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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
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鍛錬

  ◇


「くぉっ!」


「そいぃっ!」


 俺の繰り出した長棒による突きの1撃がグラムスさんの木剣に打ち払われた。不味い退いたらやられると感じてあえて一歩踏み込み、同じように踏み込んで距離を潰しに来たグラムスさんに蹴りを放つ。

 普通なら俺が踏み込んだことで距離感が狂い咄嗟の対応を誤りそうなものだが、さすがにグラムスさんは甘くない。冷静に俺の蹴り脚を躱して木剣を俺の肩口に振り下ろした。


「っっつぅ……」


「ようし、勝負ありだなビィビィ」


「ああくそ、参った。ってか寸止めできただろう、当てんなよ」


「お前相手じゃ骨砕かねえぐらいの手加減で十分だろうがよ」


 勝たせてもらえねえなあ。

 グラムスさんは<剣匠>という二つ名を貰っているだけあって剣技においては最上級だ。だから俺も剣の勝負で勝てるとは思っていないが、だからこそ今日は槍を模した長棒で挑んだんだがダメだったか。


「ビィビィよう、最後前に出てきたのは良かったがよ、その前が良くねえぜ。突きに必殺の気迫がこもってねえ。せっかく隙を見せてやったのに、そこ狙った一撃が避けられること前提にしてんじゃ、俺に当てるのは無理だと思いな」


「……その前にさんざん避けられたからなあ」


「お前に色んな手札があるのは知ってるがよ、最初っからそれをあてにして戦術組みすぎなんだよ。もう後がねえってぐらい追い込まれねえと動きにいまいち切れがねえんだよな」


「ううむ……」


 同じようなことは前々から言われていたが、俺自身そのやり方で戦う力を伸ばしてきたからなあ。それで生き延びてきたのだから絶対に間違っているとは思わないが、グラムスさんほどの使い手が相手だと背水の陣を敷くぐらいの心構えでないと勝機を見いだせないということだろうな。


 いや、というかこのおっさんがおかしいんだ。

 俺だってグラムスさんに習った剣が一番手になじんだ自信のある武器だが、それじゃ勝てないから今日は長棒を用意した。これは実戦でよく使われる槍に合わせて長さは約3メートルある。

 戦場で主役となる武器は槍と弓だ。俺やグラムスさんが得意とする剣は実のところあまり戦場での評価は高くない。行軍中などに草を薙ぐなど用途は広いので利便性という意味での使い勝手はあるが、純粋な武器という面では槍や弓の方に軍配があがる。これは単純に攻撃範囲の広さが違いすぎるからだ。

 相手から攻撃されない距離から一方的に攻撃できるというのはとてつもなく大きなアドバンテージだ。実際に剣と槍で対戦させればほぼ槍側が圧勝するのは間違いない。負けるのは実力にかなりの差がある場合だろう。……少し傷つくが、これが現実だ。

 また槍の方が剣より遥かに作るのが簡単で数をそろえやすいということもあり、様々な物資が不足しだした大戦中期頃には剣には触ったこともないという兵士も増えてきた記憶がある。

 そんな中ひたすら剣にこだわったあげく、怒涛の勢いで魔物を殺しまくるという戦果をあげまくっていたグラムスさんがどれだけ特異な存在だったか。敵将の首をあげた数なら俺の方が多い筈だが、単純に殺した敵の数ならグラムスさんの方がずっと上なんだ。


「ま、俺も久しぶりに楽しかったぜ。緊張感ある勝負ができる相手ってのはそうそういねえからな」


「俺もだよ。やはり少し鈍ってたかもしれない。これからもたまに相手してくれ」


「おおよ。ボコボコにして泣かせてやるよ」


「はは。そのうち逆にあんたを泣かせてやりたいな」


 グラムスさん相手だといつまでたってもボコボコにされ続けそうだが、目標にできる人がいるっていうのはいいものだ。自分もまだまだだと思い知らされるのは決して悪いことじゃない。格下の弟子共の指導ばかりしているとつい上から目線で驕った考えに陥りかねないが、そうなってしまうと向上意欲が削がれるからな。


「ビィ先生グラムスさん、これをどうぞ!」


「おう」


「ああ、ありがとう」


 上ずった声のカルナールから布を受け取り汗をぬぐう。模擬戦が終わったことで周囲でそれを観戦していた弟子たちが近寄ってきていた。


「ビィ先生もグラムスさんもとても格好良くてすごかったです!」


「どうしてあんな動きができるんですか!?」


「私なんてビィ先生が早すぎて一瞬で何回突いたのかぜんぜんわからなかったのに、グラムスさんはそれを全部捌ききったんですよね? うわぁ、うわぁっ」


「あんなにも激しく攻撃されてて間合いなんて詰めれる訳がないって思っていたんですが、なのにこう気が付いたら接近して勝負がついてました! あんな踏み込み怖くてできませんよ!」 


