0. 防衛
日も暮れ松明の明かりの中で、ひたすら魔獣や獣を防ぐ戦いを強いられる。
森の魔獣や獣が村を襲いだして、すでに一日以上が過ぎているはずだ。
突っ込んでくる猪型の魔獣を槍で突き、
柵に前足を掛けようとする大型の狼の様な魔獣を抜いた槍で突き通す。
昨日から何度も繰り返した攻撃だ。すでに、幾つもの魔獣の死骸が視野の端に捉えられる。
そこには、今までと圧倒的に違う数と、おそらく普段相手にしている魔獣より
森の奥地に居るであろう強い魔獣がかなり含まれている。
しかし、今回の襲撃は何かがおかしい。どの魔獣も目に恐怖が宿っている。
いや、恐怖に狂っていると言うのが正しいかもしれない。
それは、強弱に関係なく村を襲う全ての魔獣に見られる。
今まで群れを成して襲て来たり、狡猾に罠をかわして来るなどしていた魔獣までもが突撃を繰り返す。
単調な攻撃なのが救いかも知れない。ただ、数が多く村の至る所が襲撃にさらされている。
一番森に近いこの北側も、村を拡張する為に設けていた外側の柵はすでに突破され、
今は、北門の前に防御柵を設置して戦っている。
柵や塀だけでなく空掘りを村の外周に設けていた事で、なんとか耐えているようだ。
一部柵を突破されたとの声もあったが、今は押し戻しているようだ。
また、数匹を相手していると背後の門から声が掛かる。
「”槍”殿!物見櫓より攻めている魔獣の数が減っている様だと伝言がありました」
「それは、他の場所もか?」
「はい、そのようだと」
「そうか。今、櫓に居るのはリヨウさんだな」
「はい。リヨウが見張ってくれています。
森の警戒と援護をしてくれるのでこの場は、しばらく我々が受け持ちます」
伝言を聞き、槍を持つ三人の兵士が私と交代する。
門の中に戻り、手に持っていた槍を地面に置き腰を下ろす。
「怪我はないですか?」
革鎧を着け弓と鉈を装備した青年が声を掛けてくる。
今、櫓で警戒に当たっているリヨウの長男で伝令役も兼ねて村の中を警戒してくれている。
「ああ、大丈夫だ。それより、他の場所は無事なのか?」
「はい、突破された柵もすでに仮修理できています。
代表様が指揮して、騎士イーノ殿の隊を適切な場所に派遣して押し返してくれています。
あと、南門周辺はジーナ殿の隊が踏ん張ってくれています。
それと、父が森の魔獣の気配は相変わらず有りますが、殺気は幾分薄れたと。
まだ油断は出来ませんが、父が援護するので当面は村の者で対処できるだろうとのことです。
その間、”槍”殿は少し休まれよとの言伝を預かりました。
”槍”殿、水筒と食事を持ってきましたので今のうちにどうぞ」
「ありがたい。あと、大きな怪我を負った者はいないか?」
「今のところ、負傷者はおりません。
司祭様を中心に女達が軽傷の者を治療していってるので、皆戦えています」
グローブの汚れを軽く払い、持って来てくれた水筒の水で喉を潤す。
思った以上に喉が渇いていたようだ。
「そうか、じゃあ言葉に甘えさせてもらおう。何かあれば直ぐに声を掛けてくれ。
それと、弟子達はちゃんとやれているだろうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。皆さんそれぞれの持ち場を守っておられます。
それじゃあ、俺はカルミア様の下に一度戻ります」
「ああ、ご苦労だった。カルミア様には、まだ柵の防衛でまだ耐えられると告げてくれ」
「了解しました。では」
短く返し走り去るバユウの後姿を見送る。余裕のあるうちに食事を済ませ休む事にした。
すでに夜は終わりに近付き、陽が昇る兆しを見せている。
出現する魔獣の中に、普段は襲ってこない森深くに生息しているモノが含まれてきている。
