第10話 ③
改めて気合いを入れ直すべく拳を握り締めると、
「話は済んだようだね。じゃあ1科Cに乗り込もう」
「太一!?」
遠藤さんが去った少し遅れたタイミングで中に入ってきたのは太一だった。
「いつから盗み聞きしてたんだ!?」
「そんな野暮な真似はしないよ。お取込み中だったから廊下の奥で待機してた」
そうだったのか。気を遣ってくれた太一に感謝だ。
「で、遠藤が出てきたから要件は済んだと思って中に入ったんだ」
「待たせて悪かったね」
と、ここで太一は悪そうな笑みで俺を見てきた。
「遠藤に押し倒されるとは、君も隅に置けないね」
「誤解だから! 甘い展開にはならなかったから!」
よりにもよってあの事故の瞬間を目撃されてたのかよ。
「でしょうね」
「俺にラノベ的展開を期待してはいけないよ」
こちとら2科だぞ。話す程度なら遠藤さんも気にしないだろうけど、恋愛対象となったら話は別だ。
高校生なら好きだけの気持ちで付き合う人が多いのかもしれないけど、遠藤さんのような良家のお嬢様ともなると様々な弊害が待ち構えているのだから。
「よし行こう、太一」
「待った」
解放されている窓へと向かうべく足を動かそうとした瞬間、太一が俺の特攻を制止した。
「ほい。宏彰用の飛び道具」
「これは――癇癪玉か」
渡されたのは太一が先ほど使用していたものと同じ種類の水鉄砲一丁と、色とりどりの小さな玉の数々だった。癇癪玉なんて久々に見たなぁ。
「宏彰は廊下から1科Cの扉に癇癪玉をぶつけて彼らの気を引いてくれ。その隙に俺が窓から侵入して彼らのシールを剥がす」
「俺の癇癪玉攻撃が奇襲開始の合図ってことだね。OK」
お互いに頷き合い、それぞれ配置場所へと向かう。
太一、ツルツル床の再挑戦、ファイト。
★
「た、谷田君から、チャ、チャットだ」
『2科Cの状況だが、依然相手は手帳探しを続けている』
「『了解。佐藤君にも報告しておくよ。そちらも引き続きお願い』っと。そ、送信」
「もう手帳探しじゃなくて殺し合いゲームに趣旨変わってない?」
「も、もしや、あ、あのガン細胞辻堂は、は、はじめから、こ、こうなることを、み、見越して……?」
☆
太一がチャットで1科Cの窓の外に到着したと報告してくれたので作戦決行といきますか。
「手始めに――うおりゃあっ!」
「な、なんだ今の音は!?」
俺が足で扉を蹴ったことによる衝撃音で相手の驚く声が聞こえてくる。
奴らの意識はこちらに向いている。ここで更に太一からもらった調味料を付加させていただくとしよう。
癇癪玉を扉にぶつける。
発砲時のように短く、かつ激しい音がパァンと数回響く。
「廊下で何が起こってるんだ!?」
「お、おい。様子を見に行ってこいよ」
「わ、分かった」
先ほどプールの横に待機していた1科男子がゆっくり扉を開けた。
「ターゲット、捕捉」
俺は扉が開いた瞬間に待ってましたとばかりに水鉄砲を相手の胸めがけて放射した。
「うわ、冷たっ!?」
濡れたことで粘着力がなくなったシールは剥がれ、ひらひらと床に落ちていった。
「なっ、お、おま――――」
「…………どこを見てるの?」
窓から侵入した太一が窓側にいる無防備状態の1科男子を背後から取り押さえ、直接手でシールを剥がした。
「なっ!? てめ、窓から侵入してきただと……!?」
リタイアになった男子も含め、1科男子たちは太一の登場に唖然としている。
残りは三人か――もし、三対一で太一が取り囲まれたりでもしたら……。
「一人で俺らの眼前まで来るとは度胸あるじゃないか」
「さ、リタイアしろ」
「想像したそばから太一がピンチに!?」
あああ、ここで太一に脱落されたら大幅な戦力ダウンになってしまう。
