第9章 『overcome』(前編)
その日から、僕の猛練習が始まった。こんな言い方をすると、今まで練習をやっていなかったようだが、そうではなくて、今まで以上に、ということだ。
朝、学校へ行く前に走り、昼休みにも走り、部活でも走った。さすがに練習後はバテバテで、凜の所へは行けないでいたが、窓からたまに見える。手を振ると向こうも手を振ってくれる。
そして、練習のかいがあって、僕は地区予選を突破し、県大会へ進出を決めた。これで1歩、凜の手術に近付いた。
「予選、突破したんだ。次はいよいよ県大会さ」
「うん、でも……」
凜は心配そうである。
「あのさ、最近特に根詰めて頑張ってるけど、大丈夫?」
「ああ、それなら平気!ちゃんと休んでる時は休んでるから。マッサージとかもしてるしね」
実は親の知り合いに、腕のいいマッサージ師がいて、特別にタダでしてもらっている。おかげで体は軽くなる。やってる時は凄く痛いのだが。
「そう?くれぐれも、無茶はしないでね」
優しい娘だ。自分が死んでしまうかもしれないのに、僕を気遣ってくれる。やっぱりまだ死なせるわけにはいかない。改めて闘志を燃やした。
翌日、部活の時間。キャプテンに呼び止められる。
「おい、悟。県大会のスタートリストが来てるから、目え通しとけよ?」
そう言われ、走る時間をチェックする。午後2時からだ。
「昼からか……」
次に、走順に目をやる。沢山の名前がある中で、僕は見つけた。見つけてしまった。あの名前を……。
「高見…総一郎……」
コイツに勝たなければいけないのだ。改めて名前を見ると、少し決意が揺らぐ気がするが、そんなこと言ってられない。
(やるしかない)
僕は揺らぎかけた決意を固める。試合は、もうあさってという所まで来ていた。
そして試合前日。軽い調整だけで済ませ、凜のもとへ。前日というのは、あまり走りすぎると、疲労を残してしまう。ここまでくると、今までやってきたことを信じるしかない。
「いよいよ明日か……」
「そうだね」
「俺のこと、ちゃんと応援しといてくれよ?」
「……」
凜は浮かない顔。
「悟君、本当に大丈夫?」
「へ?」
「その……もし、明日走って……負けちゃって……走るのが、嫌いになったりしないかって……」
凜はポツリポツリと続ける。
「本当に、私のせいで、無理をさせてごめんなさい……」
いつにも増して弱気な凜。僕のことを本当に心配してくれてるんだ。何だか嬉しくなる。が、僕は凜のおでこをピン、と弾く。
「いったぁ……」
「何言ってんだよ!今からそんな弱気で!何?俺に負けてほしいの?」
「そ、そんなこと……」
「じゃあちゃんと応援する!」
「う、うん……」
「じゃあ、頑張れって言って」
「え?」
「明日頑張れるように、笑って頑張れって言って!」
凜は少しして、無理矢理笑顔をつくる。そして言った。
「が、頑張ってね」
「おう、頑張るよぉ!これで優勝しちゃうかもな!」
「……ばか」
凜は泣きそうになっている。本当はね、空元気なんだよね。今俺、すげえ怖い。じっとしてると、震えがきそうなくらい。
正直言うと、今にも逃げ出してしまいたい。明日だって思うと、いてもたってもいられない。
でもね、君があんまり優しいから、心配してくれるから、頑張ろうって思うんだよ。
そんなに優しい君が、いなくなってしまうなんて、俺、絶対に嫌だ。だからそれを思うとさ、乗り越えられそうな気がするんだ。
だから見ててくれよ。俺、頑張るからさ。
翌日、9月22日、快晴。気温はやや高め、しかし風が吹いているせいか、それほど暑くはない。
いよいよ運命の日を迎えた。もう少し気負っているかと思ったが、不思議なくらい落ち着いていた。
アップをする。そしてスタンドに目をやる。凜の姿はない。まあ入院しているのだから、仕方ないといえば仕方ない。
それはいいとして、腑に落ちないのは剛だ。明日来てくれと言ったら、
「あ、悪い。明日デートなんだよね!」
だ。ったく、こんな日ぐらい応援に来いっつうの。まあ、アイツらしいと言えばらしいけど。
そんなことを考えられる自分に、少し余裕を感じた。
アップを済ませ、スタンドに戻ろうとした。と、よそ見していたせいで、ドン!と前から来た人とぶつかって転んだ。
「す、すいません」
謝って顔を上げる。その人は見たことあるような金髪だった。
「高見……」
金髪で長身。刺すような鋭い目つき。威圧するようにこっちを見ている。
「ん?何だお前?俺のこと知ってんの?」
高見は、まるで覚えていないような言い方だった。
「高見ー!」
遠くの方で、奴を呼ぶ声が聞こえる。
「おう!じゃ、気をつけろよな」
その声の方へ去って行った。
(高見……)
いざ対峙すると、気おされてしまいそうになる。でも、僕はもう後には引けないんだ。やるしか、ない。
僕は、勝つんだ。アイツに、トラウマに。凜のために。
そして1時50分。招集場所には沢山のランナーが集結した。僕もそこに並んでいる。
スタート位置に着くようにと指示される。僕は周りを見回して、高見を探した。
(いた!)
僕は高見の真横へ行った。
「おっ、なんだ。お前も5000だったのかよ」
「高見……」
僕は思い切って言った。
「俺は今日、お前に勝つ」
「はあ?」
高見は何言ってんだコイツ、と言わんばかりの目で見ている。
「おもしれえ。どこのドイツかは知らねえけど、やれるもんならやってみろ」
やはり高見は覚えてないらしい。そしてスタートの刻を迎える。心臓は高鳴っているが、何となくそれが心地よい。
「ヨーイ……」
パァン!!




