お薬用意しておきますね~
◇
その場の罠を再設置し、それで今日の作業は終えることにした。村の近くとはいえシスティを1人で帰すとまた別の罠にかかりかねない。どのみちここらで切り上げるかと思っていたので一緒に連れ帰る。
「で、なんで1人で森に入ったんだ? 危ないから勝手に森には入るなと言っておいただろうが」
「……ちょっとだけこの時期に生える薬草が欲しかったんス。まさかあんなところに罠があるなんて思わなかったっス……」
「そう思いそうなところに仕掛けているからな。だから危ないってわざわざ忠告しているんだ。改めて言っておくが、俺やブレが仕掛けた罠を素人が回避するのは不可能に近いからな?」
たまに妙に勘の鋭い奴もいるから絶対とは言わないが、これでもそれなりにたいしたものだという自負はある。
「あうちっ」
マカンが何度も引っかかるのは俺やブレがすごいからだと思う方が精神衛生上良いんだよ。
「で、目的の薬草は手に入ったのか?」
「そう珍しい物じゃないんでバッチリっス」
「そうか。しかし次からは事前に言え。こうやって罠にかかって行方不明になられるのも迷惑だ。あと、薬草の類ならお前が採りにいかなくてもリールに言えば手に入るんじゃないのか?」
「いやあ、さすがに魔術的な薬の材料までリールさんが仕入れてるとは思わないスよね」
「そういうことならわからないでもないが。どういう薬なんだ?」
「一種の増強剤みたいなものの筈っス。エイフンの記憶にある薬の中で作れそうなのを作ろうと思ったんス。だから自分も実際に作るのは今回が初めてなんで、効果の程は使ってみないとわからないんスよね。あそうだ、できあがったらビィさん試しに飲んでくれないっスか?」
「……大丈夫なのかそれ? 妙な物を飲まされるのは困る」
「エイフンはずいぶんこの薬の製法は真剣に調べていたんで大丈夫だと思うっス。当人は使おう使おうと思いながらけっきょく生涯一度も使わなかったんスけどね」
「…………増強剤なんだよな?」
「増強剤みたいなものっス」
「嘘偽りなくもっと詳しく効能を言ってみろ。どうもお前が何か隠している気がしてならない」
「疑り深いっスねえ。その薬を飲んだらシスティちゃん大好きって気持ちが増強されて押し倒したくなるだけっスよ。疑うなら試してみればいいじゃないっスか」
「惚れ薬じゃねえか!」
エイフンの件から嫌な予感がしたと思えばこれかよ。
「ほれぐすり……?」
マカン、お前は知らなくて良い。
「いやいや、それがそうじゃないんスよ。あくまで好きって気持ちを増強するだけなんス。だからぶっちゃけ自分のこと嫌ってる相手に飲ませても効果ないんス。まあビィさんは隠してるけど自分のこと憎からず思ってくれてるんで、これで一気に既成事実達成間違いなしっス。これでみんなハッピーになれるっス!」
「ああなんだ、つまりそれを飲んで平気だったら、俺はお前のことを好きでもなんでもないという証明になるということか?」
「うわ真顔で言われたっス! ……ふふ。エイフンはその事実を突き付けられるのが怖くて結局誰にも飲ませられなかったんスよね……」
とことん悲しい奴だなエイフン。ダンクルマンの師匠で魔術士としてはひとかどの人物らしいが、どうもぜんぜん尊敬できる気がしない。
「じゃあビィさんは飲んでくれるってことで良いんスね? そういう事っスよね? 自分のこと好きでもなんでもないんなら飲んでも効果なんて出ない筈ですもんね。もしこれで薬の効果が怖いとか言い出したら自分のこと好きだって認めたってことで、それすなわちビィさんは自分に結婚を申し込んだも同然だと受け取るっス!」
「普通にそんな得体の知れない薬なんか飲みたくねえよ。試しに誰かに飲ませたいならセイジロウにでも飲ませてやれ」
「え? いやさすがに自分もセイジロウさんに襲われるのは勘弁してほしいんスけど。ビィさんってひょっとして寝取られ好き……?」
