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学内格差と超能力  作者: 小鳥頼人
2巻 2科分裂編
59/83

第8話 ③

「はぁ……はぁ……G地点が見えてきたぞ……!」

 昼下がりなのが幸いして昼は暑かった気温も下がっていたので体力の消耗具合が激しくならずに済んだのは幸運だった。

 G時点でスタンプを押せば勝ちって状況まできたところで――

「はっ、はっ……見えたぜ、スタンプエリア!」

 脇道から辻堂が現れた。

「おい辻堂! さっきはよくもやってくれたな!」

 姑息こそくな真似して対戦相手を妨害しやがって。猛省もうせいしやがれっ!

「げげっ、高坂!? ってぇこたぁテメェもあそこのスタンプでカード完成か!」

「そっちもみたいだな」

「おんもしれぇ! テメェの眼前で勝利を決めてやらぁ! それが嫌なら――」

 野性的な笑みから一転、辻堂は俺に睨みを利かせて続ける。

「この俺に食ってかかった貴津学園の2科生徒ならプライド掲げて正面切って突っ走ってこいや! なぁ高坂よぉ!?」

 なーにが正面切ってだよ。自分は汚い手で相手を攻撃ばかりする輩のくせして一丁前に上から目線で説教垂れるんじゃないよ。

「言われなくとも――!」

 人を見下し、汚い手段を躊躇ちゅうちょなく使い、仲間をも簡単に切り捨てる奴なんかに負けられないんだよ!

 すぐにスタンプが押せるように鞄からスタンプカードを取り出す。辻堂も同様だ。

 二人で最後の直線の道を駆ける――!


 ――しかし、ここで想定外の事態が発生した。


 突如俺たちを襲ったのは台風かと見紛みまがうほどの激しい突風。あまりにも激しい勢いで俺たちは揃って疾走を止めた。

 立っているのもやっとの勢力で、立ち止まっているにも関わらず足が動いた。

「「ああっ!?」」

 それだけじゃない。俺と辻堂は二人揃って非常に大事な代物を手放してしまっていた。

 俺たちが持っていたA4サイズ程度のスタンプカードは激しく宙を舞った。もはやどっちがどっちのカードだったかさえ分からないくらいにシャッフルされてしまった。

 そしてカードの片方がスタンプ置き場横に座る若いお姉さんのもとへと落ちた。

「お、お姉さん! そのスタンプカードに押印お願いします!」

 すかさず俺がお姉さんに叫ぶと、

「は~い。ぺたんこ、とな」

 お姉さんの可愛らしい掛け声とともにスタンプカードが完成した。蛇足になるけどお姉さんのオムネのあたりもぺたんこだ。

 はてさて。スタンプカードは完成したけど――

「っしゃうらーっ! 俺の勝ちだぜぇ!!」

「なに言ってるんだよ。俺のカードだし」

「はぁ? テメェのだって証拠は出せんのかゴルァ!?」

「そっちこそどうなんだよ」

 真面目にこれは元々どっちのスタンプカードだったんだ?

「くそっ、名前を記入しておけばよかった……」

 名前じゃなくても俺のだと分かる証を残してさえおけば……!


 ――と、ここでふと俺の脳裏に悪い考えがよぎってしまう。


 さっき、駅員を無視してすぐさま駅から出ていれば辻堂よりも先にスタンプが押せていたのに。

 さっき、財布を届けていなければ辻堂よりも先にスタンプが押せていたのに。

 さっき、おじいさんを手伝わなければ辻堂よりも先にスタンプが押せていたのに。


 ほんの数秒でも早くここまで辿り着けていたら、違った結末を迎えられたのではないか?

 そんなたらればが何度も何度も俺の頭を支配しようと勢力を広げてくるけど。

 ……全て、俺の自己責任じゃないか。俺が自分で選択した結果。誰に強要されたわけでもない。

(はは。ブレブレだな、俺は……)

 球技大会でも学科紛争でも勝利を掴めなかった。1敗1引分だ。おまけに引き分けといっても本来は1科の勝利だったところを学園長の一存で無効となったに過ぎないんだ。結果が出ない日々が続いてさすがになにも感じないままじゃいられない。

