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逆襲の花嫁  作者: 五十鈴 りく


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50/52

✤50

 その翌日になってバディストが屋敷を訪れた。

 庭でティーセットを囲みながら皆で話す。当たり前の日常が嬉しい。


「無事に駆けつけてきたミュレ団長に脱獄したアダンの引き渡しは済んだから。で、事情を説明しないわけにもいかないし、ジスランの体調不良のことも絡めて話した。このまま残りの休暇を静養にあてて復帰してくれってさ。俺たちの式も延期とか無理だし、このまま決行するから」


 バディストが紅茶を飲みつつ口早に報告すると、すっかり元気になったジスランは紅茶にむせた。


「だ、大丈夫ですか?」


 リゼットが慌てて背中を摩ると、ジスランは目尻に涙を浮かべていた。


「ア、アダンが脱獄っ?」

「え? ジスラン様、ご存じなかったのですか?」


 これにはリゼットの方が驚いた。しかし、ロジーナは目を泳がせている。


「病み上がりの兄様には少々刺激が強いかと思って伏せたままでいたの、忘れていましたわ」

「俺も」


 ジスランは恨めしそうに二人を見たが、二人は笑ってごまかすだけだった。


「あいつが脱獄なんて……。リゼットに未練があって捜していたのか? もし、リゼットが遭遇していたらと思うと……」


 心臓が痛むのかと思うほど、険しい顔をして胸元を押えている。

 ――遭遇、したのだが。

 言わない方がいいだろうか。


 リゼットが困っていると、バディストがまたしても軽い調子で言った。


「いや、遭遇したし。で、フィンがヤツに噛みついてリゼットのことを護ったんだってさ。それで俺が間に合って捕まえたから、フィンのお手柄だな」

「そ、そうなのか?」


 困惑気味にジスランがリゼットに目を向けるから、リゼットはうなずいて返した。


「はい、フィンに噛みつかれて、私に構っている場合じゃなかったみたいです」

「それでも、怖かっただろう?」

「以前ほど怖いとは思いませんでした。私、自分で作り出した幻に勝手に怯えていただけだったのかもしれません」


 逆らえないと思い込んで過ごしていた。それが逆らってもいいと思える状況になってみたら、アダンは思った以上に弱かった。

 あそこで会えたのは、リゼットにとってもしかすると幸運だったのかもしれない。――仕返しもできたし。


「そうか。もうこんなことはないはずだが……」


 ジスランがほっと息をつく。そんな友を眺めてバディストもうなずいた。


「ミュレ団長が責任取って辞任するとか言い出すと面倒だな。代わりなんていないし、謹慎とか減給とかで落ち着いてくれないかな」

「それは陛下がお決めになるところだが、残留嘆願書は集めておきたいな」

「そうそう。ゴタゴタすると俺たち当分休みなしになる。俺は新婚生活に邪魔が入るし、お前は結婚が遠のく」


 二人の会話に、ロジーナが思わず半眼になる。だが、本気で怒っているはずもなかった。


「思いきり私情ですわね。でも、ミュレ団長以上の適任者は今のところいらっしゃらないのも本当ですし」


 囚人を逃がしてしまったとはいえ、速やかに捕らえたのだが、それでは納得できない部分もあるのだろう。リゼットが口を出せることではなかった。


「それはそうと、お前たち、式の準備はちゃんと進んでいるのか?」


 ジスランが問うと、ロジーナとバディストは顔を見合わせて笑った。こうしていると、本当に似合いの二人だ。リゼットがジスランと共にいて感じる喜びと同じものを二人も知っている。幸せな二人を見ているのはリゼットも嬉しかった。


「もちろんですわ。お先に失礼させて頂きます」


 ロジーナの結婚式がリゼットにとっても待ち遠しい。



     ✤



 そうして、ついに当日――。


「まあ、なんて可愛いの!」


 リゼットは、自分も髪を結い上げて薔薇の飾りをつけてもらい、上品な空色のドレスを着込んでいるのだが、そんなことよりもフィンが青、フリーゼが赤の蝶ネクタイをつけていることに感激していた。

 真っ白な毛並みによく似合う。可愛さが倍増していた。二匹とも、どこか誇らしげに見えた。


「可愛い! 可愛い! 可愛い!」


 二匹を庭で撫でまわしていると、いつの間にか背後にジスランが立っていた。


「リゼット、遅れるから」


 リゼットはハッと我に返る。

 感情を表に出すことを以前ほど躊躇わなくなった反面、出過ぎる時がある。

 いや、ジスランに言わせると、隠していると思っていたのはリゼット自身だけだということだが。


 可愛い犬たちに見惚れて他のものが目に入らなくなっていたが、いったん顔を上げると、いつも以上に煌びやかなジスランが目に入った。光沢のある灰色のジュストコールにシルクのスカーフ。スカーフを止めているピンのサファイアが目を引く。衣装に劣らない眩しい微笑でジスランはリゼットに手を差し伸べた。