数は減ったが、さらに強い魔獣が混在している。
「”槍”殿!柵がそろそろ限界です」
「フン!そのようだ、陽が昇るまでは耐えれるかと思ったが」
蛇型の魔獣を槍で突き通しながら横で同じく槍を振るう男の声に返答する。
「よし!二人は門の中に下がって門を閉める準備をしてくれ。
この蛇に止めを刺したら私も下がる」
「分かりました」
二人が門の内側に下がるのを目の端で確認しながら、蛇の頭に止めの一撃を繰り出す。
抜いた槍の血を振り払い、こちらに狙いをつける魔獣を牽制しながら、後方の門へ下がる。
「門を閉めます!」
「頼む」
内に入り、槍を地面に置いて閉める門を手伝う。
重い音を響かせながら門が閉まり、閂をかける。
一息つきたいところだが、門の格子から外の様子を窺う。
「未だ治まりませんね」
「ああ、じきに柵は壊される。暫くはこの門から攻撃するが、次の準備もしなければ」
「”槍”殿、では私は手伝えそうな者を呼んできます」
一人の村の男が村の中心に走り去る。残った村人と二人の兵士と共に門の内側に新たに柵を構築する為の準備する。
「他の場所は大丈夫でしょうか。を抜かれた所も有ったようですし」
「大丈夫だろう。リヨウさんからの合図もない。
何か問題が有れば、こちらに連絡の者が来るはずだ」
「皆、無事なら良いのですが・・・」
「そうだな。ゴウからは、大きな怪我を負った者はいないと報告があったが・・・」
「ああ、リヨウの二番目でしたか。
しかし、今回は猟師達、特にリヨウ親子の活躍は素晴らしいですね」
「確かに、猟師達の早い報せがなければここまでの準備は出来なかったな。
それに、襲撃の報と援軍の要請を、早く砦に報せに行かす事ができたのは大きかったな」
それでも、砦からの援軍はまだ先だ。一日半から二日は掛かるだろう。
そこまで皆の体力が持つのか、防衛用の拠点が維持できるのかなかなかに難しい。
事前に門の内側に組み上げられた逆茂木と柵、そこに土嚢等を置き強度を上げてゆく。
話しながら作業をしていると、村人が数人手助けに来る。
防御用の障害物の準備を任せ、門から外の様子を窺う。外の柵は、もうじき突破されそうだ。
「そろそろ門に取りつかれるぞ。槍を使える者は門からの攻撃を手伝ってくれ。
他の者は、そのまま柵の補強を続けてくれ。終わったら、後方で待機してくれ」
指示を出しながら、破壊された柵を越えてきた魔獣に門の格子から槍で突く。
門は、木製だが丈夫にできている。ここで暫らくは戦えるだろう。
隣に、先程手伝いを呼びに行っていた男が並び、
同じように槍で魔獣を突き出しながら他の場所の報告をしてくる。
「南門の防衛も、門の内側に下がる様ですよ。どこも手傷を負う物が出てきていますが、
大きな怪我をした者はいないとの事です」
「それなら、まだ此処に集中できるな。しかし、疲労が溜まってきているのだろうから、
これからが正念場だ。皆、諦めずに頑張ってくれ」
槍を突いている者、後ろで作業している者も私の言葉に返事を返してくれる。
必ず村は守れるはずだ。そう信じて、また槍を繰り出す。
「いったいどれだけ居るんですかね。いいかげん、森の魔獣全てを相手にしているみたいですよ」
「まったくだ。準備をしていたとはいえ、本当に門を破壊されるとはな」
「しかし、この様子だとまだまだ来ますよ」
「ほんとーに大概にしろと言いたいわ」
兵士達が、各々槍で魔獣を攻撃しながら軽口を交わす。
それだけ聞いていれば余裕が有る様に感じるが、兵士達だけで無く村の男達も傷だらけになっている。
「また、日が暮れる。松明の火は準備できているな」
「はい。先程、後方の者達が運んで来た物を確認しています。
