✤49
リゼットが目を覚ました時、そばにいたのはロジーナだった。
ウフフ、と嬉しそうに笑っている。
「おはよう、リゼット。兄様じゃなくてガッカリした?」
「え、と……」
「兄様はもう大丈夫よ。まだベッドから起き上がれていないけれど、受け答えはしっかりされていたし」
そういえば、疲れ果ててもうひとつの薬を飲ませるところまでいけなかった。
「私が持っていたもうひとつの薬を飲んだら体力が戻るそうなの。小さな小瓶で……」
「そうなの? 兄様のところにあるわ。後で伝えるわね」
「ええ」
ちゃんと残してくれてあるようでほっとした。
この時のロジーナはニコニコというのか、ニヤニヤというのか表現しがたい笑顔を浮かべていた。
「あの後、兄様のところから倒れたリゼットを連れ出すのは大変だったのよ。兄様が放したがらなくて」
急に恥ずかしくなってシーツを被ろうとしたら、ロジーナに手をつかまれた。その表情は楽しげだ。
「邪魔はしたくなかったのよ。でも、感動の再会は改めてからの方がいいと思ったの」
森に行ってきてヨレヨレの恰好のままだ。ロジーナは気を遣ってくれたらしい。
リゼットは掻い摘んで昨日のことを話した。ロジーナがどこまで信じてくれるのかはわからないけれど、ありのままを話す。
途中、ロジーナは苦しそうに話を聞いていたけれど、最後にはリゼットの手をギュッと力強く握った。
「兄様が選んだのがリゼットでよかった。兄様のためにありがとう……」
その言葉に、リゼットはかぶりを振る。
「ジスラン様がいないと駄目なのは私の方。だから、私のためでもあるの」
すると、ロジーナは声を立てて笑った。明るい、いつものロジーナだ。
「兄様に聞かせてあげたいわ。リゼット、少し……いえ、とてもかしら。変わったわね」
「そ、そう?」
どこがどう変わったのかはわからない。けれど、嬉しかった。
「フィンも戻ってきて、体を洗ってもらっているわ。大活躍だったみたいだし」
「ええ、それはもう。頼もしい騎士そのものだったわ」
「お兄様からたっぷりご褒美がもらえそうね」
クスクス、とロジーナが笑った。
たくさん褒めてあげてほしい。
◆
ただ疲れただけで病気ではないから、入浴させてもらって部屋に戻った。
ジスランに会いに行きたかったけれど、今日は部屋でゆっくり休んでほしいとジスラン本人が言っていると伝言があった。彼なりにリゼットにい大変なことをさせてしまったと思っているのだろう。
仕方がないから、この日は早めに眠った。
そうしたら、しばらくして、サラサラと頬を撫でる指があった。
それでリゼットは目を覚ました。まぶたを開き、寝ぼけ眼で捉えたのは、こちらを覗き込んでいたジスランの顔だった。思わず目を瞬かせたけれど、ジスランは消えない。
ジスランは血色もよく、窶れたふうでもない。以前と変わりなく見える。ただし、難しい顔をしていた。
「リゼット、この傷は?」
頬の傷を言うらしかった。
「あ、はい、茂みを潜った時に枝が当たって……」
「こっちも?」
と、今度は手を取る。リゼットはうなずいた。
すると、ジスランは何も言わずにただリゼットをすっぽりと抱きすくめた。ジスランの心音が伝わる。腕の中の心地よさにまたまどろんでしまいそうだった。
「あまり無茶をするな」
無茶というのは、魔女に会いに行ったことを指すのだろう。
「あの状況で無茶をしなかったら後悔するだけでした。こればかりは誰が止めても聞けません」
はっきり言うと、ジスランが嘆息したのがわかった。体は回復したはずだが、元気はない。
「俺が不甲斐ないからだな。リゼットのことを守ると言ったくせに、守られているのは俺の方だ」
ジスランは自分を責めているのかもしれない。
そんなふうに感じてほしくはないけれど。
「ジスラン様」
この時の自分には、守ってあげたくなるような弱さはすでになかった気がする。
強いリゼットではいけないだろうか。
けれど、ジスランのそばにいるためには強くならなくてはと思う。
「アリアンヌ様の呪いでジスラン様を喪うのは絶対に嫌でした。……いえ、今後、どんな女性にもあなたの隣は絶対に譲りません。そのためなら、私はなんだってします」
すると、ジスランはリゼットを抱きしめながら僅かにうつむいた。
「彼女のことは全部思い出した。……正直に言うと、彼女の気持ちは嬉しくなかった。気のせいであってほしいと、気づかないふりをしていた。ちゃんと向き合わなかった俺も悪かったのだろうな」
ポツリ、ポツリ、と語り始める。
それは、リゼットと出会う前の話。リゼットの知らないジスランの話だ。
「俺と兄とは折り合いが悪くて、口を利くのも稀なくらいだった。皆に厳しい人で、婚約者の彼女にも素っ気なかった。でも、彼女は家のためと割りきって兄と結婚するつもりだったんだろう」
貴族の結婚とはそうしたもの。
だとしても、自分がそのような立場にあったら同じ決断ができる気はしない。
「兄と父が亡くなって、俺に彼女を娶ってほしいという話が持ち上がった時、彼女を見ていると兄といるような息苦しさを感じてしまって、彼女のそばにはいられなかった……」
どれだけ想っても振り向いてもらえないのだ。
アリアンヌは絶望した。
愛する人にそんなふうに思われたら死にたくなる。
それでも、すべては過去だ。もう、囚われても何も変わらない。
「誇り高い方だったなら余計に、気の毒だなんて恋敵に思われたくはないでしょう。それに、生きて想いを貫ける私の勝ちです。今度彼女が恨むのなら、ジスラン様よりも私にするべきですね」
そう言って、ジスランに笑いかけた。
その途端、ジスランは一度目を見張るとリゼットの口を塞いだ。抱き合ってキスを繰り返して、それでようやくすべてが終わって大団円が訪れたような心地がした。
「リゼット、少し変わったな」
「……ロジーナにも言われました。嫌ですか?」
「そんなことはない。今のリゼットも好きだ」
面と向かって言われると照れる。そんなリゼットを、ジスランは嬉しそうに見つめていた。
幸せというものがこの世には確かにあって、自分の生涯において、今この時がまさにそれだった。