「さぁ、シールを――――ぐぁはっ!?」
俺が援護しようと水鉄砲を相手に向けた瞬間。
シールを剥がそうと太一の腕を掴んだ男子の身体が仰向けで床に倒れていた。
おまけにシールもちゃっかりと剥がされているというおまけつきで。
「ゲホッ、お前、合気道の経験者か!?」
「一応そうなるのかな。自分でもよく分からないけど、有段者ってことになってるよ」
「ゲホゲホ、なんで自分でも分からないんだよ……」
今のは合気道の技だったのか……俺には合気道の心得は全くないので上手く表現できないけど、関節技で相手の身体を反らせて床にダイブさせたようだった。
ちなみに俺も太一にそんなスキルがあっただなんて全然知らなかった。隠し設定かよ。
「さて。俺に技をかけられつつシールを剥がされるか、宏彰の水鉄砲を浴びてシールを剥がされるか。どちらがお好みかな?」
太一が邪悪な笑みを浮かべながら1科男子二人に詰め寄っていく。
ずっと感じてたんだけど、今日の勝負って完全に太一が主役だよね? 言い出しっぺの俺が引き立て役に成り下がっちゃってるのはいかがなものでしょう。
結局残る二人のシールもあっさり剥がすことに成功した。
「それじゃあ探索開始といこうか」
しかし1科男子がいなくなった1科Cの内部を物色するも、手帳は見つからなかった。
★
「どうも2科に圧されてるね。それも佐藤高坂ペアに」
「そろそろ俺が直々に出なきゃならねぇな」
「はあ」
「高坂は俺がリタイアに追い込む。佐藤は1年の子が始末してくれるはずだ。お前は引き続きモニタリングをしとけ」
「今更動き出してもねぇ。こうなることくらいまともな脳みそがあれば予想がつくでしょ」
「……安部ぇ、あとでしばくからな」
「ふぅ。こんな幼稚園のお遊戯会をして何になるんだか。早く帰って寝たい」
☆
「1科Cにも手帳はなかったかぁ。となると2科側の教室にあるのか」
相手の人数こそ減ってはいるものの、肝心の手帳の在処が分かっていない。
1科Aは特に物を隠せそうなところはなかったと中澤君が言ってたし、1科の手帳も2科側の教室で眠ってるのかも。
「そうだね。2科の――――ん?」
廊下の突き当たりを曲がったタイミングで太一の言葉が途切れた。
「残念ですけど、あなたたちにはここでリタイアしてもらいます!」
俺たちの前に立ちはだかったのはツインテールの1年生、蓮見さんだった。窓から流れる風でしなやかな髪がさらさら揺れる。
「雫か。邪魔しないでくれるかな。君に構ってる暇はない」
「ふふふ、これを見てもそんなことが言えるかしら?」
蓮見さんがポケットから出したのは――二次元の幼女の写真?
「それは購入困難とされている限定写真? どこで手に入れたんだ?」
いつも冷静な太一が柄にもなく声をうわずらせた。
「どこだっていいでしょ。ほらほら、欲しくないの~?」
蓮見さんはニヤニヤしながら写真をひらひらさせている。
「くれるの? それは嬉しいね」
「欲しいなら今から言う条件のどちらかをのむことね」
蓮見さんは仁王立ちになって俺たち――というか太一を睨んだ。
「一つは太一君が自分のシールを剥がすこと。もう一つは、あたしのシールをあなたの手で直接剥がすこと。好きな方を選ばせてあげるわ」
な、なんという究極の二択。リタイアかセクハラで停学、どちらも無傷ではいられない。
蓮見さんめ、ちんまい外見からなんと恐ろしい条件を出すんだ……!
しかも蓮見さんは自分のシールに重なるように写真を持つものだから、水鉄砲でシールを剥がす手段も使えない。
――幼女フェチじゃない俺なら容赦なくぶっ放すところだけどね。
「シールがこんなところで枷になるとはね」
君が写真を諦めて逃げれば解決するんだけどな!
