第7話 ③
☆
「授業終了だ! 着替えだ! 宏彰、教室の鍵を開けに行くぞ! 走れ!」
「そ、そこまで急がなくても」
鼻息荒く先陣を切る誠司に引っ張られて教室へと戻る。
「…………どういうこっちゃ」
「ははは、これは一本取られたなぁ」
太一がけらけら笑う。
いや笑い事じゃないんですが。
教室内の全ての机や椅子が倒されており、引き出しの中身は床にばら撒かれていた。
扉の鍵を開けて教室に入ると、この惨状だった。
「だ、誰が、こ、こんな真似を……!?」
ドスの利いた声で豊原が呟いた。
この人めっちゃくちゃ怒ってる。握り締めた拳が震えている。
「高坂君!? これは一体!?」
クラスメイトたちが続々と教室に戻ってきた。
「体育委員の君が最後に教室から出たんでしょう? なぜこんなことを」
いつの間にやら俺が犯人扱いされてしまっている。
「俺たちも一緒にいたわ。宏彰はこんな真似してないしするメリットもないだろうが」
「それに、宏彰にこんな大胆なことをする度胸なんてないよ。ヘタレだし」
誠司に太一、弁護してくれてありがとう。
――太一の台詞はどこか腑に落ちないが。
「なら誰が何のために……」
教室のありえない光景を目の当たりにして、クラスメイトたちは動揺を隠せていない。
「証拠はないけど、動機がある奴なら知ってるよ」
こんな低俗な嫌がらせをする奴といえばアイツしか思い浮かばない。
「辻堂、か」
机と椅子を直し、教科書を拾いながら太一が呟く。
その通りだ。アイツは体育委員の集まりの際に意味深な発言をしていた。報復がどうとか、と。
俺も倒された机を直し、ばら撒かれて汚れた教科書や筆記用具を拾い上げる。幸いにも鞄の中までは荒らされていなかった。
ずいぶんとしょっぱい報復とやらじゃないか。辻堂の性格を考えると学内乱闘みたいな、もっとド派手な手段を行使してくるものだと思ってたんだけどな。
「と、特に、ぬ、盗まれたものは、な、ないね」
豊原や太一も自身の持ち物が無事と確認できたようだ。
「俺たちの所持品なんてゲームとかラノベとかばかりだからね。1科の大多数の人間からしてみれば、そんなものに価値はないだろうね」
ゲームやラノベの面白さが理解できないとは、辻堂は遅れてるなぁ。日本のサブカルチャーが海外でどれだけ賞賛されているかをネットで知った方がいいね。
――――ん?
教科書を突っ込もうと引き出しの中に目を向けると、一枚の紙が視界に入った。学園から配布されたプリントかな?
紙に書かれている内容を見てみると。
『高坂、そして2科の雑魚ども。こんなことされて悔しいか? 悔しいだろうな。だから仕返しのチャンスをやる。今日の夕方五時に2年5組の教室まで来い。来ない場合、テメェ等は「ボクら2科は1科の奴隷です」と認めたとみなす。来る来ないはテメェ等の自由だ。できれば来ねぇ方が楽なんでありがたいけどな。 正義の覇者 辻堂』
意外と字が綺麗だな、じゃなくて。
やっぱりアイツか……正義の覇者て。
授業中に教室荒らしとは、辻堂は授業をサボってまでこんなダサい報復しかできないのか。
「なんだその紙? 手書きで何やら書かれてるが」
誠司が俺の手にある紙の存在に気がついたのでそれを渡し、教科書についた汚れを払っている太一に声をかける。
「やっぱり辻堂の犯行だった。俺の机の引き出しに直筆の紙が入ってたよ」
「その紙はどこに?」
「誠司が読んでるよ」
二人で誠司を見る。
あれ? 紙を持ってないぞ?