 カルナールとエステルの2人は興奮冷めやらぬという感じで感想を述べまくってきた。普段は見ることのないレベルでの攻防は良い刺激になったようだ。細かい部分は理解できなかったようだが、それでも自分なりに所見を述べられるぐらいにはなってきたな。これも鍛えてきた成果だろう。


「ビィせんせならあんくらいできてとうぜん」


 一方でマカンはあれぐらいじゃ驚かないぜと悠然とした態度で頷いていた。どうせエステルたちに格好つけたいだけだろうに。

 後できちんと俺たちの攻防の内容を理解していたか突っ込んだ意見を聞かせもらおうか。


「おう嬢ちゃんたちも歯ぁ食いしばって鍛錬に励みゃあそこそこの腕までは上達できらあ。そこから上に行けるかどうかは素質と努力次第だがよ」


「そこそこですか……」


「カルナール、グラムスさんの言うそこそこはかなり上等だぞ。この人は基準がおかしいからな。たいていの奴には負けんぐらいのレベルのことだ」


「おおっ。がんばって鍛錬に励みますっ」


「意気込みや良し。がんばれや若人」


「はいっ」


 グラムスさんも嬉しそうだな。なんだかんだ人に剣術教えるの好きなんだろう。正確な数は知らないが、戦時中は俺も含めてずいぶんな人数に指導してたし、性に合ってるんだろう。



  ◇


「ようし、今日はここまでだ」


「「「…………」」」


 返事がない。

 弟子3人は地面に倒れるように横たわって伸びてしまった。


 俺たちの模擬戦で刺激を受けたからか弟子たちもやる気に満ちていた。それを受けてグラムスさんと一緒にずいぶんハードな訓練を施した結果だった。

 体力的には3人の間には大きな開きがあるが、そこは調整してマカンに最も厳しい訓練を課した。マカンは途中から涙目になっていたが、未来の魔王様に相応しい成長を期待しているが故だ。むしろ喜べ。


「ふはは。やっぱ鍛錬はいいな。大工仕事やってるよか楽しいぜ」


「今は兵士よりも大工や農民の方が求められてる時代だからな。少ない男手を活用しない手はないんだ。すまないがそれも仕事と諦めてくれ」


「わかるからまあいいけどよ。ただなんだ。お前もお嬢様もこの先なんかきな臭ぇもんを感じてんだろ? 戦争が終わったってのに、簡単にゃ平和な時代がやってくるってことにはならんもんだなあ」


「まあ、な」


 少々神妙な面持ちで頷く。

 平和になったと腰を落ち着けるにはまだ早い。これから乗り越えなければならない騒乱がたぶんいくつも待っている。

 ただ俺とジルユードでは危惧しているものが違うようなんだよな。

 俺はマカンを魔王にする。そのための障害やらを第一に想定して考えているが、ジルユードは王国内での騒乱の兆しをすでに見ていて危機感を募らせているようだ。

 そもそもあいつが俺のところに強引に嫁入りしにきたことだってそれが原因だ。ランバーという刺客がやってきたのも完全に無関係ということはないだろう。


「そういえばジルユードの方はどうなんだ? 少しは上達したか?」


 ふと気になって聞いてみた。

 俺の見えるところではやらないようにしているようだが、ジルユードも度々時間をとって武術の鍛錬に励んでいることぐらいは気が付いていた。グラムスさんがたまに指導していることもだ。


「筋は悪かねえ。もうちょい筋力が欲しいところだがよ、まあ女にそれを言ってもな」


「女の中にも凄いのがいるけどな」


 戦場の主役は男だがわずかにだが女兵士も混じっていた。中には男勝りの体格の女も何人かいたものだ。というか、1人とびっきりの奴を知っているんだよな。


「お嬢様はよ、基本はできてっから今は汚さを教え込んでるところだ。苦労はしてるがなかなかがんばってんぜ」


「そうか」


 訓練と実戦の一番の違いは勝敗条件にある。命のやりとりが基本になる実戦においては相手は参ったなんかしてくれないし審判が試合を止めてくれることもない。躊躇わずに殺せるかが一つの要点となるが、これに関しては恐らくあいつは問題ないだろう。


 グラムスさんの言っている汚さというのは、命がけだからこその死に物狂いの行動全般を指す。

 誰だって死にたくないからな。なんだってしてくるぞ。剣術の訓練じゃ絶対にありえないような行動のオンパレードだ。

 やる方だってだいたいはいちいち訓練してそんな行動をやる訳じゃない。その場でできることを思いつきで必死でやる。だからその全てを想定しておくなんていうのは不可能で、これはもう慣れるしかない。