「太一! セクハラで人生を終わらせることはないよ! 自分のシールを剥がしてくれ!」
この戦いにおけるシールは自分の心臓同然で、なくせば力尽きることになる。が、さすがに蓮見さんのシール、いや左胸に触れる行為は蓮見さんが嫌がれば性犯罪が成立する。
「高坂先輩は黙っててください!!」
すごい剣幕で恫喝された。近頃の女子高生、こわひ。
「どうするの!? 写真が欲しいんでしょ? さっさとリタイアしたらどう?」
蓮見さんの問いに太一は何も応えない。迷っている様子。
「選ばないなら力づくであなたたちを潰す。あたしはあなたたちみたいな冴えない人間が大っ嫌いなんです! 1科からバカにされるのは男を磨こうとすらしない自分たちが原因じゃんか!」
彼女は俺たち――主に俺に指を差して糾弾してくる。怖っ。
「それなのに格差がどうこう喚き散らすのはただの我儘じゃない! 燻った果てにこんな抗争の勝利の報酬に縋るんじゃなくて正面から見返してやればいいじゃない! ほんっと情けない人たち!」
蓮見さんの熱い持論はもっともではある。
俺たち2科が身体を鍛えたり身だしなみを整えたりなどして1科の人に近づくことも格差を縮める方法ではある。ラノベでもちょくちょく陰キャがオシャレやトークスキルを磨いてリア充になっていく作品がある。
しかしそれでは意味がないんだ。俺たちの悲願は『2科のレッテルが貼られた地味軍団』が1科に負けてない、舐めてもらっちゃ困ると奴らに知らしめることなのだから。
それと、この人も辻堂一派と同じくらい2科に嫌悪感を抱いていることも分かった。
「……仕方がない」
太一はやれやれと溜息を吐くと、
「俺もこんなところでリタイアするわけにはいかないんだ。雫のシールを剥がす」
蓮見さんのシールを剥がす決断を下した。
「で、できるのかしらっ!? 今のあたしはこのためだけに、ノ、ノーブラなのよっ!」
「どんなカミングアウト!?」
ノーブラで不利になるのは蓮見さんただ一人な気がするんだけど。
太一は抱き合えるんじゃないかというくらい蓮見さんに近づく。蓮見さんが不意打ちで太一のシールを狙ってこないかもさりげなく意識しているところが太一らしい。
そして胸――じゃない、シールに手を伸ばす。
なぜか挑発したはずの蓮見さんは顔を真っ赤にして震えていた。
「あ……んっ……」
「妙な声を出さないでくれないか」
色っぽい声を出す蓮見さんとは対照的に太一は顔色、表情を全く崩すことなくシールを剥がした。
不謹慎だけど、思春期真っ最中の健全な男子なら少しは何かしらの反応はしようよ。これもこれで蓮見さんに失礼じゃないのか。
これで太一のリタイアは免れたけど、蓮見さんは結局何がしたかったんだろう。
「これでこの幼女は俺の、俺だけのものだ」
太一は緩んだ表情で幼女の写真を眺めている。
「……って、人の胸に触れておいてなんで平常心でいられるのよ!?」
蓮見さんは太一の腕を掴んで床に転倒させた。
それにしても……。
「蓮見さんってハレンチだね。ドン引き――いってぇーっ!」
「だ・れ・が、ハレンチですってぇ~?」
軽い気持ちで口にした瞬間、俺の背中は床に叩きつけられていた。気づいた時には背中に痛みが走っていて、何が起きたのかさっぱり分からない。
というか、リタイアが確定した人が他者に攻撃を加えるのはNGってルールじゃなかったっけ?? 安部君のシステムは許容範囲とみなしたのか?
「雫も俺と同じく合気道の心得があるみたいだから刺激しない方がいいね」
「みたいってなんだよみたいって……」
まるでつい今しがた知ったかのような口ぶりじゃないか。
「てっきり自分のシールを剥がすと思ったんだけど、それほどまでに勝ちたいのね」
蓮見さんは呆れた表情でツインテールの髪をかきあげた。
「ならいいわ。勝手に突き進んで、勝手に自爆してしまえば? ――あと」
ここで蓮見さんは俺を睨み、
「高坂先輩は大嫌いなので死んでください」
最後にとんでもない捨て台詞を吐いてきた。ねぇ、普通にヘコむんですけど。言葉は刃物になるって学んでよ。
こうして俺はまた一人、新たな敵を作ってしまったのであった。
リタイアした蓮見さんと別れ、俺と太一は2科の教室へと向かった。
「なによ……あたしよりも二次元の幼女がいいっていうの……? 胸のシールを剥がさせてドキドキさせれば、あたしを意識してくれると思ったのに……バカ……」




