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エピソード12 絆 <NaoKo Part>

午前9時のバルセロナには 初夏の日差しが降リ注いでいた。

私達は丘の中腹のお屋敷の前に、銀色のキャシュカイを停める。



加茂:「車を降りる前に…

…二人に言っておかないといけない事があるのです、とても大切な事ですよ。」


金髪の美少女?が、助手席から身を乗り出し 私の手を取って握り締めた。



加茂:「これは、直子さんが自分で乗り越えなければならない壁なの。 どんなに辛くても、直子さん自身で確かめなければならない。 それが、本当の自分を取り戻す為に必要な事です。」


それから、今度は お兄ちゃんの手を握り締める。



加茂:「直人君にも 沢山伝えたい想いがあると思います。

…でも、二人の会話が終わる迄 どうか我慢してあげて下さい。 そして最後まで挫けない様に直子さんを支えてあげて欲しいのです。」


お兄ちゃんは 黙ったまま、深くうなずく。



加茂:「では、行きましょう。」










青い空と碁盤目ごばんめの街並みを見下ろせる塩の様に白いバルコニーに、その女性ヒトたたずんでいた。


…写真よりもずっと歳を取って見えた。



その女性は、

懐かしい顔に遠い記憶を蘇らせて、息を呑んだままじっと立ち尽くす。

涙をこらえるので精一杯な様にも見えた。

あるいは胃袋がひっくり返るような嗚咽おえつを抑えるので精一杯な様にも見えた。



そして私は、戸惑ってしまう。

…どうして、この女性はそんな風に寂しい顔をするのだろう。

…どうして、この女性はこんなにも遠い処に居たのだろう。


そして私は、何が知りたかったのだろう。

…自分が穢れてしまった理由を知りたかった筈。

…自分が壊れなければならなかった言い訳を聞きたかった筈。



それなのに 此処へ来て、全て確かめる事が躊躇ためらわれる。

だから、何時までも…キツクお兄ちゃんの手を握り締めている。



そんな私の長い苦しみを知って、その女性ヒトは とても悲しそうな顔をした。






直子:「教えてください。 本当に私は、貴方の娘なんですか?」


一縷いちるの望みをかけて、しぼり出す様に 私は息を吐き出した。



直美:「それには正しい説明が必要ね。 確かに貴方を産んだのは私。 でも、貴方の本当のお母さんは、涼子。 私の妹よ。」



その女性は、つらい問い掛けで心が折れてしまわない様、柘榴ざくろ色の警戒のとげを身にまとう。


そして恐れ続けて来た問い掛けに自分を見失ってしまわない様、遠い喫水線きっすいせんに目を泳がせる。






直子:「貴方は…私の事をママに押し付けて、どうしてこんな処に居るんですか。」

直美:「理由わけが有ったの。」



目を逸らす仕草は、遠い言い訳を手繰たぐり寄せているかの様にも思える。






直子:「貴方は、どうしてママを悲しませたんですか?」

直美:「貴方のママは、悲しみも それ以外の事も全部受け止めてくれたの。」




直子:「皆が言うんです。 貴方がママを苦しめた。 ママが死んだのは貴方の所為せいだって。 貴方が産んだ私の所為だって。 貴方は酷い女、それで私は酷い女の忘れ形見、だから私はけがれた子供…」



直子:「私は、生まれない方が良かったの?」


お兄ちゃんが、強く私の手を握り締める。

私は大丈夫、もう二度と 心を諦めたりはしない…






私は、勇気を奮い起こし 目を上げてその女性の顔を見る。

その女性は、…ずっと最初から、私の目を 真っ直ぐに見つめ続けていた。



直美:「それは違うわ。

…貴方は誰よりもお父さんとお母さんに望まれてこの世に生まれてきたの。 二人の貴方への愛が余りにも深かったから、貴方はこの世に生まれて来れたのよ。 私は、ほんの少し 力を貸しただけ。」


