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学内格差と超能力  作者: 小鳥頼人
1巻 学内格差編
35/83

第12話 ②

「歩夢、さっき俺が羨ましいって言ったな」

 ならば、それ相応の対応をするまでだ。

「俺だって何でもできて、人望もあって生徒会長まで経験した幼馴染と比較されるのは嫌だった!」

 先ほどは二の足を踏んで言えなかった歩夢の問いの答えを口にできた。

 それとこれは口にはしないけど、歩夢はあの星川さんとも良い関係を築いているのだ。羨ましいに決まってる。

 歩夢が放ってきた光線を、俺はなんとか雷塊を作り出して相殺した。

「それが今まで君から距離を置いた理由だ! たったそれだけの理由で君を避けてた俺は小さい人間だって思わないか?」

 歩夢は俺の言葉に身体をピクリと一瞬揺らすも、攻撃の手を止めることはない。

 攻撃をかわしつつ電気の塊を作り、更に歩夢への応酬で俺の疲労はいっそう溜まってゆく。

「なぁ歩夢! こんな人間に君が執着する理由はないだろ! 君はこんなしょぼい男相手に暴走してるんだぞ! 情けないなぁ!」

 俺の口撃を食らった歩夢は歯軋りをしてこれ以上ないくらいきつく俺を睨む。

 歩夢の刺すような視線を捉えた上でできるだけ冷静なふりをして、興奮状態の歩夢を見つめる。

「情けないのはどっちだよ! どんな複雑な事情があって俺から遠ざかったかと思ったら、はっ。下らない理由だな! 笑わせる! 失望したよ」

 そう吐き捨てた歩夢は光線攻撃を中断してダッシュで俺を床に押し倒し、胸倉を掴んできた。

 突然の襲撃に気を取られたせいで作っていた球電きゅうでんが消えてしまった。

「そんなんだから君は2科なんだよ! 劣等生の嫌われ者の2科が、学園のお荷物の2科が! 1科の俺に勝てるわけないだろ!」

 歩夢は再び手から光線を生み出して眼前の俺にぶつけようと構えている。

 俺は辻堂の取り巻きたちにしたように手から軽く静電気を出すも、

「この程度、大したことないな……!」

歩夢は静電気の痛みにひるむことなく俺を拘束し続ける。これも俺への執着による強さだというのか?

「歩夢の言う通りさ。自分が嫌な思いをするのが嫌で君から一方的に距離を置いてきた最低な男だ。君に負けたくないって思ってたし、疎遠になるのも嫌だった」

 歩夢から距離を置いたことも、1科に反抗していることも、全部俺のエゴだ。自らが我儘なガキってことは重々承知している。

「だけど。だけどね……冷やかに見てくる周囲の目を無視できるほど、俺は強い心を持った人間じゃなかった! だから――」

 そこまで話して、一瞬だけ瞳を閉じる。

 そして俺は、ずっと歩夢に言わなければならなかった、

 ――いや、言いたかった一言を、長い年月を経てようやく口にする覚悟を決めた。


「――だから…………歩夢。身勝手な理由で君を避けて本当にごめん」

「………………!」


 俺の唐突な謝罪に、歩夢は目を見開いてあからさまに驚いた顔をする。

 俺の目と鼻の先にあった光線はゆっくりと消え去った。

「きゅ、急にどうした? また何か企ててるのか?」

 ちょっとトリッキーな行動をしたら策を打ってると勘ぐられるのは心外だなぁ。

「本当はもっと早い段階で謝りたかったんだけど、結局うやむやにしたまま今日この時まできてしまった。この状況も俺がもっと早く君に歩み寄ってさえいれば起きなかったんだ」

 今の俺は無防備な状態だ。球電きゅうでんを作る気もない。歩夢にとっては絶好の攻撃チャンスだ。

 けれど理解している。歩夢が本当はそんな奴じゃないってことは。

 本当は誰かを傷つけることなんてできない人間なんだ。

 さっき俺への侮蔑ぶべつ発言の際に感じた違和感の正体もこれだったのだ。俺や2科への暴言は本心ではない。俺への負けん気で発してしまっただけなんだ。俺に勝てない悔しさが、俺への誹謗へと繋がった。

「………………謝らなければいけないのはこっちも同じだよ」

 歩夢は俺の胸倉から手を離した。殺気も完全に消えている。

「君がずっと周りからの比較に苦しんでいたというのに、本来、君の一番の支えとなって、その環境を改善するのが親友の役目だったはずなんだ」

 溜息を一ついて、歩夢は自嘲じちょう気味に話を続ける。

「それなのに俺はというと、ただ自分を高めることだけに躍起やっきになって、君のことを気にかけてあげなかった。自分のことしか考えていなかった」

 俺は黙って歩夢の話に耳を傾ける。

「もっと早い段階で君に寄り添い、高校でも2科のことも考えていれば、ここまで学科間でのいざこざは悪化しなかったかもしれない。生徒会役員の地位を利用して学科間の格差もマシにできたかもしれない。少なくとも2年の中ではね」

