24.馬車
「ジーナ殿、旅に出るのが遅くなり申し訳ありません」
土の道を進む馬車の荷台で揺られながら、何気なく外の景色を眺めていると向かい側に座るズール商会の新しい販路を任されているキアと名乗る男が話しかけてくる。街を出てからそれなりの時間が経っているが、どうやら私に話しかける機会を窺っていたのだろう。
「気にする事はないんだよ、私達にも利益はあったんだ。御隠居を含めて、何度もいろんな人に言われて困っているんだよ。ズール商会とビルフォ商会どちらからも良い条件の仕事を斡旋してもらえたんだ、逆にこちらの方が礼を言いたいくらいなんだ」
実際に、護衛任務に薬草採取など幾つもの仕事をして、それなりに懐も暖かい。
「ジーナ姉ぇの言う通りよ。それに、時間は掛かったけれど、おかげで馬車まで出して貰えたんだから」
「そうだねぇ・・・。しかも、この旅も護衛任務の一つとして報酬も出るんだからねぇ」
「しかし、皆さんは商会にとっての恩人です。これくらいの事で逆に感謝されるのも心苦しい限りです。それに、何度も言っていますが商会に残って頂けないですか?会長家のご家族もジーナ殿達を大変好ましく思っておられるようですし。何より、護衛としての腕も、交渉する術も素晴らしいと思います」
「そんなに褒められてもねぇ・・・。私達としちゃあ、元々は目的の地に行く為の寄り道みたいなものだからねぇ。何度も言って悪いが、断ると決めているから・・・」
「ほんと、私達を高く評価してくれて嬉しいんだけど、姉さん達と決めた事だから。その代り、王都やそれ以外の街で他の商会に属する事はしたする気も無いし」
「まぁ、ファムの言うとおりでね、世話になった両商会からの依頼なら受けるが、それ以上はねぇ・・・。
「残念です。みなさんが敵に回らないだけ良しとするべきなのでしょうが・・・仕方がないですね」
「そう思ってくれたら、こちらとしても有り難いねぇ」
最初に依頼を受けたビルフォ商と、その後に関係を持ったズール商会とは街にいる間に受けた仕事の件で私達に対する信頼を勝ち得たようで、隠居したズール商会の元会長やビルフォ商会の会長ラーナを筆頭に両商会に属する人間達に会うたびに勧誘されていた。私達姉妹もいいかげん、うんざりするところがあった。そろそろ、私達だけでも街を出ようかと相談していた頃になって、ズール商会から辺境伯の街を経由して北の開拓村に向かう準備が整い、その護衛として出発する事ができた。
今は、商会が準備した荷馬車の一台に乗り街道を進んでいる。
「ところでキアさん、辺境伯の街に入って御隠居とカーナさん達は置いて行くのよね」
「ええ。使用人数人と残りますね。御隠居用の馬車も置いていきますから、もう少し身軽になりますよ」
「そうなんだ。じゃあ、ジーナ姉ぇ リエンの指導はそれまでってことね」
「あの子には、基本を叩きこんでいる。後は自分で考えていけばいいんだよ。出来れば、街の中に信頼できる指導者がいれば有り難いんだがねぇ」
「そう言う事であれば、ジーナ殿が納得できる指導者がいないか、私の方からも街の中を調べさせましょう」
「キアさん、辺境伯の元に称号持ちの騎士が居たと思うんだけど?」
「ファム、もし称号持ちが居たとしても、いきなり話を持って行くのは無理がある。さすがにまだ基礎を学んで繰り返している程度の者を連れて行っても、教えを受けるのは難しいだろう」
「ジーナ姉ぇ。ダメ元で話してみてもいいんじゃない?」
「ファム殿。一応探してみますが、ジーナ殿の言うとおり頼みこむのは無理じゃないでしょうか?」
「うーん。ダメかなー?」
王都にいる頃から、リエンとダーナの兄妹を気にかけているファムにとって、辺境伯の街で暮らす事になるあの家族の事が心配なのだろう。
困り顔のキアと、どうにも納得が出来ないファムを横目に、後ろに続く実用に耐える用に出来ていながら、見る者が見れば重厚で何所か贅沢に作られている馬車を見つめる。
馬車の窓から後方をながめると、私達が住んでいた王都はすでに小さくなっています。空は快晴で強くなってきた日差しを避ける様に木陰が続く街道の端を徒歩の行商人等が進んでいるのが見えます。
