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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
71/108

母ちゃんは知っていた

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 深夜ラビオラの容態に気がついたのは、女性用の家の中の雑魚寝部屋で隣で寝ていたレレンだった。

 治安の悪い王都のスラムでの生活が長かったこともあり、就寝中も僅かな物音などで目が覚める習性が身についていたからだ。

 レレンは隣で寝ているラビオラから荒い呼吸が聞こえてきたことで目覚め、その様子が普通でないことに気がつき周囲の者を起こしだした。


 ラビオラの容態は見た目上では熱が上がったり下がったりするという不可思議な状態だった。熱でひどい寝汗をかいたかと思うと怖くなるぐらいに体が冷えていくのだ。本人の意識がないため他にどのような自覚症状がでているのか不明であるが、これだけでも明らかに尋常ではない。


「あんなおかしな魔物が作った野菜を食べたからよ!」


 と誰かが言い出したのはタイミング的には致し方ないだろう。

 ラビオラがエンゾキュウリに毒性があるのかどうかの人体実験に立候補し、昼間に半玉ほどのキュウリを食べたことはみな知っていたからだ。


「だったらあたしたちだってどうなることか……」


 すでにこの村の全員がエンゾキュウリ自体は口にしていたのだからその不安も当然である。量も少量だったし、ビィやジルユードといった彼女らの主人たちが自ら食べてみせて少量なら問題がないことを確認していると言ったからこそだったが、こうして体調を崩す者が現れてしまえば不安は否応なく高まってしまう。


「落ち着いて下さい。原因はまだ断定できません」


 そんな中で率先してラビオラの看病に乗り出したのは薬師として幾人もの病人や怪我人と相対してきたリールだった。


「食べ物が原因じゃなくて人に伝染る病気にかかってしまった可能性も低くありません。まずは皆さん、慌てず男性用の家に移動して事態を知らせて来て下さい。ラビオラさんの看病はあたしと……レレンでしますから。レレン、お願いね?」


「わかりました姉さん」


 感染を危惧する以上は本来なら自分一人で看病したいところだったが、目の不自由な彼女ではできないことがあまりにも多い。だから苦渋の決断としてレレンにも手伝わせることにしたのだ。

 レレンも頼られれば否もない。


 他の女性たちも伝染る病気かもしれないといわれればいつまでももたもたしていられなかった。ここが広い家であるのなら別の部屋に隔離するというのも有りなのだが、この家の中にはたいした部屋数がなく、雑魚寝部屋以外ではジルユードの個室と物置部屋があるぐらいだ。ゆえに他の者が出ていくしかなかった。



  ◇


「それで姉さん、ラビオラさんの症状はどうみますか?」


「わかんない。熱が出っぱなしなら風邪かなって思うところだけど、熱が引いて冷たくなっちゃうのって普通じゃない」


「……やはりあのキュウリが原因なのでしょうか?」


「あたしはそれは違うと思う。思うけど……」


 その可能性がないとまでは言えないのも事実だった。しかしリールとしてはそうであっては欲しくないと願っていた。

 量を摂取すれば中毒などの危険があるかもしれない、ということは予め予想されていたし、それを承知で生贄に名乗り出たのがラビオラだ。だからもしこれでラビオラに万が一の事態が起きたとしてもそれはジルユートたちの失策とは言えない。しかし株が落ちるのは避けられないだろう。

 そして今起きている不安や心配の気持ちはそのうち怒りへと変わるかもしれない。その矛先は当然ながらセイジロウに向けられることになる。

 立場の弱いセイジロウがその結果どういう処分を受けるのか。それを考えるとできればそんな事態にはなってほしくはないものだと思うのだ。


 リールは別にセイジロウに対して特別な気持ちがあるわけではない。

 よく知りもしない赤の他人である。

 目が不自由であるからこそ、セイジロウの特異な姿に対しても他の住人と違って忌避感を持っていたりはしないが、接点自体がほとんどないのでたいした興味を持っていないとも言える。だからある意味セイジロウ自身がどうなろうともそれほど苦痛に思うこともない。


 しかしリールはビィがセイジロウの後見人とも言うべき立場であることも理解していた。そしてビィがセイジロウの立場を改善すべく動いていることも知っていたし、エンゾキュウリやマヨネーズという調味料の製法が村にとって大きな利益を生むことをビィとジルユードが期待していることも知っていたのだ。今回の騒動はそれが吹っ飛んでしまいかねない危険性を孕んでおり、ビィの足を引っ張ることになってしまう。

 だからリールはラビオラの症状にはエンゾキュウリは関係ないであって欲しいと願うのである。


「ゴメンねレレン。本当に伝染病だったりしたらレレンも病気になっちゃうかもしれないのにお手伝いお願いしちゃって……」


「いいんですよ姉さん。それにそそっかしいルシーには任せられませんし」


 リールは次女のレレンを付き合わせたことを心苦しく思いはするものの、薬師としての本分を手助けしてもらう、つまりはリールの指示に迅速的確に動いてくれると確信を持てるのは妹たちをおいて他にいなかった。

 その上で末妹であるルシーの安全を第一に考えれば姉2人がこの場に残るのが最適だ。2人ともがそう思ったがゆえの現在だった。


「それでどうしますか? 何が必要ですか姉さん?」


「うん。ラビオラさんの症状は熱の上下に関しては手のうちようがないから、まずは体が冷えすぎないように汗を拭いて、それから水分をとらせる。体力勝負になりそうなら精のつく食事ができればいいんだけど……」