「うちの犬は可愛いかもしれないが、リゼットだって可愛い。その恰好もよく似合ってる」

「あ、ありがとうございます」


 ジスランはわりとシンプルな恰好が好きらしく、普段はあまり飾り立てていない。お互い、慣れない恰好に少し照れた。


「さあ、行こう」


 ロジーナとバディストの結婚式は、結局この庭園で行うことになっていた。バディストが言うには、地元で簡素に済ませると言えば、上官や同僚まで呼ばなくて済むからいいかと思ったそうだ。

 高嶺の花であったロジーナを花嫁にするバディストは、見せつけたら恨みを買うだけだから面倒くさいと言って笑っていた。


 ロジーナはそれを真に受けたわけではなさそうだったけれど、生まれ育った家なのだから、区切りとしてここで挙式したかったのかもしれない。


 騎士の面々を呼ばないので、招待客は思ったほど多くなかった。地元の人々が主だ。セネヴィルの姿もあった。リゼットに向けて気さくに手を振っている。


 ジスランとは途中で離れ、リゼットは一人だった。セネヴィルに手を振り返す。ジスランには花嫁の兄としての役目があったから、リゼットはついていけなかったのだ。

 薔薇の花が盛大に咲く庭に用意された白い祭壇。そこに立つ老神父。


 祭壇の手前で花婿のバディストが緊張の面持ちで立っている。いつもより髪を整えていて精悍に見える。緊張感のない顔をしている方が多いのに、さすがに今日は気を抜けないらしかった。リゼットは微笑ましくてクスリと笑った。


 その時、わぁ、と歓声が上がる。リゼットが振り向くと、べールを被った花嫁をエスコートするジスランがいた。女性たちの視線がいっせいにジスランだけに向いている気がする。


 これで独身なのだから、狙われて当然だ。

 花嫁の兄ということで、若い娘たちにしてみれば今日はジスランに気軽に声をかけられるいい機会である。


 もやもやしつつ、今はロジーナたちの結婚式の最中なのだから、心から祝福しなくてはと思い直した。

 遠目には顔が見えないけれど、少しずつ近づいてくると、ベールの下のロジーナがリゼットに向けて微笑んだのがわかった。


 薔薇モチーフのレースをふんだんに使ったウエディングドレスは、ロジーナを最大に輝かせていた。

 こんなに綺麗な人は見たことがない。胸が詰まって、涙が零れそうになるのを耐えた。


 ジスランは、バージンロードの先でバディストにロジーナを託す。普段は親友同士の二人だけれど、今のジスランは父親の代理でもある。

 二人きりの肉親だから、ジスランも思うことはたくさんあるだろう。

 それもわかった上でバディストもロジーナを受け取るのだ。


 式は、つつがなく執り行われる。

 誓いの言葉を述べ、指輪を交換し、誓いの口づけを交わす――その時、ジスランが思いきり目を逸らしていたのをリゼットは見た。兄としては複雑な心境なのだろう。

 リゼットは感動しつつもそれが少しおかしかった。自分の時はどうなのだろうかと。


 花嫁のブーケを受け取った女性は次の花嫁になる。そんなジンクスがあるから、ブーケは争奪戦になると聞いた。


 思えば、リゼットが誰かの結婚式に参列したのは大きくなってから初めてのことだった。それがどういうものだかよくわからないまま、若い娘だからとブーケトスの場に引き出された。


「ちょっと、押さないでよ」

「そっちこそ」


 ニコニコと笑顔なのに、集められた娘たちの口調が険悪だった。リゼットはぶつからないように気を遣いつつ離れて立っている。

 ロジーナは、明らかにリゼットを見ていた。受け取ってね、と目が語っている。


 しかし、ブーケは後ろ向きに投げるものらしく、ロジーナが両手で高らかに放り投げたブーケは、綺麗に弧を描いて娘たちの頭上を通り越す。


 この時、リゼットは誰よりも早く動いていた。動きやすいドレスではなかったけれど、まだ間に合うと思って駆けた。地面スレスレのところでブーケをつかみ取る。


 他の娘たちは届かないと諦めたように見えた。リゼットはやや後方にいて、走れば間に合うところだったという運もある。それ以上に、諦めないつもりで本気を出した。だから、今、リゼットの手の中にブーケがある。


 次の花嫁になるというジンクスが本当かどうかはわからないけれど、ジスランの妹であるロジーナのブーケだ。それなら、このブーケを奪われたらジスランの花嫁の座を明け渡すようで嫌だったと言ったら、ジスランは笑うだろうか。


 リゼットは乱れたドレスの裾をサッと整え、ブーケを手に笑顔でお辞儀をした。パラパラと拍手が鳴った。


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