直美:「私は、貴方の代理母なの。」



直子:「代理母…?」


お兄ちゃんの視線が、その女性の網膜もうまくにこびり付いていた。

私は、まるで無重力に浮いたみたいに 一瞬で平衡感覚を見失う。




直美:「涼子は生まれつき身体が弱かったの、子供を産む事に耐えられない身体だった。」


その女性はゆっくりと、でも しっかりと話し始める。



直美:「涼子に残された時間がわずかだと気付いたのは、残念だけど 正さんと結婚した後だった。 涼子は、正さんに、そして彼女自身に、この世に生きた証と価値のあるモノをのこしたかった。 だから貴方を産む事を決心したの。」


直美:「それで、私が代理母を買って出た。」



風の音が 濃い蒼を宙に舞い上がらせる。

私は、見知らぬ異邦くにの底に居た。






直美:「子供の頃はあんなに喧嘩ばかりしてたのに、どうしてかしらね。」




直美:「高家の実家は私が代理母になる事を許さなかった。 理由は 多分戸籍にきずがつくとか詰まらない理由でしょうけど、アレ達の考える事は良く分からないわ。」


直美:「高家の実家が出した条件は、私が二度と貴方たちの前に姿を見せない事。 きっと不実を犯した私を視界に入らない様にしたかったのね。」




直美:「だから、私は貴方達と離れ離れになるしかなかったの。」


直美:「衝動を抑えるのに5年掛かったわ。」

直美:「不安に慣れるのに10年掛かった。」



その女性の眼差しは 深い空を通り越して、遠い過去ときに向けられているかの様だった。






直美:「貴方達を見捨てて、こんな処に逃げて来た私が許されるとは思わない。 …でも、今日貴方達に会う事ができて、私のやった事が間違っては居なかった、信じ続けてきた事が正しかったと知る事が出来た。」


直美:「だから、それでもう十分。」






直美:「直子ちゃん、

…あなたは穢れてなんかいないのよ、

…こんなにも綺麗に成長してくれた、

…そんなにも不安に耐え続けられるほど強くなった、

…貴方は貴方の両親の誇りであり、私にとっても誇り。

…私は、貴方を産んで、本当に良かった。」


その女性の瞳は とても柔らかく私を包み込んでいた。



直子:「本当に、貴方は 子供の頃の涼子にそっくりだわ。」






直美:「直人には、

…辛い思いをさせてゴメンね、

…お母さんが必要な時に貴方の傍に居てあげられなくてゴメンね、

…でも、曲がらずにしっかりと育ってくれた。

…見れば分かる。

…貴方の事を信じた 私とお父さんは間違っていなかった。」


その女性の瞳は 全てをいて お兄ちゃんをいつくしむ。



直美:「直人あなたは、私が今日を生きていられる理由、

…もしも、一度だけで良いから、許してもらえるなら、」


直美:「直人あなたを、 …抱きしめさせてくれないかな。」






それから、

お兄ちゃんの胸で、その女性は声を上げて泣いた。


お兄ちゃんは、

懐かしい温もりに遠い記憶に蘇らせて、息を呑んだままじっと立ち尽くす。

涙をこらえるので精一杯な様にも見えた。

あるいは胃袋がひっくり返るような嗚咽おえつを抑えるので精一杯な様にも見えた。



私は、いつの間にか一緒になって泣いていた。

この人は、ずっと一人で耐えて来たんだ。

私なんかよりもずっと深い悲しみに、たった一人であらがい続けて来たんだ。


この人は、私に命をくれた人、

そして今では…私の誇り。











私はベランダに並んでもたれかかり、…遠い街の風景を見ていた


直子:「貴方の事、お母さんって呼んでも良いですか。」

直美:「ありがとう。」


…お母さんが、私のおでこに、優しくキスをくれる。









…それから、

私は、お母さんの匂いを嗅いだ。


お母さんは、私の髪の毛を手櫛で優しくいてくれる、

…私は、ずっと見つけられなかった温もりを こんなにも近く感じていた。




やがて 私を護り続けてくれた不安達が別離わかれの刻を知る。

私は甘い匂いに癒されて 仄昏ほのくらい影の結界を脱ぎ捨てる。



登場人物のおさらい

朝比奈直子:主人公

春日夜直人:お兄ちゃん

春日夜直美:お母さん 旧姓 高家直美

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