あと、水や食べ物それに替えの武器もあります」
「そうか、それならまだ戦えるな」
「”槍”殿、いい加減終わって貰いたいものですが・・・自分も歳のせいか身体がきついのですが」
「なに、それだけ口が回れば森の魔獣全てを相手にでも戦えるだろう」
「勘弁して下さいよ・・・」
私と年配の兵士の会話に周りから笑いが起こる。疲労は目に見えるがまだ精神は折れていないのだろう。
魔獣の襲撃が何時止むかわからない状況だが、なんとしても耐えていきたいものだ。
門は破壊され、内側の柵まで押し寄せている。
夜は既に深くなり、松明の明かりが照らす中で槍を振るう。
周りの状況は、予断を許さない状況になってきている。
一時は、身軽な猿の様な魔獣が柵や外周の壁を乗り越えてきた。
そちらも対応しなければならず、一時的に人数が足りない危険な状況もあった。
櫓の猟師達や、屋根の上から弓を扱える女達が矢を撃ってる。
その支援もあって、今はこの場で何とか踏み止まる事ができている。
しかし、予備の槍すら折られ、鉈や木の棒等で応戦している者もいる。
既に幾人かは、倒れ後方に下げられている。
わかっていた事ではあるが、他の防衛地点よりも北の森に近いこの門は、
特に強い魔獣に攻められている為に疲弊が激しい。
他の防衛地点からも人を廻して貰っているが、誰もが戦いの続く中で既に限界が来ている。
このままでは、この最後の防御柵が抜かれてしまう。どうすれば守れるのか・・・。
何か手がないのか考えろと自分に言い聞かせる。
「今、動ける者は何人いる?」
「戦える者は、私を含め四人。あと、怪我をしていますが動ける者が二人います。
何か仕掛ける心算ですか?」
「ああ、このままでは此処を抜かれるのも時間の問題だろう?
此処は無理を押して、門まで押し返しないかと思ったんだが?」
「確かに今のままでは、押し切られる可能性が高いですが・・・。出来ますか?」
「私が前に出る。後の者は門の補修か、無理でも門に防御柵を設置出来れば・・・。
そうすれば、今よりは状況を改善できるのでは?」
「しかし、それでは”槍”殿の負担が大きすぎるのでは?」
「これ以上、先延ばしにしてもジリ貧になるだけだろう。今が最後の力の出しどころだと思う。
それで、門の状況をどう見る?」
「そこまで言われるのなら我等はお付き合いしますが・・・。
しかし、門の補修は・・・。ここから見る限り厳しいでしょう。
やはり、柵と土嚢を設置するのが妥当なところかと」
年配の兵士が答えると、他の者達も同意の意思を告げて来る。
「怪我をしている者も済まないが、手を貸してくれ」
「では、暫く”槍”殿と私達兵が戦うので残りの者は柵と土嚢の準備をしてくれ」
「誰か櫓に行ってこの事を伝えてきてくれ。そして、始める時は合図を送ると」
そういうと、返事をして男が一人櫓の方に走って行く。
しばらくして、準備が出来た事を告げられる。
「よし、櫓に合図を送ってくれ。それと同時に柵を出る」
そう言って手に持つ槍を置き、腰の長剣を抜く。
「槍は、置いてゆかれるのですか?」
「ああ、乱戦なら剣の方がいい。それに、実は槍より剣の方が得意なんだ。
済まないが門を抑える事が出来たら、この槍を持ってきてくれないか」
「了解しました。しかし、剣の方が得意とは意外でした」
「そうか?稽古の時は剣をよく振っていたつもりだったが・・・・。合図を出したな。では、出るぞ」
そう言うと、柄を再度強く握り柵を出る。そして、近くにいる魔獣の首を刎ねる。
さらに、此方に気づいき襲い掛かる魔獣を切り裂いていく。
櫓からも援護の矢が門の外に射始める。
「槍を持つ者は、息のある魔獣の止めを刺せ!柵を持つ者は後に続いて来い」