と思ったら誠司の隣にいた豊原が紙を凝視していた。
「豊原、読み終わったら次は俺に見せてくれないか」
「は、はい。つ、辻堂の野郎――タ、タダじゃ済まさねぇ!」
豊原のボルテージが限界に達したようだ。普段は青白い顔が真っ赤に染まっている。
対照的に太一は手紙の文面を読んでも冷静な表情を一切崩さない。本当にクールな男だ。
「なるほどね。この紙借りてもいい?」
「構わないけどどうしたの?」
「6組全員分コピーしてくる」
太一は紙を手に持って印刷室へと向かった。
辻堂からの挑発状をクラス全体に公開するなら口頭で伝えた方が効率的だし、資源削減の側面からもベターだと思うけどなぁ。
「晴生の奴、本格的に2科を潰しにかかる気か」
「あ、あの癌細胞、か、か、返り討ちに、してやる!」
「宏彰、今回も協力するぞ! 2科の平和は、6組学級委員の俺が守る!」
誠司が暑苦しく燃えているけど、協力してくれるのはありがたい。
それにしても教室内の雰囲気が悪い。まだみんなは誰の仕業か知らないからなぁ。
太一がペーパーコピーをしているからわざわざ言いふらす必要もないけど。
「た、谷田君。が、学級委員なのに、さ、佐藤君の方が、か、かか、活躍してて、く、悔しくない?」
「おい隆。お前俺に喧嘩売ってるな? ようし分かった今すぐ表へ」
「まだHRまで時間はあるね?」
煽られてキレた誠司が豊原の胸倉を掴んだと同時に紙束を持った太一が教室に戻ってきた。
「宏彰、豊原。配るのを手伝ってくれないか」
「辻堂の件を話すんだな? 頼んだぜ!」
「話すのは俺じゃなくて君だけどね。任せたよ、学級委員」
「お、俺? よーし、任された! 学級委員としてビシッと決めてやるぜ!」
活躍の舞台がやってきましたとばかりに誠司が意気揚々と教壇に立つ。
「みんな、すまんがHRまでの間、聞いてくれ」
誠司の声かけにクラスメイト全員が彼に意識を向ける。
「教室荒らしの犯人が分かった。その証拠となる紙の文面通り、犯人は2年5組の辻堂晴生だ」
誠司の言葉または紙を見たクラスメイトたちに再び動揺が走る。
「よりにもよってあの、つ、辻堂だったのか」
「ここまでするなんて……」
恐怖に包まれた教室を見渡して誠司は続ける。
「犯行動機は恐らく球技大会のサッカーで俺たちが5組相手に善戦したからだ」
辻堂からしたら報復のつもりだろうけど、見下してる相手に噛みつかれて逆恨みした末の仕返しとしか思えない。
「紙に書かれてる通り放課後に5組の教室に向かうが、恐らく諍いになる」
辻堂がこちらを呼んでいるということは、何かしらしかける算段だと思われる。
「そこで、争いに発展した際に参加してくれるメンバーを、今募集したい」
誠司が参戦メンバーを募ったことで教室にざわめきが起こりはじめた。
「ちなみに球技大会で打倒1科に協力してくれた連中は強制参加な」
「えー、強制はいささか酷くないかぁ?」
「球技大会の試合とは次元が違うじゃん」
「辻堂なんて何してくるか分からないよ。やめときなって」
「大人しく泣き寝入りした方がダメージは少ないよ」
誠司が宣言するなり、クラスメイトたちからブーイングが響き渡る。
みんなの表情を見ると、ほとんどの人が絶対に嫌だと表情で訴えている。誠司に向けられる視線は、独裁者が下す無理難題な命令を拒否している民草みたいだ。
「黙れカスども!」
誠司は教卓をバンッ、と叩いて、
「貴様ら、俺が学級委員になった時の言葉を忘れたんじゃあるまいなぁ!? 言ったはずだが? 俺が学級委員になった以上お前らは俺の駒だと。文句がある奴は今すぐにでも俺と学級委員を交代しても構わないんだぞ!!」
クラスメイトたちを睨んで激しく咆哮した。
そ、それは、という声が漏れてくる。
俺は一つ疑問に感じたことがあったので太一に尋ねてみる。
「今参加者を決めなくてもいいんじゃないの? 争いになったとしても、日時すら決まってない段階じゃん」
開催日時が決まってないイベントに参加しろと言われて了承してもらえる可能性は低いと思うんだけど。
