エンカウント
狂気の渦中、混沌のうねり、静かに静かに忍び寄る。貴方は本当は…
出発して、間もなくだった。
「……いるな」
足を止める。
根拠はない。
視界も、匂いも、音も――何もない。
ただ。
「……いる」
そういう“感覚”だけがある。
「副校長?」
体育会系の教諭が振り返る。
「どうしました?」
「……いや」
首を振る。
説明して分かる類のものじゃない。
勘。
それだけだ。
だが――
外れたことは、一度もない。
「主任」
一言、呼ぶ。
それで十分だった。
「……了解」
主任が、一歩前に出る。
場所は、公園。
子供たちが遊んでいる。
笑い声。
走る足音。
それを見守る保護者。
――平和そのもの。
「……呑気なもんだ」
小さく呟く。
昨日、何があったかも知らずに。
「まあ、いい」
主任が、手を上げる。
「寄れ、剥き出せ、贋作の人形……吊」
――世界が、裏返る。
子供たちの背後。
保護者たちの背後。
空間の“裏側”から、何かが引きずり出される。
数。
十じゃない。
百でも足りない。
……数百。
憑鬼が、吊られている。
糸に絡め取られたように。
首を垂れ、四肢を歪め。
――まるで、“操り人形”。
子供たちは気づかない。
保護者も。
誰一人として。
「……」
体育会系の教諭が、息を呑む。
「こんなに……」
「……まだいるな」
主任が、淡々と呟く。
そして。
指を鳴らす。
「踊れ、廻れ、操りの糸……絞」
――音が消える。
一瞬。
本当に一瞬。
次の瞬間。
“それ”は終わっていた。
吊られていた憑鬼たちは――
地上に落ちている。
首から上だけを残して。
数百。
一斉に。
断面は、綺麗すぎるほど綺麗で。
血は、出ない。
音も、ない。
ただ、消えていく。
最初から存在しなかったかのように。
「……終わりました」
主任が、振り返る。
呼吸一つ乱れていない。
「……ああ」
俺は頷く。
子供たちは笑っている。
保護者たちは話している。
何も変わらない。
世界は、続いている。
「行きますか」
主任が歩き出す。
誰も、それを止めない。
……止められない。
「……」
俺は、少しだけ考える。
(……これ)
(俺より、強くないか?)
いや。
違うな。
「……質が違う」
小さく呟く。
あれは、“戦闘”じゃない。
処理だ。
感情も、躊躇も、何もない。
ただ、排除するだけの動き。
「頼もしいな」
体育会系の教諭が笑う。
「これなら楽勝っすね!」
「……そうだな」
俺も、笑う。
――表面上は。
(……楽、か)
ふと、主任の背中を見る。
「……」
あれを“味方”と呼んでいいのか。
そんな考えが、一瞬だけよぎる。
「……まあ、いいか」
視線を外す。
「明日には終わるかもしれないな」
軽く言う。
――だが。
どこかで、引っかかる。
あの数。
あの配置。
あの“隠れ方”。
「……妙だな」
誰にも聞こえないように、呟く。
風が、少しだけ強く吹いた。




