第2章 3節 コヨーテは謳えない
ジープにのせてあったバッグに手を伸ばし、中から茶色のテンガロンハットを取り出して被る。そしてつばを持つ。ぼくという概念を先鋭化させ、そしてどんどん尖ってゆく。速度と共に……。
「ねえ、レイ。あの民間人の虐殺についてさ……」
ああ、響いた。虐殺という言葉がそれをさらに狂気の渦へと巻き込む。そこにぼくは打ちひしがれた。ぼくはわれにかえった。
「よせ、あいつらは民間人じゃない。ブルジョアだ。ブルジョアの豚共だ。虐殺じゃない。防衛だ。やめろ……やめろ!」
ただ刹那という確立がわが思考をも成り立たせている。殺害、その言葉が先程ぼくの身体を撃ち抜いた。薄弱蒙昧なぼくのカメレオンを暴いた。"何か"そうだ、何かの威を借りている。なんだ?先人の思想書?指導者の声。違う……思い出せない。涙が出てきた。なぜだ。ぼくは正しい。 ぼくたちは社会という生物を構成する細胞片に過ぎない。超個体なんだ。細胞片が細菌を殺した、それだけなのだ。そうだ、この咀嚼音。この情念を咀嚼する音は遥か遠くのエディンブルグの大地にさえも届く。
「ねえレイ、貴方大丈夫?」
「ツァラトゥストラはあのブルジョアの殺害についてなんとも思わないか」
場は沈黙に包まれた。すると、ジープが急停車した。それに対する答えのように。
「申し訳ないが第九地区には向かえない。ここで降りてくれ。」
そういったのはジープを運転していた運転手。こんな前哨地域、敵がいつ現れてもおかしくない地域で下車しろとは正気か?そう思うと同時に、ツァラトゥストラが身を乗り出し運転手に話しかける。
「貴方、上官にむかってその口のきき方は何?」
運転手は被っていた目出し帽の中に見える目をニヤつかせる。
「悪いがもうアンタの部下じゃないんだ。大分羽振りが良い雇い主を見つけたんでね」
何だと……?すると、ジープの周りを敵対する麻薬カルテルの民兵が囲んだ。なぜわかったのか、それはバラバラな私服と形の違うチェストリグには見合わないお揃いのコヨーテを象った腕章をつけているからだ。
この、二本足で立ってユウガオの花で遊ぶコヨーテ……ぼくの内股にもタトゥーとして彫り込まれている。記憶がないけど、ぼくは麻薬カルテルから引き取られた子供だったんだろうか?
麻薬カルテルは、帽子を被っていたり、目出し帽を被っていたりそれぞれ違うものを身につけている。しかも銃をこちらに向けているのに、構え方がバラバラだったり構えてない奴がいたりで、軍隊っつうよりかはギャング集団みたいな感じだ。引き金に指をかけている奴もいる。トリガーディシプリンの教育も受けていないのだろう。そのうちの一人が前に出てくる。
「お前らはチェーカー(スシャー社会主義革命委員会)だな?」
「そうだ、ぼくらはお前らと違って大義も規律もある"軍隊"。いや違う。"戦う国家"だ。」




