12 肥大化
フレデリカが愛人を求めている。
一部貴族のあいだに、そんな噂があった。
麗しの第一王女に気に入られたい男たちの、願望混じりの言葉だったり、ゴシップ好きな者たちがひっそりと楽しんでいるだけだったりと、信ぴょう性に欠けるものではある。
たしかに誇張されてはいるのだが、全くの嘘というわけでもなかった。
シュトラウスに妹のような存在だと言い切られ、他の女性とキスする場面まで目撃して。
危ない目に遭ったあとも、彼との距離は広がっていくばかり。
婚約13年目にして、フレデリカは、恋する王女でいることを諦めた。
シュトラウスから同じ気持ちを返してもらうことを、諦めた。
いっそ、他の男性を好きになってしまいたい。
誘拐未遂の件から1月ほど経つ頃には、そう思うようになっていた。
フレデリカは、婚約者のいる王女として、他の男性とはしっかり線を引いてきた。
成長してからは特に、二人きりになることもせず、フレデリカ個人として話しかけることもほとんどなく、素の姿も見せてこなかった。
婚約したばかりの頃、シュトラウスがフレデリカを溺愛しているという話が広まったことに加えて、フレデリカのこの態度だ。
王女は年上の婚約者一筋なのだろうと、思われていた。
しかし、最近は――
「ねえ。それ、美味しいのかしら?」
「フ、フレデリカ王女!?」
社交の場などで、気まぐれに男性に話しかけるようになっていた。
「驚かせてしまってごめんなさい。あんまり美味しそうに飲んでいたから、つい。ジュースみたいだけど……どこのもの?」
立食形式のパーティーにて。
自由時間を得たフレデリカは、若い貴族男性に声をかけた。
今までの王女然としたものとは違う無邪気な笑顔に、相手の男はにわかに頬を染める。
「い、いえ。自分のような者に話しかけていただけるなんて、光栄です。こちらの飲み物は、ストレザン領のりんごをふんだんに使ったものだそうで……」
フレデリカは、男の言葉をうんうんとにこやかに聞いていた。
説明を終えた男は、あちらで配っているとある方向を指し示した後、フレデリカの許可を得てから彼女の分のジュースを受け取ってきた。
「ありがとう」
みなの憧れの王女のふわりとした笑みに、男も照れを隠せない。
フレデリカに話しかけられた男たちは、みなこんな調子になる。
王女として、この男性がどこの誰であるかぐらいは知っているが、別に、この人のことが好きなわけでも、今すぐ誰かとどうこうなりたいわけでもない。
これまで控えていた分、他の異性と話してみたかった。
そうしていく中で、誰かのことを好きだと思えるようになって、良好な関係を築くことができたらいいなと思う。それくらいの気持ちだった。
特別な感情を抱く相手はまだいないから、二人きりになることはなかったし、話す内容だって、雑談の域を出ない、取るに足らないものだった。
フレデリカとしては、少しだけお話しした。それぐらいのつもりだった。
しかし、相手の男性がみな、同じように受け取ってくれるとは限らない。
多くの人は、王女に話しかけられたこととその美しさに驚き、もしかして俺に気があるのかな、と願望と冗談交じりに考えて「ないない」で終わりにするぐらいだったが、それでは済まない者もいた。
婚約者一筋だったはずのフレデリカが、話しかけてきた。
素に近い、愛らしい笑顔を向けてくれた。
密室でもない場所での、ただ一度きりの会話で、自分は特別なのでは、婚約者を押しのけて選ばれたのでは、という考えを肥大化させていく者がいた。




