ビィグループ、到着
◇
「いいっスよ」
システィの返答は簡潔だった。
だが俺は逆に腑に落ちなかった。
そもそもなんで俺はこの女を誘ったのだ。
結局のところ組分けは俺とブレにシスティ組、そしてマカンに父さんにセイジロウ組という感じになった。おかしい。そもそもこういう風になりそうだったからマカン組にお目付け役が欲しかったのに。システィなんて色物は逆に監視役が必要になってしまう。つまり俺だ。
「……そういえば聞いてなかったが、おまえカルタボって木を知ってるか?」
「知ってるっス」
知ってんのかよ! 不思議、というほどでもないが、本当になんであの時に聞いておかなかったのかと思ってしまった。まあ、頼りたくなかったからなんだが。
しかし知っていると言われてしまえば益々今更外す訳にもいかなくなった。
いや、
「じゃあカゼルマ病は? その特効薬を作れる木については知っているか?」
「それは聞いたことないっスね。さすがに一地方の風土病関連とかまでは詳しくないっス」
「……そうだよな」
地元の俺ですら覚えてなかったような知識だ。
駄目だろうと思いつつ一縷の望みを託して聞いてみたがやはり無意味だったか。もしこれについても知っているのならセイジロウに押し付けてやっても良かったのに。まあ心配は増えることになるだろうが。
『準備できたかい?』
「ああ」
村の広場で集まっての最終確認だ。
荷物に不備はないが不安は大きい。
「セイジロウ。とにかくおまえが目的の木を見つけられるかどうかが全てだ。わかってるな?」
「わかっとるけど、自信ないで……。ワイの見た木がホンマに薬になる木やって保証もないんやし」
「それはそうだが、おまえの記憶にかかってるのは確かだ。それにもし見つけることができたらおまえの功績は大きい。それには必ず報いてやる」
「ビィさん……っ。ワイがんばるわ」
『その意気だよセイジロウ君。私も一応はその木を生前に見てる筈なんだよね。君が見つけてくれた木が正しいかどうかの判断はつくかもしれないし、気楽にいこう」
村の命運がかかってるので気楽にやられるのもどうかと思うが、気負ったところで何も変わらないかもしれないので下手に重圧を感じるよりましだと思うことにしよう。
「マカン。しっかりやれよ?」
「……なにを?」
マカンが眉をしかめている。
うーん、この子は目的がよくわかっていないのか。いや、そもそもなぜそっちの組に入れられているのかがわかっていないというべきか。
「おまえの仕事はセイジロウの護衛だ。さっきも言ったが今回はこいつの記憶が頼りなんだ。もし襲ってくる獣がいたら遠慮なく蹴散らせ」
比較的危険が少ないと予想してはいるが絶対じゃない。そして重要度で言えば俺たちの組よりも高い。カルタボの入手よりも特効薬の入手の方が優先度は高いからだ。
それに住人の目もある。魔物という扱いになっているセイジロウと父さんだけに村の命運を握る薬の調達を任せるというのは無責任だろう。飼い主のマカンには責任者となってもらわなければならない。
だが同時にこれはセイジロウだけでなくマカンにも功績を積ませることにつながる。今後マカンに関わるトラブルがいくつも起こると俺は予想していた。なにせ魔王になってもらわなければならないのだから、むしろ起こすつもりだ。その時に村の住人たちに前向きに協力させるためにもマカンがただのおバカな子供ではないという実績を積ませておくべきだと思っていた。
「いいか、もしもの時は父さんは囮にしたり見捨ててもいいから、おまえはセイジロウを守り抜け。そして必ず薬となる木を見つけさせろ」
『ひどくない?』
「おけ」
『ひどい……』
ひどくねえよ。どうせ肉なんかないんだから獣に食われることはないだろう。何かあったとしてもそう簡単に死ぬとは思えないから言っているんだ。すでに死んでるけどさ。
「よし。……………………じゃあ、いくか」
不安はある。あるがいつまでも立ち止まっていられるほど時間に余裕はないかもしれない。
俺たちは2つのグループに分かれてそれぞれ目的となる木の元に向けて出発した。