そんな趣味はない。
「ねとられ……?」
こいつにも変な言葉教えんな。
「ビィさん、そんな警戒することないっスよ。この薬自体は昔はお貴族様なんかにはとても需要があった由緒正しき薬らしいっス」
「……あまり良い話に思えんな。それで女を無理やり手籠めにしようってことじゃないのか?」
むしろますます良くない薬の疑惑が深まったぞ。
「いやいやだから好きでない相手には効果ないんですってば。貴族の間じゃ政略結婚ってよくあるじゃないっスか。下手するとわりと義務的な夫婦関係になりかねないと思うんスけど、薬の効果で後押しするとその後もうまくいくケースがそこそこあったらしいんス。一時でも燃え上がると前向きになれるってことだと思うっス」
「しかし元々好意がなきゃ意味がないんだろう?」
「だからある程度の準備期間みたいなものは必要っスね。でもまあ政略結婚だろうとお互い家のために夫婦としてやっていこうという意思があるんであれば、最初のハードルはそこまで高くないんじゃないかと思うんス」
「そんなもんかね」
いまいち想像がつきにくいな。
俺はジルユードとの結婚が決まっている身だし、パートナーとして協力していかなければいけないこともわかっている。ただお互いに譲れない部分では引くことはできない。たぶんこれから何度も対立したりぶつかっていくことになるんだろう。場合によっては命のやりとりに発展する可能性もあると考えている。
そんなジルユードとの間に好意が生まれて夫婦として尊重しあえるようになるなんてありえるか?
……やはり想像できんな。
「そういう訳で実は由緒正しい薬だということがわかったところで完成のあかつきにはぜひぐいっと飲んで下さいっス」
「断る」
「…………ヘタレっスね」
「……へたれ?」
だからマカンに変な言葉教えんな。
「誰が好き好んで飲むかって言ってんだよ。というかそんな妙な薬、勝手に誰かに飲ませるんじゃないぞ? その薬のせいで妙なトラブルがおきてみろ、お前の責任を徹底的に追及してやるからな」
釘を刺しておかないと絶対何か問題おこすのが目に見えている。それでもトラブルをおこしたらどうしてくれようか。
「そこまで言われたらしょうがないっス。その時には裸に剥かれてビィさんにこの柔肌を好き放題蹂躙されても文句言わないっス!」
「…………」
もうなんて言うかこいつと真面目に話をし続けるのが馬鹿らしくなって、それから適当にシスティをあしらった。
ただ、そもそもなぜその薬を作ろうとしたのかを聞きそびれていたことに後日気が付いた。いや俺かジルユードにでも飲ませるつもりだったんだろうと勝手に納得していたんだ。
しかし実はこの薬はアルマリスの奴がシスティに発注依頼をかけたのが発端だったということも後日知ることになった。
システィに薬の無断使用を禁じた手前、依頼者を知ってしまえばそいつから用途を聞かざるをえない。ジルユードの前で暴露すると不味いことになりそうな気がしたため、ある時アルマリスだけを呼び出して問い質した。
「お知りになられましたか。システィ様にはビィ様には知られないようにと御頼みしたのですが」
「どういうつもりだ?」
少し強めの語気での詰問になったがアルマリスは顔色一つ変えることなく凛とした佇まいのまま答えた。
「ジル様とビィ様が御結婚なされたら機会を窺って一服もらせていただこうと画策しておりました」
「……なんのために?」
「もちろん円満な夫婦生活のためにでございます。できれば数人は御子を、できれば後継ぎとなる男子を産まなければならないとジル様が考えられている以上、少しでもその補助ができればと愚考いたしました」
「本気で愚考だぞ。この薬、好意がない相手には効果がないのを知らないのか?」
「私が見ますにジル様もビィ様もお互いに認め合えているところはある御様子。それも好意の一種であると考えれば、その薬の効能でいくばくかはジル様の心痛も和らぐのではないかと。ダメで元々と考えれば試す価値はございましょう?」
