第4話 ①
☆
「あっという間に当日が来てしまったかー」
はい、そんなわけで早くも球技大会当日がやってまいりました。
まだ四月の終わりだというのに、太陽は球技大会が楽しみでワクワクしていると思えるほどに輝いている。そして何よりも。
「今日の予想最高気温は29度だってさ。燃える試合になるね」
太一の皮肉通り、なぜか今日に限って球技大会に相応しすぎるほどの暑さで、まだ春にも関わらず真夏日間近な勢いだ。
ちなみにまだ九時だけど、既に25度を超えている。
「いやぁ真夏日って感じだねー。暑いなぁ」
「呼びましたか?」
「ん? あ、いえ――え? 星川さん?」
声の主は予想だにしない人物だった。
「高坂君、おはよう。ごめんね、私を呼んだのかと思っちゃった」
そういえば星川さんの下の名前は真夏だっけか。それで俺の独り言に反応したのか。
「い、いやいや! 俺ごときに星川さんを呼ぶ権限なんて! しかも下の名前で!」
「ど、どうしたの、高坂君?」
星川さんは困ったような笑みを零しつつ、上目遣いで俺を見てくる。
気恥ずかしさもかなりあるけど、それ以上に周りから受ける視線が痛い。肌に刃物が突き刺さるかのような痛さだ。
「真夏ー、ちょっと来てー」
「今行くー。じゃあまたね。試合頑張ってね」
女神の微笑で俺を激励すると、星川さんは自分の持ち場に行ってしまった。
すごく嬉しいんだけど、それ以上にハートに悪影響を与える悪寒がすさまじいんですが。
『今の見たかよ?』
『2科が生意気にも星川さんと喋ってやがったな。俺だって話せたことないのに』
『チッ、2科の分際でいいご身分なこった』
1科男子たちからの突き刺さる視線。これでもかというほど食らう殺意。俺、殺される?
ちなみになぜ俺が2科だと容易にバレたかというと、1科と2科では制服のネクタイ同様にジャージの色が違うからだ。1科は赤色、2科は黄緑色のジャージ。
「いつの間に星川と知り合いになっていたんだい?」
太一は対して興味はないが、一応話は振るかという態度で訪ねてきた。
「ちょっと前にパソコン室の利用延長絡みで諸々あったんだよ」
「羨ましいぞ。ちくしょう! 今日の試合、顔面にボールが飛んでこないよう祈れよ!」
「誠司、待ってくれ。試合中に俺に対して一体何をしようと目論んでいるのさ!」
しかしそうは行かないぞ。いざとなったら太一という大して防御力が高くない盾を使ってしっかりと貴様の殺人弾をガードしてやる!
そう心に今日の気温よりも熱い決意を固めていると、第一試合開始のアナウンスが流れた。
ちなみに6組の初戦は第三試合だ。第一試合は2組対7組か。観戦していくかな。
試合結果は当然ながら1科クラスの2組の圧勝で幕を閉じた。0対4の大差で2科クラスの7組は惨敗してしまった。
「歩夢ぅ、ちょっとは手加減してくれよぉ」
2組はサッカー部が三人いて、更に歩夢のように運動神経が抜群な生徒も多かったので実に一方的な展開だった。7組の方は一度もシュートすら蹴れずに終わってしまった。
次は1組対4組だな。こちらも観戦するか。
「宏彰、そろそろミーティングをしよう」
と思ったら太一が声をかけてきた。
そうだった。試合前にミーティングをする運びとなっていたんだっけ。
どうでもいいけど、球技大会レベルの試合前にミーティングをするのは珍しいんじゃないか。
さて、6組の出番がやってきた。試合時間は十五分。
二週間程度の練習では、パス以外ほとんど技術的な向上はなかった。
でも、練習を通してクラスメイトとの絆が深まったという点では、この二週間は有意義だったと感じる。
グラウンドでゼッケンを着用してしばし待機していると、3組の生徒が続々とやってきた。
その中で最も俺が目を見張ったのは、俳優ばりの容姿を誇る男子生徒だった。
フェロモン? とでも言えばいいのだろうか。異性を虜にする何か、そんな雰囲気を遠目から見ても感じ取ることができた。
『高沢くーん! 頑張って~!』
『キャー! 今日もカッコイイ~!』
『オタッキー2科なんてぽぽんっとやっつけて、私とデートしてー!』
女子生徒たちから黄色い歓声が上がっておりますな。もちろんそれは全て高沢君に向けられたものだ。ハンサムは存在自体が宝だね、うん。
「いよう、椋! 相変わらずモテてクソ羨ま――ゴホン、今日はよろしくな!」
「谷田。こちらこそよろしく。相手が2科だからって俺は手を抜かないぜ?」
「そうこなくっちゃ。けどな、俺らにも意地がある。悪あがきはさせてもらうぞ!」
運動部二人が熱く挨拶を交わしている様子を、ただ茫然と見つめているだけの俺を含めたその他大勢の2科の面々。
年がら年中思うけど、誠司が2科在籍なのは学園のミスでは?