◇
カルタボがあるらしき場所に向かう道中システィがうるさい。
「ビィさん、今日は野外でお泊りっスか? 自分寒いの苦手なんでビィさんに暖めて欲しいっス」
泊まる予定はない。日帰りだ。多少暗くなったとしてもよっぽどのことがなければ強行軍で村に帰る予定だ。というかその時に役に立ちそうなのがシスティの魔術と使い魔の猫なんだが。
「楽しみっスね。きっと途中で吹雪いたりして道がわかんなくなるんス。そこでビィさんは自分の手を引っ張ってなんとか洞窟の中に逃げ込むんス。そしてガタガタ震える自分をビィさんが無理やり裸に剥いて抱きしめてくれるんスね。お互い無事に村に戻れるのか不安になりながらもドキドキしながら裸で一晩過ごす訳っスよ。これで何も起こらないとかありえないっス! 自分いつでもOKっス! とりあえず既成事実から始めましょうっス!」
「うるさい黙れ。いい天気なんだから吹雪どころか雪も降らねえよ」
なんでこいつはこんなに妄想たくましいんだ。というかブレだって一緒にいるのに完全に排斥する予定を立てるんじゃねえよ。さっきからあいつ完全に無言だぞ。もともと隠密行動が得意なだけあって外では比較的寡黙な方だが、さっきから奴の視線が痛いんだよ。
「フン……」
そしてちょこちょこと先行したり後ろに回ったりと周辺をぐるぐるしている白猫がたまにこちらに視線を向けてくる。なんだか知らんが、システィの使い魔の猫の視線も妙に突き刺さるというか馬鹿にされているというか見下されているように感じるのは気の所為か?
「ああ、シロさんが見下してるのは自分なんで気にしないで欲しいっス」
「…………」
それはそれでなんて返していいのかわからんだろうが。
「ビィさん……」
「ああ。システィ、静かにしていろ」
「え、こんなところで押し倒される展っ――(モガモガ)」
騒がしいシスティの口を強引に手で抑えて黙らせたがなんだか嬉しそうでうっとうしい……というか掌を舐めんじゃねえよ!
俺はシスティの体を空いている手で頭を抑えて力づくでしゃがませ、自分の体も低い態勢にしてブレに視線を向けた。
「なんかヤバい感じがする」
「……いるな、けっこうな奴が」
カルタボまではあと少しの距離だという。ならばそろそろ例の赤角がいる群れと遭遇してもおかしくない。こちらに気がついて遠のいてくれるのが楽なのだが、どうもそう簡単にはいかないようだ。
「いや、しかし……赤角じゃねえだろこれ?」
俺が実際に何を感じているのか、というのに関しては説明が難しい。
一言で言い表すなら気配とかになるんだが、魔力がどうとかではなくどちらかというと空気の匂いみたいなものかもしれないし、長年の経験で培った何かが反応しているようでもある。自分でもよくわからないが、確かにこの向かう先に何かがいるということがわかるのだ。
そしてその感覚は俺よりもブレの方が鋭い。
こいつが危険を感じるレベルの敵というのは珍しい訳ではないが、ブレの様子を見るにもし一人だったら相手の確認もせずに逃げ帰る判断を下すぐらいの何かがいるようだ。
もし件の赤角だったらこうまでブレは緊張しない筈だ。なにせ一度は相手を視認していて脅威度を測っている。それに鹿の群れがいるのならもっと複数の気配を感じなければおかしいし、この気配の主はいやに好戦的に思えた。
「(モガモガ)っ」
システィが何か言おうとしている。
こいつも俺たちの様子に無駄口たたいてる場合じゃないことを察したようなので手を離して口も自由にさせた。
「カルタボは生命力豊かな木で、それに惹かれていろんな動物や昆虫が集まってくる傾向にあるっス。……で、時折とんでもないのまで引き寄せることがあるらしいっス」
「とんでもないもの?」
「捕食側の獣とかそんなのは珍しくないんスけど、魔物も引き寄せられちゃうんスよ」
「……肉食の魔物か。当たってるかもな」
魔物の生体は普通の生物に比べるとかなり特殊なんだが、比較的草食が多い。これは戦時中に集団で使役するなら草食の方が扱いやすかったとかそういう理由もあると思う。肉食系の魔物は他の魔物を襲うこともあるからだ。だから俺が今まで戦闘経験のある魔物の大半も草食だった。
