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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
74/108

マカングループ、遭遇

◇◇◇◇◇◇



  ◇


「……ほんでな、ワイはその時そいつにこう言うたんや。男なら、やると決めたらとことんやらなアカン! おまえは今、ようやっと一歩踏み出した。ここで止まってどうすんねん!? ってな」


『おお、なかなか熱いね。君にもそういう情熱があるんだね』


「パパさん、ワイかて本気で打ち込むべきもんには熱くなんねんで。そいつにもそれが伝わったみたいでな。涙流してワイの言う通りや言うてくれた」


『青春だねえ……』


「せや。ええ日々やったわ」


『それで彼は羞恥心を振り切って行動できたんだね?』


「もちろんや! それからワイと一緒に人気アイドル河童サトコちゃんのライブではっちゃけまくったわ! 一緒にサトコちゃんの等身大抱き枕に応募したりもしてな! まあ、なんややりすぎたみたいで出禁くらったりもしたけど楽しかったわぁ。青春ってホンマええもんやね」


「げせぬ」


 セイジロウの語る内容にはこの世界の人間には理解できない単語がいくつも含まれることがある。内容を雰囲気で想像できないマカンにはついていけないことも珍しくなかった。


『ところで道は合っているのかい?』


 セイジロウの記憶を辿って目的の木のある場所に向かっている道中、今のところは特に何事もなく進んでいた。

 どうにもセイジロウは日頃そうとうなストレスが溜まっているのか、久しぶりに誰はばかることなく会話を楽しんでいたが、それでも今やるべきことを忘れていたわけではない。


「大丈夫や。川沿いに移動しとったからな。ここら辺はまだなんとなく覚えとるわ」


 マカンと初めて会った地点はとうに過ぎているが、それ以前にセイジロウは川沿いにかなりの距離を進んでいた覚えがあった。

 川沿いに動くというのは山などではあまり推奨されない動き方ではある。地形の起伏が激しい場合は突如崖になったりするからだ。さらに水地というのは獣を引き寄せるので、どうしても危険な生物に遭遇する危険も高まるからである。

 しかしセイジロウの故郷の近辺は危険な動物がほとんど絶滅しているような状況だったし、ここは山ではなく起伏の緩い森の中だ。当時の彼はとにかくそういった危機感をもつことなくなんとなく川沿いに移動していたにすぎない。

 それでも今まで見たことのない植生に興味と不安をかきたてられていたため、当時の記憶は未だに鮮明な残り方をしていた。


「あれからもう半年ぐらいなんねんなあ。あん時はまさか家に帰れんようになるとは思わへんかったわ……」


『そういうのって辛いよねえ。私もまさか魔物に襲われて死んでしまうなんてその時になるまで思いもしなかったよ』


「マカンもまおうになるとおもってなかった」


「まだなってへんけどな。でもマカンちゃんがなんで魔王目指すことになったんかめっちゃ興味あるわ」


「ビィせんせにそそのかされた」


「そうなん!?」


「その辺はいつか詳しく聞きたいねえ」


 こんな感じで度々脱線しながらであったが、三人は順調に歩を進めていた。


「ああ、川沿いに歩いとったのってたぶんここら辺までやわ。あそこでちょいと水飲んだ気がするし……やから、ワイあっちの方から向かってきた筈やな」


 セイジロウが指差した先が次の進行方向だ。森の中でも比較的木々が少なく草の背も低いのは獣の通り道にもなっているからだろう。歩きやすそうな環境だからこそセイジロウも道に迷った時にここを通ったのだ。


「なんかいる」


 そしてその方向にマカンは気になる魔力が見えた。複数の獣か何かが固まっているのか、それなりに大きな魔力だ。


「マカンちゃん、それ危ないやつ?」


「まりょくあれてる。あぶねかも」


 生物が発している魔力は精神の影響を強く受ける。その魔力に荒ぶりが見えるなら興奮状態であったりすることが多いのだ。そういう時は本来なら大人しい動物であっても襲ってくるようなこともあるので注意がいることをマカンは知っていた。


『ちょうど進行方向みたいだね。私が見てこようか?』


 そう言ってマカンを見た。3人の中ではもっとも幼いマカンであるが、名目上この一行の代表はマカンだ。さらにマカンはこれから様々なことを学び賢く強くなることが求められている。何を考えどういう判断を下すのか、そういう思考を鍛えるために実際に指示を下す立場につくのは必要なことだ。


「マカンがみてくる」


 ちなみにマカンの判断基準はあくまで興味が湧いたかどうかであった。



  ◇


 マカンは槍を構え腰を低くしソロリソロリと近づいていった。

 おっちょこちょいが目立つマカンであったが狩りなどの経験は歳不相応にこなしている。音を立てず気配を殺して動く術はビィに厳しく教育されていた。それができないと獣が狩れず肉が食えないのだからマカンの習熟度も上がるというものだ。