開いている窓から入る強めの風に流れた髪を片手で押さえ、視線を自分の膝の上で眠っている娘に向ける。自分と同じ様に乱れた髪をなでながら、家族のこれからに溜息をついてしまう。
「今日は、天気はいいが少し風が強いな。今少し窓を閉めてくれんか」
目の前に座する老人が、使用人に指示を出す。
「申し訳ありません。御隠居様はよろしいのですか?気温も上がっていますし」
「なに、これ位の気温ならば熱いということはない。それより、お前の体の方は大丈夫なのか?先日まで寝込んでおったであろう。あれだけの事が起きた後だ、リィナも心配していた。子供達の事もあったからな」
「奥様にまでご心配を・・・。本来なら恨まれても仕方がない事ですのに」
「何を言っておる。お前は、私達夫婦にとっては子供のようなものだ。心配するのは当然だろう」
「ありがたいお言葉ですが、それでも夫がやってしまった事を考えると・・・」
「あのバカをお前に見合わせたのは私だ。そうなれば責任の一端は私にもある。まさか、あれの中に未だに貴族家への未練が残っていたとは思いもせんかったは!」
そう、優しかった夫の心の中を私は測ることが出来なかった。何時からだったのだろう。いえ、最初からだったのかも知れない。貴族を追放されたはずの夫は貴族に戻る事に固執していた。そこを、商会に敵意を持つ貴族に利用されたらしい。そして、恩の有る商会を裏切り、しくじったら私達を捨て逃げようとした。私だけじゃなく子供達も捨てて・・・。なぜ、夫は私に相談してくれなかったのだろう。大それた事を起こす前に止めれたかも知れない。今も心の中にあるわだかまりは消えない。
「本来なら、直ぐにでも追放されておかしくない私達を保護していただいた事、感謝の言葉もございません。しかも、御隠居様に奥様にまで御手を煩わせてしまって・・・」
「そこまで気にするな。それにな、結局は辺境伯領にお前たち親子を放逐するのだ。護ったとは言えん」
「ですが・・・」
”ううーん”
眠っていた娘が目を覚ました様だ。目を擦りながら体を起こす。
「おお、目が覚めたか」
「・・・おかあさん?」
寝ぼけているのか周りを見渡してから、私の腕にしがみ付いて顔を押し付けて来る。
「どうしたの?」
「んー。・・・おはよう・・・おにいちゃんどこ?」
よく知らない状況に困惑が隠せない様で、少し不安な顔をする娘の頭を撫でる。
「お兄ちゃんね、ディアさんとお外にいるわ」
「おにいちゃんだいじょうぶ?」
「大丈夫よ、ディアさんとお外で色々と教えてもらっているからね」
「そう。おおきいおねぇちゃんといしょならだいじょうぶね」
私の答えに納得したのか、私の腕から手を離して座席に座り直して前にいる御隠居様にようやく気づいたのか小さくお辞儀をして声をあげる。
「おじいさま、おはようございます」
「うむ、おはよう。馬車は揺れていたがよく眠れたかな?」
「はい!・・・でも、ちょっとせなかいたいです」
「そうか、そうか。ダーナには少し酷だったか。しかしな、旅は始まったばかりだからな我慢してくれよ」
御隠居様は笑顔でダーナの頭を撫でながらそう言った。そして、こちらを向いて私に話し掛ける。
「リエンもダーナも、良い子だ。辛い事も多いだろうが、辺境伯の街に着いたら暫くは体を休めるのだぞ。この子達の為にもお前自身体を治せ。辺境伯には私からお前達家族の事を頼むつもりだ。それで少しでも気休めになればいい」
「御隠居様、・・・そこまで私達家族にしていただく必要は」
「これは私とリィナにとっての気持ちの問題だ。お前が気にする事はない。無理かも知れないが」
「・・・わかりました。いただいたご恩は、胸に仕舞っておきます。・・・いつかは、子供達にも伝えたいと思います」
そう言った私に、御隠居様は少し頷きながらダーナを身づからの膝の上に抱き上げ、馬車の窓から青空を眺めていた。
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