「参加してくれる人がいても、日時次第では用事とかでやっぱり参加できない、なんてことも大いにあり得るよ」
「いや、今が最良のタイミングだよ」
俺の疑問を受けた太一は後頭部で手を組んで口を開く。
「今参加者を募らない場合、次に募るのは連休明けになるよね。連休でリフレッシュした後だと、今回の件の辻堂への怒りは多少なりとも収まってしまうでしょう」
確かにGWで気分転換することで今日の事件への憎悪が薄まってしまうかも。
「それだとほとんどの人は参加してくれない。だから、辻堂への嫌悪感が強く残っているうちに言質を取ってしまうのが最も効果的なんだ」
太一は教壇からクラスメイトに叱咤説得している誠司に目を向けて続ける。
「まぁ、かといって誠司がそれを見越して募集をかけたとは思えないけどね」
なるほど。今が参加者の書き入れ時なのか。対決日時によっては参加者が減ってしまうリスクはあるけど、それでも連休明けに募るよりは効果がある。人の心理を考えた上で参加者を求めるのは今ってわけだ。
「そもそも、1科に勝ちたい気持ちがあったから球技大会ではサッカーを選んだんだろ? なら異論はあるまい。球技大会とは次元が違う? どっちも戦いには変わりないだろ」
誠司がトドメの一撃を加えた。
球技大会協力者からは唸り声が聞こえてくる。
「そんなわけだから。ハイ参加してくれる人、挙手よろ」
誠司が挙手を促すと、何名かの人がおずおずと手を挙げてくれた。
「手を挙げてくれた奴らに礼を言う。当日はよろしく頼むな。じゃ以上」
「……ん? 何やってんだ谷田。HRやるから席に着けー」
誠司が強引に締めくくったタイミングで出席簿を持った柴山先生がやってきた。
☆
「チッ、来やがったのかよ。来ねぇ方が楽だったのによぉ」
時刻は五時前。
俺と太一は2年5組の教室に乗り込んだ。
教室の中にいたのは辻堂と取り巻き数人だけだった。
「仕返しのチャンスとやらがただでもらえるのなら、もらっておきたいからな」
俺は面倒そうな態度の辻堂を睨んで切り返した。
「ケッ。まぁいい、本題だ」
辻堂は細い眉を吊り上げて嘲笑する。
「1科対2科でひと勝負しねぇか? 日時はGW明けの週の金曜日。勝負の内容はお互いの代表を決めて、隠された相手の代表の生徒手帳を見つけ出す宝探しゲームだ。これなら殴り合いに比べりゃよほど平和的だろ?」
意外と和やかな勝負内容だった。さすがのコイツも暴行で停学処分になるのは嫌と見た。
俺は太一に視線を送る。
太一は無言で頷いた。同意のサインである。
「そうだな。それで行こう」
「万に一つもあり得ねぇが、テメェ等が俺等に勝ったら今後一切2科を見下すのはやめてやる。これまでのディスり発言も土下座して謝ってやる」
ほほう、それは願ったり叶ったりの報酬だ。
「だが俺等が勝った場合は、高坂には一学期が終わるまでの間1科のパシリになってもらう。それでどうだ?」
俺と太一はアイコンタクトで確認しあう。
(宏彰はそれでいいのかい?)
(ああ、問題ないよ)
負けた場合に不利益を被るのが俺だけならば、他の2科の面々には迷惑がかからない。後ろめたい気持ちを抱えず勝負に臨める。
「OK」
「人材はちゃ~んと揃えた方がいいぜ? 俺等1科は5組以外の生徒も加勢するからよぉ。2科をウザってぇと感じてんのはなにも俺等だけじゃあねぇからなぁ! ヒャハハハ!」
うーむ。向こうの人数は多いのか。ただでさえ1科は2科よりも生徒数が圧倒的に多いというのに。
割合的に仕方ないけど人数だけで考えると2科はかなり不利だ。単純に考えるならば人数の差はそのまま戦力の差となるからね。
しかし、そこは先の球技大会のように、策を練ればどうにかなる可能性はそれなりにあると踏んでいる。
やってやろうじゃないか。
絶対に1科を負かして、2科の人権を手にしてやる!
覚悟を決めた俺は太一や豊原と勝負の対策を練るため、豊原が待つパソコン室へと向かった。