「…………」
「何か?」
「…………」
俺に抱かれるのが苦痛で仕方ないという前提なのがなあ。あいつとのこれまでの経緯が経緯だからそりゃ理解はできるんだが、男としては不本意な面もある。
「だからと言ってそんな怪しげな薬をよくも主人に飲ませようと思ったな。おかしなことになるとは思わなかったのか? 最悪忠義を疑われるぞ」
「怪しげな、と申されましても、この薬自体は古くから製法が伝わる類のもので、貴族の方々でも効能を頼られた方は少なくないと聞いております」
システィが言っていたことは嘘ではなかったということか。
「かの勇者にあてがわれた女性の皆様方にもこの薬が供されたそうにございますね。ビィ様は勇者と共にあることが多かったと聞いておりますが、御存じではありませんでしたか?」
「それは初耳だ」
勇者に女があてがわれたのは知っているが。皆平民ではなく立場ある貴族の見目麗しい令嬢たちだったが、けっきょく勇者が気に入ったのはそのうちの1人だけだったな。他の何人かとは寝所を共にすることもなかったと聞いている。
「そうでございますか。勇者の寵愛を受けるは過分な栄誉であると集められたとはいえ、相手はそれこそ得体の知れない異世界人です。救世主となられる方への敬愛の心を薬で増強することでお役目に向かったということでしょう」
……まあ、勇者を相手にするのに不安を抱える心境はわからないでもない。
異世界人ということは常識も何もかも違うかもしれない相手だ。さらにいえば体のつくりだって同じかどうか怪しい。夜伽の内容にしろ何を求められるかわからない。だというのに失礼なことをして勇者を怒らせるなどすれば、最悪の場合は殺されたり家が傾くかもしれんのだ。
そうか。そう考えればあの時集められた令嬢たちも色々覚悟を固めてあいつの周りに侍っていたんだな。
勇者をもてはやすだけの賑やかしだとうっとうしく思っていたが、見方を変えると印象も変わるものだ。
「とにかくそういった由緒ある薬ですので、ジル様がビィ様のお相手をするのに役にたてばとシスティ様に作成の依頼をしたのです」
「いや待った。それだと俺に飲ませる必要はないだろう?」
「ビィ様がジル様を前にして逸物を勃たせられないなどという失礼なことがないよう念を入れておこうと」
「おい!?」
「申し訳ございません。ビィ様は特殊な性癖をお持ちのようですので、どうしてもそのような御姿を想像してしまうのです。巨乳好きはともかく強姦するのがお好きでございましょう? そしてそれを良識が邪魔をして普段表に出さないように努めていらっしゃいます。それ自体は良いことかと思われますが、だからといって行為を無理強いできない相手には興奮しないと申されましてはこちらとしても対応が限られるのです」
「俺にそんな性癖はな――」
「それこそよくも抜け抜けと申されます。無自覚に鬱屈としたものを溜められる方がジル様が迷惑いたしますので、できれば御自身の性癖と真正面から向き合っていただきとうございます。その上でジル様以外の女性で発散されますようにお願い申し上げます」
こいつは……。
ジルユードとの以前の行為が俺にとっての弱みであるとは思っていないが、掘り返されるだけならともかくえぐられて痛くない訳じゃないんだ。
くそっ。
主従そろって嫌になるぜ。
「そのような目でこちらを見るということはもしや私を御所望でございますか? ビィ様が望まれるのであれば嫌とは申しませんが」
……止めろって。言いながら頬を染めでもしてくれるならともかく、そうも冷ややかに言われれば逆にゾクリと冷や汗が流れそうな寒気を感じる。美人だが妙に迫力あるからなこいつ。
思わず顔をしかめつつ目を逸らした。
結局薬のことも咎めることができなかったし、なんだか負けた気分になってしまった。
改めて思うが、こいつは苦手だ。