「にく」


 茂みが深いため視線を通すにはかなり近寄る必要があったが、マカンは相手に気づかれることなく接近に成功した。

 マカンの眼前には一匹の鹿がいた。つまりこの気配の主は鹿の群れだ。他にも何匹か近くにいるのだろう。

 その鹿はしきりに周囲を警戒しているようであった。


「げとおおおおっ!」


 が、マカンは何も考えることなく本能的に鹿に襲いかかっていた。ここしばらくあまりうまい肉を食べていないのだ。この機を逃す訳にはいかぬとばかりに一息で鹿に飛びかかりながら槍を鹿の頭部に突き刺した。頭部を突き刺された鹿はその場で横倒しに倒れ、しばらくピクピクと痙攣していたがすぐにその動きは止まり絶命した。

 動物は本能的に顔に何かが向かってくればそれを避けようとする。野生の獣となればその感覚も鋭く、顔面を一突きにするというのはそう簡単なことではない。腹部の臓器を傷つけると肉が汚染されるからとはいえ、それを成し得たのはマカンの技量の高さを表してもいた。


 そのマカンの周辺では一斉に他の鹿だろう気配が遠のいていく音がしたが、マカンは気にしなかった。とりあえず1匹確保できれば十分だし、2匹仕留めたところで村まで持ち帰るのも大変だからだ。


 さて血を抜くかとマカンは作業に入った。槍を引き抜き、吹き出す血を気にすることなく近くの木に鹿をもたれかけさせる。この時頭部を下にした状態にしようと何度か悪戦苦闘した。丈夫な縄でも持っていれば後ろ脚を縛って釣り上げるという手段をとるのだが、あいにくそういう準備はしていなかったのだ。


 なんとか良いポジションになったかなと思い、マカンが鹿の首を切ろうと短剣を取り出そうとしたその時、


『マカンちゃん危ない!』


「う?」


 ――大きな獣がマカンに襲いかかった。




 気を抜いていたつもりはないがその実油断しまくりだった。


 久しぶりに新鮮な肉が腹いっぱいに食えるという期待でマカンの注意力は散漫になっていたのだ。ビィが見ていたら後で正座させられて厳しい説教を受けることになっただろう。

 しかしマカンは腐ってもビィの弟子だった。

 一瞬前に危険を知らせる声が届いたこともあり、何かが突進してくる方向を察すると咄嗟に横っ飛びでそれを避けた。その瞬間、先程までマカンがいた場所を重量感あふれる四足獣が脚を振り下ろす。マカンを踏み潰してやろうという明確な殺意のこもった攻撃に軽い地響きがした。


「……まもの」


 マカンは即座に起き上がると素早く距離をとり相手が何者であるのかに注視した。

 それは2本の反り返った赤い角を生やした馬だった。体格は普通の馬に比べてがっしりと肉付きが良く、見るからに分厚い体皮をもった大柄な馬だ。メイルズホースと呼ばれる魔物、その中でも特に強いと言われる赤角である。


「ビィせんせがいってたやつ?」


 マカンは相対して槍を構えた。

 赤角は強襲してきた先ほどとは違い、マカンとの距離を保ったまま動かずただ睨みつけてきている。しかしそれはこれ以上戦う意思がないということなどではなく、マカン同様に相手を観察して必勝を期すためのように見えた。その目には大きな怒りの炎と冷静に状況を分析している知性の煌めきがあった。


『マカンちゃん! 私が前に立つから援護してくれ! うひひひひっ』


 父ちゃんがその手に持つのは彼の家に伝わる宝剣だ。正式名称は不明だが見かけは血錆のついた人斬り包丁なので、それとセットになったスケルトンというのは少々ハマりすぎであった。剣を手にすれば気分が高揚しおかしな言葉が漏れ出てくるが、一応父ちゃんは冷静である。


 マカンが主武器とするのは槍だ。

 本来は森の中のような障害物が多いところでは使い勝手が悪くなりかねない武器だが、幼いゆえにリーチの短いマカンにとってはむしろこれぐらいで丁度よい。そしてこの槍を扱うのであれば、前衛として父ちゃんが立って後ろからマカンが援護するというのが理想的に思えた。


「あわわわわっ。なにあれ、デカ! あんなん勝てんの? 逃げた方が良くない? パパさん、マカンちゃん、危険やって!」


 しかしマカンはその提案に乗らなかった。

 声がした父ちゃんとセイジロウの方に目は向けずに意識だけわずかに向けて声を上げる。


「ビィせんせがいってた。うまーはマカンのえもの! とうちゃはおっちゃんをまもる!」


『マカンちゃん……』


 任せていいのか父ちゃんは悩んだ。マカンがそこらの大人顔負けの腕を持っている事は知っている。しかしあまりにも魔物とは体格が違い過ぎどうしても不安が拭えなかったからだ。

 だがセイジロウをほったらかして赤角に彼を狙われてもまずいのは確かであり、さらにいえば次代の魔王ならばこれぐらいの障害は乗り越えられなければならない、乗り越えられる筈だという期待もあった。


 つまり、


『ここであれを倒せば私が魔王になるのに一歩近づく……?』


 とか妙なことも考えたりしたが、一応は保護者的な温かい目線でマカンを見守ることにした父ちゃんだった。

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