後方に指示を出しながら、猛烈な勢いで門の内側に侵入した魔獣を駆逐していく”槍”殿の後に続く。
足の踏み場も無いほどに地面に散乱した魔獣の死骸を蹴散らし、両手に握る長剣が振るわれる度に
魔獣の部位が飛び、鮮血が飛び散る。此処までの防衛戦での疲労を微塵も感じさせないその姿は、
まさに近隣の国々に名を馳せる”称号”持ちの騎士の力を見せつける圧倒的な力だった。続く者に、
その背から力を与えているようだ。
「”槍”殿に続けー!」
皆から、何としても門を奪還すると言う決意が感じられた。今まで、ただ下がって護るだけだった。それが、護る為に前進して門を奪還する新たな局面に心が猛る。必ず村を護る、護り抜くのだ。
門まで辿りつた。後方で、止めを刺し死骸を片付けを並行して行いながら男達が続く。
門を一歩踏み出す。外の魔獣を牽制しながら、更に前に出る。握る長剣を軽く振い付いた血を払う。
門の外周は、夜の暗闇を村からの松明の明かりが照らしている。そこには、本当なら群れを為さないはずの魔獣までもが含まれており、こちらの様子を推し量っている。更にその先を見れば、”深緑の森”の
暗闇に魔獣の気配を幾つも感じられる。森の中にいる魔獣は、直ぐにもこちらを襲う様な事は無い様だ。更に前に出る。そして、破壊された防御柵を長剣を振る邪魔に成らない様に蹴倒す。すると、近場にいた数匹の魔獣がこちらに襲い掛かってくる。それを両手に握る長剣で手に掛けて葬っていく。
どれだけの魔獣を打倒しただろうか。使い慣れたはずの長剣がずしりと重い。だが、森の暗闇から出てくる魔獣は、耐える事無くこちらに襲い掛かってくる。
「”槍”殿!そろそろ後退して下さい。門の補修が終わりました!」
「了解した!」
短く答え、自らの前で威嚇する魔獣に一撃を与えてから門の方へ後退する。
補修された門の隙間から、中に滑り込みそのまま地面に倒れこむ。
「”槍”殿、怪我等はないですか?」
「ああ、無事だ。それより、皆よくやってくれた!」
「ええ。村の者達がよくやってくれましたし。”槍”殿が時間を稼いでくれたお陰で、ほぼ門自体の補修まで完了させています」
「では、まだ暫く襲撃に耐える事ができそうだな」
「はい。此処からは暫く我々で抑える事が出来るでしょう。”槍”殿は、少しお休みください」
倒れた体を起こして報告を聞いていると、別の者から水の入った革袋を渡される。
渡された革袋の栓を開け温くなった水を口に含む、自分が思っている以上に喉が渇いていたらしい。
飲んだ水が浸みこむように体中に行き渡るのが感じられる。そして、皆の言葉を受け入れ
その場に再度倒れこむ。
・・・・・離れた場所から複数の足音が聞こえてくる。
ウォーハンマーを手に持つ男から声を掛けられる。
「どうした、”槍”の称号持ちがこんな所で寝転んで?」
「ああ、これは”男爵様”ではないですか。申し訳ありません立つのが億劫な者でこの場から挨拶させて貰いますよ」
「くっ。まだそんな風に喋れるなら援助は必要なかったかな?」
「いや、最高の時に来てくれた」
そうして話し、差し伸ばした手をがっちりと掴まれ引き起こされる。
「よく来てくれた。まさか、援軍が男爵だとは思わなかった」
「ラグ、昔のように名前でいい。たまたま砦に出向いていた時に報告があった。勝手知った地だからな、無理を言って援軍に押し込んでもらった。今、先発隊が着いたところだ」
「そうか。ザク本当によく間に合ってくれた。これで村は耐えきる事が出来る」
そうだ、これを耐えれば、私達の開拓村にはまだまだ新しい希望の未来が訪れるはずだ。
しかし、その前にもう少し槍働きが必要なようだ。