 俺がマカンに一番重点的に教え込んでいるのが、そういった時にいかに反射的に適格に動けるかという状況対応力だ。

 グラムスさんもジルユードにはそういう面の訓練がいると感じたようだな。


「まああいつは俺の指導なんざ死んでも御免だろうから元から手を出す気はなかったが、グラムスさんが良ければ引き続きよろしく頼むよ。死なれると困るんだ。自分の身ぐらい守れるようにしてやってくれ」


「……お前らの関係、やっぱ良くわかんねえんだよなあ」


 さすがに俺とジルユードとの間にあったことは吹聴されちゃ困る。悪いが詮索はしないでほしい。


「ああところでよビィビィ」


「なんだ?」


「確かお前、勇者様とは知り合いだったんだよな?」


「……一応、な」


「一緒に鍛錬したりとか、模擬戦とかしたのか? なんかしらんが、俺は会ったこともねえってのに勇者様相手に勝負して一本とったとかいう噂が流れてんだよな。ひょっとしたらそりゃビィビィの事なんじゃねえかって思ってたんだがよ」


「ないない。勇者の鍛錬とかも遠目で見たことがあるぐらいだ」


「試しに勝負してみたいとか思わなかったのかよ? 最強の戦士の実力、俺ならどんなもんか実際に受けてみたいがよ」


「思わないな。というかな、勇者の奴は力加減ってものが全然できなかったんだ。危険すぎて模擬戦なんかできゃしねえ。やれば間違いなく殺される。実際最初に教官役を賜った騎士が原型を留めない肉塊にされたらしい」


「マジか……」


 勇者の持つ魔力は尋常じゃなかった。マカンの魔力だって人間基準で見ればありえないほど膨大だが、勇者はそれよりも遥かに巨大な魔力を持っていたようだ。そしてその魔力を持て余していた。

 まったく何の制御もできないということではなかったらしいんだが、力を籠めるとなると1か100かの2択しかないみたいな感じで、普段が普通の人間並みとすると、戦闘モードに意識を切り替えるととんでもない力が出てきてしまう。それはどんな理由があろうと人間が立ち向かって無事でいられる力じゃなかったんだ。

 敵わなかったとはいえ、勇者相手に少しは勝負が成立していた魔王も大概だな。


 そんなんだから勇者の近くにいるだけでうっかり殺されかねないという認識が広まって色んな人間の腰が引けた。それで庶民に過ぎない俺が城に呼ばれて世話役が回ってきたんだ。

 あれこれ煽てられたが、ようするに貴人に被害が出ないように勇者の軽挙妄動を戒めつつ気分よく戦場に出てくれるようになんとかしろみたいな話だった。

 勇者が癇癪起こせば奴にその気がなくても死にかねない仕事だぞ。ふざけんな。


 まあたぶんクロインセ侯爵の意向も入っていた気がしている。ジルユードの件は表沙汰にしないことで手打ちになったが、これで俺が死ねば報復もできて儲けものと考えていたんじゃないかと思う。


「俺たちみたいにガツンと当てたりせずに寸止めだけでもダメなのか?」


「勇者は戦闘技術はてんでド素人だったんだぜ。寸止めなんてできゃしないよ」


「は? 魔王すら倒した最強の戦士がド素人? ありえるのか?」


「不思議な話だよなあ」


 グラムスさんの疑問は尤もだと思う。異世界から超常の力を持った戦士を召喚するのが『勇者召喚』だ。戦闘経験ゼロの優男が召喚されたなんて普通は思わないだろう。

 ただ実のところ『勇者召喚』ってのは別に異世界で活躍していた超人を召喚する魔術じゃなかったんだ。召喚相手を召喚の過程に無理やり強化する術式が組まれており、ようするに異世界人なら対象は誰でも良いってことになる。

 聞けば勇者の野郎の生国では長年戦争も無く、たんなる一般人が戦闘訓練なんて受ける機会はほぼ無いような世界らしいじゃないか。魔物もいないし、恐ろしい獣に遭遇するような危険も注意してればほとんど無いとさ。信じられないよな。


「なんか勇者観変わるなあ」


「変わりまくりだろ」


 当時の苦労を思い出して苦笑した。

 セイジロウを見ていても思うが、俺たちとは異なる価値観が当たり前の環境で育ってきた奴の言動や思想はとにかくズレていて面倒で仕方ない。セイジロウは立場が弱いからまだ弁えてくれているが、それでもトラブルを起こす前に殺すべきかと考えたこともある。勇者はこっちが下手に出なきゃならんもんだから余計にひどかったししんどかった。

 勇者に強く優しく格好良い良識の塊のような理想の英雄像を抱いてる奴はとっとと捨てろと言ってやりたい。


 もっとも、あの変事があったせいで今は誰がどんな勇者像を抱いているかなんて知れたもんじゃないが。

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