元上司
朝、目覚めれば、今日が最後の日だと覚悟を決める。本来はそうあるべきなのだ。
「端的に言おう。手を引け」
唐突に。
だが、迷いなく。
元上司であり、いまや行政の頂点に立つ男が言った。
「……統括、それはどういう――」
「分かっている筈だ」
言葉を遮る。
一切の隙がない。
「貴様が今、やろうとしていることを……だ」
「……」
やれやれ。
やっぱり、全部見えてるってわけか。
……いや。
違うな。
“見えている前提で話している”。
そこが、この人の厄介なところだ。
「部長補佐官」
静かに続く。
「つまりは“あの男”が、貴様に何を吹き込んだか――概ね把握している」
「そして」
わずかに視線が鋭くなる。
「貴様も、既に気付いているものだと思っていたが?」
「……」
完全に主導権を握られている。
だが――
今回は、違う。
「……統括」
一歩だけ、踏み込む。
「お話の意図は理解しております」
「しかしながら――」
ほんのわずか、間を置く。
「私は、今の本庁が“何を考えているのか”」
「それを、測りかねております」
「……」
空気が、わずかに動く。
「ですので」
視線を逸らさずに言う。
「ほんの少しで構いません」
「お話いただけませんか」
「……」
沈黙。
だがそれは拒絶ではない。
評価だ。
「……私相手に、交渉か」
小さく、息を吐く。
「加えて、こちらの情報量も測っている」
「……成長したな」
短く、そう言った。
「いいだろう」
許可が下りる。
「……今回の件」
俺はすぐに切り込む。
「憑鬼に関する一連の事象は――」
「本庁指導部の主導なのですか」
「……違う」
即答だった。
「貴様は一つ、勘違いをしている」
「……?」
「本庁は」
言葉を区切る。
「指導部であれ、総務部であれ」
「自らの意思で施策を講じることはない」
「断じて、だ」
「……」
――なるほど。
「国……ですか」
「そうだ」
一切の迷いなく。
「それ以外にはない」
「今も昔も、我々は変わらん」
「……」
静かに、息を呑む。
「だからこそ」
総務部長の声が、ほんのわずかだけ低くなる。
「おかしいと、思わねばならん」
「あの男から吹き込まれた内容に」
「……」
「貴様は」
視線が突き刺さる。
「何も、感じなかったのか?」
「……」
――感じてるさ。
だから、こうして立ってる。
だが、それは言わない。
「……」
沈黙で返す。
それで、十分だ。
「……まあいい」
興味を失ったように、視線が外れる。
「私の役目は終わりだ」
「……」
「勘違いするな」
最後に、釘を刺す。
「今の私は“総務部”だ」
「指導部の動きを、どうこうする立場にはない」
「……」
「ただ――」
一歩、距離が生まれる。
「貴様が関わっていい案件ではない」
「それだけを伝えに来た」
「……」
「昔のよしみだ」
その言葉だけが、
ほんのわずかに人間らしかった。
「……指導部は、貴様らを監視している」
「せいぜい、気をつけろ」
「ではな」
「――待ってください、統括」
思わず声が出る。
「……ありがとうございました」
「……」
背中越しに、
ほんの一瞬だけ。
「……」
笑った、ように見えた。
「架けろ、駆けよ、双頭の鷲……翔」
風が、巻き上がる。
次の瞬間には、
もういない。
「……」
やれやれ。
ほんと、不器用な人だ。
助けるなら、最後まで助ければいいものを。
……いや。
あの人なりの、最大限か。
「……」
それにしても。
引っかかる。
やっぱり、あれは――
気のせいじゃない。
「……監視、ね」
つまり。
この中にいる。
“目”が。
「さて」
軽く肩を回す。
「どうするかね」
――遊びは終わりだ。