しかし肉食系とやりあったことは皆無ではない。その時の経験を踏まえていえば、肉食の魔物は総じて凶暴で強い。ほぼ単独で現れてくれるからまだマシだが、複数とは同時にやりあいたくないものだ。だからこそ奴らの毛皮は良い獣避けにもなった。
「引き返す……って訳にはいかないんだよね?」
ブレが恐る恐る尋ねてくるが、当然ながらここまで来て引き返すつもりはない。たいていの魔物には勝てる自信があるし、なにより目的の木がそこにある確証が高まったのだ。
「とりあえずなるべく気配を殺して近づこう。先に発見できれば先制して攻撃できる。本当にやばくなったらおまえはシスティ連れて逃げろ。それくらいの時間は稼いでやる」
そもそもここは村からそれなりに離れた距離とはいえ、それでも村まで1日かけずにこれてしまう距離だ。そんな場所に凶悪な魔物に居座られたままでいて良い筈がない。討伐は後日に伸ばしてもかまわないが、せめてどんな奴がいるのかぐらいの確認はしておきたかった。
「システィ、使い魔の猫が先行しないように気をつけろ。……行くぞ」
2人が神妙な表情で頷くのを確認してから俺は慎重に歩を進めた。
鼻に入ってくる空気の中にはある意味嗅ぎなれた匂いが強くまざるようになってきていた。
血だ。血の匂いだ。
できるだけ風下から進むようにしているのだが、だからこそ濃密な血の匂いに若干酒に酔ったような酩酊感を感じた。まるで戦場にいるかのような感覚だった。
「いるっス。強い魔力の塊が見えるっス」
「種族とかは?」
「自分、魔物と遭遇したことがほとんど無いんで見分けつかないっス。シロさんも嗅いだこと無い匂いだとしかわかってくれないっス」
「ブレ、おまえはどうだ?」
「……なんとか逃げずにすんでるぜ」
「そうか」
ブレが逃げ出したら本当に危険な証拠だが、そうでないなら俺で対処できる敵だとこいつの直感が告げているんだろう。
ならば進むのみだ。
木々の間を抜け、やがて俺たちの眼前には広めの空間が目に入った。その中心に近づくにつれ雑草すら少なくなっている。だが中心には大きな木が鎮座していた。
その木は高さでいえば他の木よりもそう違いはないが、横に大きく広がっていて巨大な傘のような形状の木だった。
「でかいっスね。巨大なカルタボっス」
やはりあれがカルタボか。とても生命力の強い木だと聞く。周辺の土から雑草よりも強引に栄養を吸い取り付近の植物を枯らせて自身だけが大きく成長する木だ。人間が食するに向いてはいないが、その生命力に満ちた枝や葉は多くの草食動物にとっては良いご馳走らしい。
「で、奴か」
だからこそ肉食獣にとっても良い狩場となる。
それは魔物にとっても同じだ。
それは虎のような魔物だった。だがその首は2つに分かれており、2つの頭部がついている普通の動物にはありえない姿をしていた。その2つの頭部がそれぞれ眼前の獲物、おそらく鹿の体を貪っている。周囲にはその他にも何体かの獣の骨と血が散乱しておりその食欲の旺盛さを示していた。
一見すると隙だらけに見えるが、実は異様に長い尻尾の先は棘のように尖っており、さらに小さな目がついていて後方や周囲を常に警戒しているのだ。
「二虎か」
「最悪……」
ブレがそう言いたくなるのもわかる。魔物の中でも特に厄介な部類だ。
単純に強いというのもあるが、とにかく大食らいなのだ。
獣は自分が食べる分しか狩りをしないが、こいつは小動物にはさして興味を惹かれないがそれなりのサイズの生物ならば目に入っただけ襲いかかって捕食しようとする。その量には際限がなく、とにかく獲物を殺せるだけ殺してそれから食事に入るのだ。
こいつ一匹に数十人の兵士が一度に殺された報告もあった。もしこいつが村にやってきたら大惨事になりかねない。
つまり、
「ここで遭遇できたのは運が良いってことだな」
ここで狩ってしまえば良いだけだ。
俺の口元には眼前の魔物に劣らぬ獰猛な笑みが浮かんでいた。