 だから焦って黒い考えが浮かんでしまったのかもしれない。なかなか勝てないスポーツチームの心境ってこんな感じなのかもしれないな。


『――俺たちの野望が野望なだけに、下手な善意は自身の首を絞めかねないと俺は思うね』


 球技大会のあとに太一が言ってたっけ。いらぬ善意は俺自身の首を絞める。

 でも――ならさっきの慈善じぜん活動がいらなかったとは思えない。俺の偽善で誰かが救われる、それだけで俺は満足できた。

 困ってる人を己の目的のために平気でスルーしているようでは、たとえ勝てたとしても一部の1科の連中と変わらないじゃないか。1科に抗う俺が奴らと同じ選択を決めてどうする。

 だから俺は自分の判断に後悔はしない、してはいけない――――

「もう引き分けでいいんじゃないでしょーか~?」

 俺の脳内独り相撲を断ち切る一撃を放ったのはお姉さんだった。

「…………そうですね」

「…………フン」

 お姉さんのゆるゆるとした癒しパワーを受けた俺たちはすっかり毒気どくけを抜かれてしまったのであった。


 結局、学科紛争に続いて今回の結果も痛み分けとなったのであった。

 太一たちに報告したら「お疲れ」とねぎらいの言葉をかけてくれた。一切責めることもなく。


    ☆


「――そうだ。あそこに寄ろう」

「どこか行くのかい? 暇だから着いていこうかな」

 思い立ったのは現地解散した帰り道、自宅の最寄り駅である荒木台あらきだい駅を降りた時だった。

「星川さんと遊んだ時を思い出すよ」

「君、あの時全てが必死だったよね」

「うるさい。ストーカー野郎に言われたくない」

 同じく最寄り駅が荒木台駅の太一とともに辿り着いたのはいつか星川さんとデートし、この前は満さんと遊びに行ったゲームセンター。

 家に帰るまでが遠足? はて……?

「スタンプラリーは不甲斐ない結果に終わったけど、まだこっちの希望はついえてない!」

 クレーンの箱の中にリスのぬいぐるみが残っている限り。

「なるほどね。君の熱意、しかと見届けさせてもらおうかな」

 合点がいった太一が見守る中、俺の三度目の捕獲タイムがはじまった。

 スタンプラリーで消化不良の俺のハートを燃焼させてくれ――!


 翌日。

「わざわざ来てくれてありがとう、星川さん」

「高坂君が呼び出してくれるなんて珍しいね」

 俺は休み時間に星川さんと屋上で会う約束をしていた。

 普段ならそんな意気地すらないんだけど、昨日はぬいぐるみを獲得できたことによる高揚感を維持したままチャットで約束を取りつけていた。星川さんもすぐに快諾してくれたので晴れて屋上で落ち合った。

 五月の陽気と空の青さ、それとそよ風が心を落ち着かせるハーモニーを奏でている。ここで惰眠だみんむさぼれたらさぞかし気持ちいいだろうなぁと不埒ふらちな考えが浮かんでしまう。屋上から望む校庭や街並みは解放感が溢れている。

 ……女の子と二人きりのシチュエーションという事実からは目を背けることにする。

「もしかして、大事な話?」

 星川さんは前髪を整えながら何かを期待するようなまなざしを向けてくる。澄んだ瞳が俺の顔を捉えて離さない。

「大事かと言われれば大事かな」

 俺は手に持っていた紙袋からクレーンゲームの報酬を取り出した。

「そ、それって……!?」

 報酬――リスのぬいぐるみを認識した星川さんは整った瞳を見開いた。

「この前一緒にゲーセンに行ったね」

「ねー! 楽しかったね!」

 星川さんは柔らかく微笑んだ。社交辞令でも愛想笑いでもないんだなぁって感じる。

 あの時はクレーンゲームに熱中したり、一緒に太鼓を叩いたり、ボウリングで汗を流したりした。

 ……黒ニット帽こと太一の監視もあったのだけれど――全ては俺と星川さんを思っての行動だったのだ。

「星川さんはリスのぬいぐるみに食いついてたよね。だから絶対に取りたいと思っててさ。ようやく取れたから星川さんにあげたくて屋上まで呼んだんだ」

 星川さんにアポを取るのはチャットで事足りるけど、直接会うとなると話が別だ。

 俺は一部の生徒から迫害されている『2科』の肩書きを持つ人間なので、星川さんのような1科の女子、それも美少女と二人きりで密会したことが1科の生徒、特に男子にバレたら面倒事になるので人の出入りが少ない屋上に集合してもらったのだ。

