪い状態が続いており、少しでも時間があくとこんな風になる。

 本当にちょっとした隙間時間でもまとまった休憩でもこの調子だから、彼の部下としてそばにいるブラームも、流石にまいってきた。


「……なあ、シュウ」

「なんだ」

「最近、ずっと機嫌悪いよな」

「……そんなことない」

「嘘つけ! ぜってー悪いだろ!」


 ナーバスになりつつあったブラームが、シュトラウスの机を両手でドンと叩く。

 その様子に若干驚きつつも、シュトラウスは「違う」と返すが、否定するには無理があった。


「いーや、絶対ご機嫌斜めだね! どうせフレデリカ様のことだろ!?」

「何故フリッカが出てくる」

「あ・い・じ・ん! フレデリカ様が愛人を欲しがってるって噂を聞いたころからだろ、お前のこれ!」

 

 さっと目をそらすシュトラウスに、「図星なんだろ?」とブラームが畳みかける。

 ブラームの指摘は正しい。

 愛人の噂を聞いてから、シュトラウスはずっと苛立っている。

 仕事の関係であっても、フレデリカが他の男を話すのを見るだけで、黒い感情が湧き上がる。

 フリッカの相手はあいつか? それともあいつか? と、いつも目を光らせている状態であった。


「まあ、たしかに最近、フレデリカ様は他の男にも話しかけてるけど……。それだけだろ? 麗しの王女に話しかけられて、舞い上がった連中が言ってるだけの噂話だよ。でも、婚約者としては面白くないよな」

「……かまわない」

「は?」

「……そういった噂が流れていること自体は、あまりよくないと思うが。フリッカが愛人を求めているなら、それは別にかまわない」

 

 シュトラウスの返しに、部屋の時間がとまった。

 少しの間をおいて、


「は? え? なに言ってんの?」


 とブラームが困惑を口にする。

 え? と繰り返すブラームに対して、シュトラウスはため息を1つ。

 流石の彼も、この状況で一人では抱えきれなくなったのだろうか。

 シュトラウスは、今まで自分が考えていたことを、ぽつぽつと話し出した。


「……俺たちの婚約は、まだ幼いフリッカを守るために結ばれたものだ。そこに、彼女の意思はなかった。彼女ももう立派な王女になったし、今はアルフレド様とディルク様のご兄弟にも彼女を守る力がある」

「それはそうだけど……。その話と愛人がどう繋がるんだよ」

「俺は、彼女が望むなら、形だけの夫になろうと思っている」

「は?」

「彼女が真に愛する人を見つけたら、心はその男に渡せばいい」

「はあ??」

「~~っ! お前、人が真面目な話をしているのになんだその態度は……!」

「なんだはお前だろ……。で、フレデリカ様がいざ愛人を探し始めたかもしれない、ってなったらこれか。全然ダメじゃん。絶対無理だろ」

「っ……!」

「そもそも、フレデリカ様の気持ちはどうなんだよ。フレデリカ様は、自由にさせろとお前に望んだのか?」

「それは……」


 婚約したばかりの頃、シュトラウスが勝手に決めただけで、フレデリカにそんなことを言われた過去はない。

 ブラームの言う通りだった。反論もできず、シュトラウスは黙りこくる。

 そんな上司の姿を見て、ブラームはわざとらしくため息をつき、あえておどけたように言う。


「フレデリカ様が他の男とくっついてみろよ。荒れに荒れたお前と仕事するの、俺なんだぜ? 勘弁してくれよ」

「そんなことにはならない」

「噂の段階で既に荒れ荒れだろ」

「……」


 口ではこう言っているものの、シュトラウスだって気が付いていた。

 フレデリカを他の男に渡すなんて、無理だ。

 ブラームの言う通り、噂を聞いただけでこれなのだ。

 実際にフレデリカが他の男を選んだ場面など見たら、気が狂ってしまう。

 シュトラウスにはもう、フレデリカを手放すことなどできそうになかった。

 それでも、13年抱き続けた決意が、まだシュトラウスを縛っていた。

 フレデリカを手放すという、もうできはしない無理な決意に。


「……勝手な想いに縛られていたのは、俺のほうか」


 シュトラウスが、自嘲気味にそう呟いた。


「……始まりは完全に政略結婚だし、年上のお前が、そうやって線を引くのもわからなくはないよ。でもさ、自分自身の気持ちに素直になってもいいんじゃないか? 婚約者なんだし、お前がフレデリカ様の唯一になったってなんの問題もないだろ?」

「……そう、かもしれないな」

「かも、じゃなくてそうなんだよ! お前がこんなんじゃ、お前一筋のフレデリカ様が可哀想だろ! 大丈夫なんだからさっさと素直になれって! 妹だなんて言って無理しちゃってさあ~。こんなに荒れるぐらい大好きなくせによお」

 

 ブラームがシュトラウスの背をばしばしと叩く。

 男同士の乱暴なやり方ではあったが、シュトラウスには、彼なりの激励であるように思えた。

 ずっと内に秘めていた思いを吐き出し、親友に道を示してもらったことで、少し心が軽くなった。

 シュトラウスが、自分が抱くフレデリカへの想いに対して、ちょっとだけ前向きになった頃。






「ああ、フレデリカ様! フレデリカ様! フレデリカさまぁ! 私の真の愛であなたをお救いします! あなたもそれを望んでいるのですよね! フレデリカ様! 私も、あなたを愛しています」


 恍惚とした表情で紡がれる、愛の言葉。

 一人の男が、狂い始めていた。


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