 別に歩夢が俺や、ひいては2科に救いの手を出す義理はないので学科間の重責じゅうせきを背負わすわけにもいかないけどね。

「俺は何のために生徒会役員になったんだ……。中学時代に生徒会長を務めた経験は何だったんだ……。みんなの役に立ちたい、その思いを胸に抱いて立候補したっていうのに。結局俺は誰一人として救えていないじゃないか! 肝心な時に全く役に立たないままじゃないか!」

 自責の念に駆られているのか、歩夢は手で顔を覆って首を横に振る。

「俺は、勉強やスポーツで目立つことよりも、君のような人の心を動かせる人間になりたかったんだ」

「歩夢…………」

 俺は、人の心を動かせているのだろうか。

「ヒロ、覚えているかい?」

 と、歩夢は顔から手を離すと窓際まで移動し、カーテンを開けた。

 空はオレンジ色に輝いていた。

「今から十年前の話だけど――――」


    ★ ★ ★


 その日は夏休みの真っ只中で、俺とヒロは市民プールに向かう途中だった。


「あぁっ、風船が~!」


 幼女の声が聞こえる。

 声の方向に視線を送ると、今まさに一つの風船が空へと飛び立とうとして――大きな木の枝に紐が引っかかった。

「しーちゃん、残念だけど、あれは諦めましょう」

「えぇ~やだよぉ」

「新しいのをもらってあげるから」

「あの風船がいいの~!」

「しーちゃん……」

 俺たちと同年代くらいの少女は悲痛な面持ちで枝に引っかかった風船を見つめていた。

 取ってあげたい……でも…………。

「可哀想だけど、あの高さじゃ厳しいよねえ」

 木の全長は当時の俺たちの背丈の数倍ほどはあった。取ってあげたいのはやまやまだけど、怪我のリスクが大きすぎる。

 女の子には申し訳ないけど、風船は諦めてもらうしかなさそうだ――


「マッツー、僕のリュック持ってて!」

「えぇっ? ヒ、ヒロくん、まさか…………」

「決まってるじゃんか! あの風船を取る!」


「む、むむ無理だよ、絶対無理! 怪我しちゃうって!」

 あろうことか、君はその大きな大きな木を登りはじめた。何度も滑り落ち、ふりだしに戻されようとも、少女の母親から止められようとも、君は何度も木を登り続けた。

「必ず……必ず風船を取り戻すから……! 待っててね……!」

 そして奮闘すること十数分。


「と、取れたーっ!」

 君は風船をその手に掴み取ったんだ。


「さっきの子、すごく喜んでくれてたね」

「………………」

「マッツー? どしたの?」

「君はなんで危険をおかしてまであんなことをしたの?」

「あれ以上あの子が悲しむところを見たくなかっただけだよ」

「大怪我するかもしれなかったんだよ!? 普通は躊躇するでしょ!」

 大怪我は免れたものの、ヒロの身体にはいたるところにすり傷ができていた。

「あぁ、そうだね」

 ヒロもそこは理解していたけど、透徹とうてつした瞳で、

「で?」

 それが何? とでも言いたげな視線を向けてきた。

「で? じゃないでしょ!」

 心配のあまり語気が強くなった俺に対してヒロは、

「誰かの笑顔が見られるなら、ちょっとの怪我くらいへでもないさ」

 迷いのない声音こわねと笑顔で言い切ったのだった。

「君ってやつは……無茶なやつだよ」


 君は昔からそうだったね。

 俺が無理だと諦めて背を向けることでも躊躇いなく行動できる。

 あの時も、そして今回の学内格差についてもそうだ。

 あの時から、俺の中で君は正義のヒーローに見えていたんだ。俺には真似できない、大器を持った人間だって思っていた。

 そう、どんな逆境や絶望的な状況に直面しても立ち向かおうとする勇気。それは才能でどうにかなるものじゃなく、本人の意志の強さからのみ湧き上がるかけがえのない気持ちだ。