『――第三試合を開始してください』
試合開始のアナウンスが流れた。
じゃんけんの結果により、6組がキックオフをすることになった。
――って、あれ?
「おい2科、お前ら俺たち3組と同じところにいるなよ。自分らの陣地に行けよ」
キックオフ時は全プレイヤーが自分のエンド――陣地のようなものかな、にいなければならないんだけど、6組の一部生徒は3組側のエンドに立っていた。
指摘されたメンバーたちは「サッカーのルールは覚えきれてないよ」と嘆きつつ、6組側のエンドへと向かった。
「じゃあ、行くよ」
キックオフをするクラスメイトの浜岡君――――は、なぜかいきなりゴールの向こう側までボールを蹴飛ばした。ボールはゴールの遥か遠くを転がってゆく。
「くそう、初っ端に先制点が欲しかったんだけど」
「はぁ!? キックオフゴール狙いとか、気は確かか?」
3組男子があからさまに呆れた様相で突っ込みを入れた。
と、華麗にキックオフゴールに失敗した浜岡君が俺のところに駆け寄ってきた。
「キックオフゴールって何?」
昨晩、サッカーのルールを頭に叩き込んでおいてよかった。この作業を怠っていたならば、俺も浜岡君と同じ疑問符を頭に浮かべることとなっただろう。
「まさに君が今、チャレンジしたことだよ」
キックオフゴールは、キックオフと同時にシュートを入れようとする行為だ。
しかし漫画やアニメならともかく、現実ではそうそう成功しない。素人ならば尚更だ。
結局ボールがゴールラインを完全に越えてしまったため、試合開始一分足らずで相手はゴールキックで得点のチャンス。こちらは失点の危機である。
「へっ、2科が。バカすぎるにも限度があるんだ――よ!」
相手の放ったシュートは綺麗なカーブを描き、ボールは6組のゴールにすっぽりと入った。
早くも一点取られてしまったが、こんなのまだまだ想定内ですよ。
というわけで再びこちらのキックオフとなった。今度は誠司がキックをするようだ。
「よーし、行くぜー!」
誠司は俺にパスをしてきた。
と、とりあえずやってみよう。
不安定なドリブルだけど、なんとか少しずつ前進していく。
っと、早速相手に囲まれてしまった。
仕方がない、適当に蹴ってみるか。うりゃっ!
「わざわざボールくれるの? サンキュー、やっさしー」
相手の膝にボールが直撃し、跳ね返ったボールは3組の他の男子の足元へ。
いや決してわざとパスしたんじゃないんですがね。あと棒読みでやっさしーとか言わないで。
「高沢、パス!」
高沢君にボールが渡されてしまった。
まずい、二点目フラグが立とうとしている!
「ナイスパス! 山田、パス行くぞ! 決めろ!」
高沢君のパスでボールが6組のゴール手前にいる山田君へと渡る。
いやぁ、実に綺麗なフォームだ。それに、あんなに正確なパスを生で見たのは初めて――じゃなくて!
「オッケー! ほいよー」
山田君が打ったシュートは、これまた綺麗な直線を描いてゴールインした。
あぁ、二点目が入ってしまった。そ、想定内だけどね!
「おいおい。試合にならねーんだけど」
「これならこっちは五人でも勝てるんじゃね?」
本格的に舐められ出したか。舐めてればいいさ。その油断が試合の流れを変えることだってあるのだから。
そんな俺の私見を見透かしたのかそれとも単なる偶然か、高沢君がクラスメイトを睨む。
「おい。油断してると勝てるものも勝てなくなるぞ。気を抜くな」
高沢君に一喝されたクラスメイトたちは「すまん」と謝り、自分の持ち場に戻っていった。
試合が再開される。さすがにこれ以上点を取られれば、かなり厳しい状況になってしまう。
何とかディフェンスを――いや。防戦一方でもこのままでは負けてしまうんだよな。
などと考えているうちにドリブルをしている太一が相手の男子に挟まれた。ピンチ!