「食事は意識が戻らないと難しいですね」


「そうだね。水も本人が起きて自発的に飲んでくれるのが一番いいんだけど。とりあえずこの前のカルタボの葉を煎じたのがあったでしょ? あれを水に浸して一緒に飲ませてあげて。飲んでくれないようなら布に吸い込ませて口元に含ませると少しは飲んでくれると思う」


「わかりました」


 薬師は医者と違い病についてそこまでの知識は無い。この病の原因はこれだからこういう治療を、というような考え方ではなく、症状の一つ一つに対して効果のありそうな薬を使用する対症療法が基本となる。

 しかし例えば風邪の症状では熱を不用意に薬で下げない方が良いのだが、この国の薬師の判断としては熱を下げるのは当然の行為とされる。つまり逆に病状を長引かせてしまうことになってしまうこともありえた。

 また、一般に薬と言われてもその実強い毒性を併せ持つものも珍しくない。いわゆる副作用と呼ばれるものだが、これによっても症状が悪化したりすることもある。

 薬師はこういったリスクがあることをある程度は認識していた。

 認識した上で薬を飲ませ、そして無事治って欲しいと願うのだ。


 それはとても神経のすり減る仕事であると言える。




 いくらかの時間が経過し、窓から陽がさし始めた時家の戸が開かれた。


『リールちゃん、レレンちゃん、お手伝いに来たわよ』


 家に入ってきたのは1体のスケルトン。母ちゃんである。


『ゴメンね本当はもう少し早く来れたら良かったんだけど、夜中はオバケにあいそうでなかなか外に出れないのね』


「はあ……。いえあの、奥様? どうしてここに?」


『だから、お手伝いよ。ジルユードさんがね、私や夫だったら病気になる心配もないだろうから手を貸してやってくれって。さすがに女の園に夫を連れてくるのは気が引けたからおばさんだけだけど』


「ああ……」


「助かります、奥様」


『いいのよ。なんでも言ってちょうだい。おばさんでできることならがんばるから』


 そう言って母ちゃんは胸をはった。リールとしても非常に助かることは確かで少しだけ焦燥感が持ち直した。

 まだ病気の感染源というのがなんなのかについてはっきりとした答えを持っている者がいない時代であるが、病人の体に近づくほどに危険であるとは考えられていた。そういう意味で今もっとも危険を犯していたのは妹のレレンであったのだ。

 病気を感染される心配のないアンデッドであるのなら気兼ねなく身の回りの世話を任せられる。それは非常にありがたい申し出であった。


『それで患者さん、ラビオラさんの具合はどうなの?』


「はい。今の所意識がなく苦しそうに呼吸が荒く、熱が上がったり下がったりを繰り返すという症状が続いています。体力勝負になるかもしれないと思い、水分と体力を補う薬は飲ませましたが芳しくありません。せめて意識が戻ってくれれば……」


『ああ、カゼルマ病ね。大人になってからこんなに重い症状がでるなんて、ひょっとして今までラビオラさんはカゼルマ病にかかったことないのかしらね?』


「……え? カゼルマ病?」


『そうよ、知ってるでしょう? だいたいみんな子供の頃に一度はかかるけど、何度もかかってれば重い症状なんてでない筈なのにね』


「ゴメンなさい奥様、あたしそれ知らないですぅ……」


『え? そんなことないでしょ? ねえ?』


「いえ奥様、私も聞いたことがありません。あの、姉さんが知らないということは一般的な病気じゃないのでは?」


『ええ?』


 リールだけでなくレレンにまでカゼルマ病など知らないと言われてスケルトン母ちゃんは驚いた。彼女にとっては知っていて当たり前の病名だったからだ。


『ううん、ちょっと待ってね。おばさん生前の記憶ってけっこう曖昧なところが多いから名前間違ってたかしら? カゼルマ病じゃなくて別だったかなあ。……まったく思い出せないわ。なんて名前の病気だったか教えてちょうだい?』


「いやあの、あたしもこの病気のこと知らなくて。奥様、カゼルマ病ってどんな病気なんですか?」


『え、そこから?』




 カゼルマ病。

 母ちゃんは正しく認識していなかったがこの地方に根付く風土病である。

 主に冬に発症し、意識の混濁と体温の急激な上昇下降を引き起こし患者の体力を奪っていく。放っておくと症状が悪化し命の危険がある病気だ。

 たいていは子供の頃に一度はかかる病気としてこのロンデ村の住人には知られており、だからこそ対処法についても確立されていた。特効薬が存在するのである。


「その薬はなんという薬ですか!?」


 命にかかわる病気だが薬があれば治せると聞けばリールの語気が強くなるのも仕方なかったろう。


『え、ええっとなんだったかしら? カゼルマ病の薬、みたいなことしか思い出せないわ。たぶんそんな風にしか呼んだことないんじゃないかしら……』


「そんな……」


『あ、でも大丈夫よ? どこの家でもカゼルマ病のお薬って常備しているもの。探せば見つかるわよ。ねえ?』


「探すってどこを?」


 レレンの冷静な突っ込みに母ちゃんは口をつぐんだ。

 村が戦火に巻き込まれる以前であればすぐに見つかる薬であったろう。しかしすでに村の中に薬が残っている可能性は絶望的だった。

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