 昨日、辻堂との勝負がなあなあで終わった悔しさをクレーンゲームに注いだ。五百円硬貨を何枚か消費してようやく掴んだ報償ほうしょう

 ようやくあの時遊んでもらった本当のお礼ができる。

 リスのぬいぐるみを差し出すと、

「いやいやっ、食いついてないからね!?」

 星川さんは真っ赤に染まった顔で強く否定したと思ったら、今度はもじもじと両手を絡ませながら「ほんの少し興味があっただけだもん……」と拗ねてしまった。

 その一点に関しては本当に素直じゃないなぁ。そこも普段のしっかり者の印象と違って可愛いなぁって思ってしまうんだけれども。そして俺なんかが星川さんにそれを伝えたら生意気だと思われそうなので口にはしない。

「――でも、ありがとう。大切にするね」

 やがてぬいぐるみを受け取ると、両手で大事そうに抱きかかえた。

「実は私も諦めてなかったんだけど、勉強とか部活とか色々あってあのゲーセンに行く機会がなかったんだよね」

 星川さんもリスのぬいぐるみのことを忘れていなかったんだ。……ついでに俺のことも断片的に思い出しててくれたのかな? とありえない妄想で勝手にドギマギしてしまう。

「はぁ~、リスちゃ~ん。うりうりうり~」

 星川さんはリスのぬいぐるみに頬ずりしてだらしない笑みを浮かべている。まるで本物のリスのように愛情を込めている。

「ふにゅ~」

 おっとぉ。お次はリスのお腹に顔をうずめたぞ。こりゃ完全にリスにノックアウトされてしまったな。

 学園のアイドルのご乱心を他の生徒が見たらどう思うんだろうか。

 けど、この表情を見せてもらえるのも貴津学園ではきっと俺だけ。そう思うと俺も口元が緩み切ってしまう。

「……ゴホン。俺はそろそろ戻るけど」

 乱心中の星川さんに声をかけるのは気が引けたけどそうも言ってられない。休み時間は無限ではない。次の授業は移動教室なので早めに戻らねば。

 星川さんにぬいぐるみをプレゼントする目的は達成したし、これ以上屋上に留まる理由はない。

「私はもう少しだけ心地よい風を受けてるね」

 我に返った星川さんは自然な笑顔で俺に手を振ってくれた。

「了解。それじゃあ」

「またね」

 校庭へと向き直って揺れる髪に手を添える星川さんを残して、俺は教室へと戻った。


    ★


 高坂君が去って屋上には私一人になった。

 一人になってはじめて、屋上ってこんなに広いんだって実感が湧いてきた。

「リスちゃんをプレゼントしてくれるなんて……」

 リスちゃんを包む両手にはついぎゅっと力がこもる。優しい感触。まるで高坂君の人となりみたい。

「嬉しい……心の底から嬉しいよ」

 彼がぬいぐるみを手渡してくれた時、心の中がぱあっと明るくなった。

 それはリスちゃん効果もあるけれど、決してそれだけではない。

 彼の温かさ、優しさに私の心は照らされたのだ。

「私、今すっごくドキドキしてる……」

 今でも心臓が遠慮することを知らずに暴れている。狂ったように存在を誇示こじしてくる。胸に手を当てずとも分かるほどに。

 もう、ここまできたら自分の気持ちに気づいてしまうよ。誤魔化せないよ。

「私は、高坂君のことが――」

 でも――――怖い。

 はじめての感情で未知なる経験。対人関係には明確な解答はおろか、模範解答すら存在しない。だからこそ、絶対的な正解がない恐怖が常について回る。選択を誤って失敗したらと考えると身がすくむ。

「人間関係も数学のように答えがあればいいのにな……」

 けれど、困難な壁に立ち向かう恰好良さ、美しさを高坂君は学科紛争で私に見せてくれた。

 私とデートした時もだ。私と敵対してでも悲願を達成したいと宣言してきた時は心の底から勇ましいと感じた。

「私も、高坂君のようになりたい……」

 諦めず、逃げずに戦う姿をあなたに見てほしい。何度壁にぶつかろうともその度に乗り越えようとしているあなたに。

 そして、あわよくばあなたと……はわわっ。想像しただけで手汗が。

 ……落ち着こう、落ち着きなさい、私っ!

 深呼吸をひとつ。少し冷静になれた。

「すぐには難しいけど……」

 少しずつ。ちょっとずつ。

「高坂君への想いがこんなに大きくなっていたなんて……」

 今の今まで気がつかずにいた。知らず知らずのうちに育まれていたんだね。

「私も、もっともっと頑張らないとね……」

 高坂君はいつだって私に新たな刺激を与えてくれる。

 だから私は、彼からもらった分を、いつか何倍にもしてお返しするんだ。

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