「太一! 俺は空いてるよ! パスしてくれ!」
コートの端にいる太一はOK、と俺にアイコンタクトをし、ボールを蹴った――――コートの外側に向かって。
「ってどこ蹴ってんだよ!? 誰にパスするつもりだったの?」
「無論、宏彰にパスしたつもりだったけど。おかしなことを聞くなぁ」
「俺は今、君がボールを蹴った方と真逆の位置にいるよね!?」
おかしいのは太一が蹴ったボールの軌道なんだけど。
やっぱり太一は球技に関してはダメダメだった。本日一番の珍プレーをよりにもよって、高沢君目当てで試合を観戦しているたくさんの女子生徒たちの前でお披露目してしまった。
『ねぇ何今の? だっさ~。やっぱ2科はダメだわー。あまりにも弱すぎて全然椋の活躍が見れないじゃんか』
『ちょっと待って。アンタ、今さりげなく椋って言った?』
『椋は椋でしょ~? 椋~、頑張って~! 陰キャ軍団蹴散らせ~』
相手ボールで試合再開。
高沢君にボールを回したらダメだ。それだけはダメだ。
6組男子が三人がかりで相手の邪魔をするが、あっさりとかわされてしまう。
「三人寄っても雑魚ばかりじゃ無意味ですぜ」
くっ! 俺は誠司とともに高沢君をマークする。
ちなみに太一と豊原には山田君をマークしてもらっている。
これ以上点を取られてたまるか!
「高沢、パス行くぜ――ちっ、マークがうぜえな」
高沢君の周りには俺と誠司がハエのようにまとわりついているため、容易にパスは回せない。
『ちょっとアンタたち! 高沢君につきまとうのはやめなさいよー!』
『離れなさいよオタクども! 椋がアンタらの菌に汚染されたらどう責任取るつもりよ!』
聞こえませ~ん。僕にはなぁ~んも聞こえませ~ん。今、僕は心を無にするトレーニングの真っ最中なので、女子生徒たちからのゲリラブーイングなんて全くもって聞こえませんね。
「ちょ、俺はオタクじゃないぞー! あと毎日風呂はしっかりと入っていてだな」
隣で愚かにも誠司が発狂している。確かにオタク扱いされたのは可哀想だと思うよ。でもマークはちゃんとやってくれ! 女子の方を向いて抗議してないで!
「はっ、アホどもが。なにもパスする相手は高沢だけじゃないんだよ!」
しまった、というか当たり前かー! 何をパスは全て高沢君に回されると思ってたんだ。高沢君がダメでも、いくらでもノーマークの他の生徒にパスできるじゃないか。
口をあんぐりさせる俺たちを嘲笑うように、ノーマークの男子にパスが渡される。
「それに、高沢と山田に二人ずつ人員を割いてくれてるおかげで前進も楽勝だな」
相手はどんどこと直進していき、ゴール手前まで辿りつく。
こちらはマークに七人も人員を消費してしまい、ディフェンスを行う生徒がいない。6組側のエンドはガラガラだ。
シュートが放たれる。キーパーが飛びついて止めようとするが、残念ながらボールはキーパーが飛びついた側と逆方向に真っ直ぐ飛んでいき、三点目が入ってしまったのであった。
LEDタイマーを見ると、残り時間は半分を切っていた。これはまずいなと思いつつぽりぽりとこめかみを掻いていると、数名の3組男子が高沢君に話しかけた。
「ここまで点取ればさすがにもう大丈夫でしょ。悪いけど、俺はバスケの応援に行くわ」
「俺も。つまんなくて飽きたからここらで抜けるわ」
エスケープ宣言に高沢君は一瞬きょとんとしつつ、クラスメイトに訪ねる。
「絶対に勝てる保証はあるのか? 負けないと言い切れるか?」
「2科に残り時間で三点も取れる術はないでしょ」
「だが山田、お前にまで抜けられるとかなり手痛いぞ」
「お前がいれば平気だって。余裕余裕」
「――仕方ないな。まぁ、三点差なら大丈夫か……」
高沢君が渋々了承すると、3組は四人が抜けて七人となった。
機は熟したか。
俺は太一に目配せする。
(ここからが本当の勝負だ)