 人の心を打つ勇気。

 あぁ、君にはとても敵わないなぁ――――


    ☆


「そんなこともあったね」

「あの時の君は本当に恰好良かった。君は俺の憧れの存在で、君の背中を追い続けたんだ。テニスをはじめたのも君を追いかけたいって思いからだったんだよ」

 歩夢は微笑みながら語る。

 そうか、君はそんな風に思ってくれていたんだね。

 お互い疎遠になりつつも、俺たちは名ばかり親友のような関係を演じ続けてきた。数年間におよぶその期間は、どれほど長かったろうか。

 その劇場も終幕を迎えようとしている。

 人はいつまでも昔のままでい続けることはできない。外見も、中身も、環境も。時の流れとともに変わり続けていく。

 だけど、その中でも変わらないものだってある。それは過去、そして過去の記憶だ。これから先のことなんか誰にも分かるはずもないけど、経験してきた過去は変わらない。

 そしてその時に築いてきた友情、愛情などの証を自他双方が忘れてさえいなければ、いくら見た目や価値観が変化しようとも、それらは変わりゆくことはないと信じたい。

 時の流れは止まらなければ、逆流もしない。

 だから、その流れを信じて今を生きるしかない。


「歩夢…………本当に今更だけど、昔のような関係に戻れないかな?」

「それはこっちの台詞だよ。またこれからよろしく頼むよ、ヒロ!」


 こうしてお互いの想いを吐露とろし合った俺たちは握手を交わし、長い遺恨いこんから解き放たれたのだった。


「とはいえ、現実問題として2科の環境を変えるのは並大抵の努力では難しいよ。1科では2科にレッテルを貼る人がどうしても現れちゃうからね。それに戦い続ける以上傷を受け続けることになるだろう――戦い続ける覚悟はできてる?」

 歩夢は少し心配そうに問いかけてきた。戦う以上は無傷ではいられないからね。

「もとよりそのつもりさ」

 俺の返事を聞いた歩夢は力強く頷いた。

「俺は1科の立場上、2科全体は贔屓できないけど、君個人をサポートするのはやぶさかじゃないから、何かあれば球技大会の時みたくまた頼ってくれ」

「歩夢がいると心強いよ」

 強力な味方ができた。歩夢の力を借りる時は必ず来るだろう。

「佐藤が球技大会で優勝すると言った時も本当は『また大きな困難に挑むつもりなのか、無茶するつもりなのか。俺にも手伝えることはないのか』と思ったんだよ」

 あの時歩夢が言いよどんでいたのは否定の気持ちではなく憂慮ゆうりょの気持ちだったんだね。

 と、歩夢は再度窓から群青ぐんじょう色に支配されかかっている空を眺める。

「君は俺とは違うから……俺にはないものを持ってるから――よこしまな感情を抱いたんだ」

 歩夢は空に視線を合わせたままとつとつと語る。

「2科に対してもそう。自分と違うからダメだと勝手に自分の物差しで決めつけて、相手に劣ってる部分を鍛えもせずにただただ妬み、2科じゃ1科に挑んでもどうせ勝ち目はない、と決めつけてさ――俺も精神的にまだまだ幼稚だな」

「足りないなら、持ってる人から学んで、代わりに自分が持ってるものを与えてあげれば、お互いにとってより良い関係になるよ」

 同じ人間など誰一人としていない。だからいさかいも起こるし、新たな気づきもあるのだ。

 それを1科と2科でも実現できれば最高なんだけど……。

「お互いに足りないものを補い、強みを差し出し合ってこそが親友、いや、仲間、か――」

 呟くように言葉を出した歩夢はつきものが落ちた表情を見せるも、すぐに口角を吊り上げて、

「そういやヒロ」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。あ、これいじられるやつや。

「星川さんにずいぶんとかっちょよく宣言をキメてたじゃないか。男前だったよ」

「あ、あれは忘れてくれ」

 思い返すだけで恥ずかしい黒歴史なんだから。ハイになったテンションで抱いた思いをポロポロ喋るのは危険だと思い知ったわ。

「あの言葉で星川さんのハートも掴めたんじゃない」

「心を動かせた、って意味だよね」

 変な意味じゃなかろうな。だとしたらちと困るんだけど。

「盗聴してた俺が言う資格はないけど、他言はしないよ。俺の記憶からは消えないけどね」

 狼狽ろうばいする俺を眺めながら、歩夢はいたずらっぽくけらけらと笑った。

「この勝負が終わったら星川さんや辻堂、2科のみんなに謝罪させてくれないか」

 ひとしきり笑うと、歩夢は真面目な表情になった。

「ヒロも、本当に申し訳なかった」

「君にその気持ちがあるなら俺からは何も言わないよ」

 2科――というよりは俺の1科に反抗する気力を奪おうとし、そのために星川さんを利用し、辻堂を扇動して6組の教室を荒らして今回の勝負事を巻き起こした。

 しかし、頭を下げて謝罪する歩夢に対して俺がこれ以上言うこともない。あとは他の人たちが歩夢を許すか否か、それだけだ。

 それに俺としては1科と戦うステージを用意してもらえて助かってるよ。

「――歩夢、そろそろ」

「ん、手帳探し頑張ってね」

 俺は歩夢を教室に残して廊下へと出た。

 歩夢とのぶつかり合いはこれで終了だけど、本質の宝探しゲームはまだ終わっちゃいないのだ。


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