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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
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それなりによくあること

 予定していた以上に間が空いちゃいました(´;ω;`)


 まあ前作の更新してたり仕事が超めんどいことになってたりで、執筆する時間と意欲が削がれてたりなんですが。

 なんとか三章終わらせるとこまではいきたいと思います。

  ◇


 ロンデ村の住人の半分は奴隷身分の者だ。

 多かれ少なかれ辛い経験と境遇を重ね、生きていくために自由に生きる権利を売り飛ばした者たちである。

 その中でもこの村に連れてこられた者は、商人であるオージがある程度それまでの経緯や人柄などを調べた上で選別しているため比較的気の良い従順な者たちであるといえた。

 ただそうであるから奴隷たちの仲も良好である、とはいえなかった。


「ちょっと邪魔よっ。そんなところに突っ立ってないでもうちょっと壁際にでも寄ってなさいよ」


「あっ……。ご、ゴメンナサイ」


 女性用の家の中でリールは別の女性に軽く突き飛ばされながらも、口からでたのは謝罪の言葉だった。


「まったく。あんたと違ってあたし達は忙しいんだからねっ」


「ああホントに。目が見えないからって無駄飯食いが許されるなんて、良い御身分よね」


 そう悪態をついて2人の女性が家から出ていった。農作業が休みになる冬の間にも毎日すべき仕事は多い。特に力のある男手が少ない環境にあっては女であろうとも色々な重労働が割り振られることもある。そんな時、そういった仕事を全くしていないリールにたいしての不平がこういった形で表に出るのだ。


 リールとてそれに関しては思うところがない訳ではない。自分が役立たずであることを心苦しく思っており、だからこれぐらいのことは甘んじて受け入れなければならないと思っていた。だから相手の行動を批難するでなく謝罪するのだ。そうしていれば、たいていは一言二言何かを言われるぐらいで長々と捕まって嫌がらせを受けるようなことはなかった。これは女たちが特別大きな悪意を持っていないからでもあったし、妹2人に見つかって反撃されるのを恐れているからでもある。


「あ、あれ……?」


 先程突き飛ばされた時に愛用の杖を落としてしまったことにリールは気づいた。妹2人のどちらかが近くにいれば手を引いてもらえるのだが、そうでない時には杖がなければまともに歩くのも一大事となる。杖があれば多少の移動はできるため、彼女にとっては必須品だった。

 リールはしゃがみこんで手探りで杖を探した。落としただけなのですぐに見つかると思ったのだが、なぜだか手の届く範囲に杖の感触が見つからない。


「ど、どこいったの? ええっ?」


 絶対に見つからないとおかしいのにみつからない、そういう事態になるとリールは軽いパニックに陥る。もう2度と戻ってこないのではないか、などといった恐怖感が押し寄せてくるのだ。


「おいおばさん! それリール姉ちゃんの杖じゃねえか!」


 そんな時聞こえてきたのは小用でしばらくリールの近くを離れていた末の妹ルシーの大きな声だった。その声を聞いて少しだけリールは心が落ち着いた。


「大きな声出すんじゃないよっ。そこのが落とした杖を拾ってやっただけでしょう?」


「落としただあっ!?」


「あ……えっと、ラビオラさん、どうもありがとうございますっ。助かりました」


「リール姉ちゃん!」


 ラビオラと呼ばれた女の言うことを素直に信じられないルシーはそれを批難しないリールに対して咎めるように声を上げたが、リールはルシーの声のする方に笑顔を向けて一度頷いただけにすませた。


「ふんっ。人の善意に対して怒鳴りつけてくるなんて、どういう育てられかたしたんだろうねえ?」


「おいっ!」


「あはは……。ゴメンなさいラビオラさん。あたしがこんなだからルシーも気が張っちゃってるんです。後で良く言っておきますので」


 杖を受け取りながらリールは再度謝罪した。

 ルシーからしたら謝るようなことをした覚えはなかったが、確かに善意の行動に対してとった態度としては責められてしかるべきであった。


「……あんたもどうせビィ様に抱かれるぐらいしかろくにできる仕事ないんだから、いっそビィ様の小屋に置かせてもらってそこでずっと生活したらどうだい? そうしたら誰の邪魔になったりもしないだろうさ」


「いやぁ、それはビィ様の邪魔になっちゃうかなあ。あはは……」


「おいおばさん!」


「キャンキャン噛み付いてくるんじゃないよ。ルシー、あんたたちだってやるべき仕事は山程あるんだからね、いつまでも無駄に時間潰してないで働きな。さぼってるなんて思われたくないでしょう?」


「さぼってなんてねえよ!」


「ああすみませんすみませんっ。ルシーはあたしをジルユード様のところに連れて行ってもらったらすぐに仕事に行かせますので」


 ラビオラは今年で30歳になる。村の女奴隷の中では上から2番目の年長者で、きつい言動が目立つものの働き者で仕事に対しては信頼を得ていた。従ってそれなりに発言力がある。

 ルシーとレレン、リールの2人の妹たちは姉と一緒に雇ってもらうという無理を通すために人一倍働くことを約束している。仕事に対して不真面目な姿勢を見せるなどあってはならないし、さぼっているなどとどこかから言われるのも良くなかった。


「だったら早くしな」


 終始低姿勢のリールにラビオラもそれ以上は何も言わず、ただきつい一睨みだけして家を出ていった。見えずともその気配が遠ざかっていったのを察してリールはふうと息をついた。


「くっそ、あのおばさんめ! ムカつく!」


「……ルシー、ダメだよそんなこと言っちゃあ。ラビオラさんは決して間違ったこと言ってないんだから」


「そんなことないだろ!? なんだよあの態度! 姉ちゃんの目が見えないのをいいことに言いたい放題いいやがって! ちっくしょう、いつかおばさんたちより仕事で認められて顎で使ってやるんだから!」


「その意気はいいけど、あんまりそういうこと大声で言わないで……」


 最近とみに妹たちと同僚との間でちょっとした衝突が多く、リールとしてはその原因が自分であることがわかっていることもあって心労が絶えない。


 奴隷として雇われ村に来た最初の頃からこういう嫌味を言われていた訳ではなかった。

 当初はむしろ目が不自由なリールに対して周囲は同情的で当たりも柔らかかった。それが変化しだしたのはリールがジルユードの側仕えのようなことをさせられるようになってからだ。さらにはビィと男女の仲になったことによって益々軋轢が生まれだした。ようするに妬みや嫉妬が原因である。

 女の中で個室を持っているのはジルユードだけで、他の女性は全員大部屋で雑魚寝している。誰かが夜中お泊りに抜けていればそれは全員が知ることになるため関係を隠すことなど端から不可能であった。


 リールがただたんに障害を負った可愛そうな女性であるだけなら、生活にそれなりに余裕がもてる者なら同情から優しくなれる。しかし現状はろくに働きもしない女が権力者に近づき気に入られてしまったという風になってしまったため、そんな気持ちが吹き飛んでしまったのだろう。

 特に実質的な村の長であるビィの寵愛というのは、他の女たちにとってもぜひにと言いたいほどに欲しているものである。労せずそれを手にしてしまったリールに対して歪んだ感情が生まれるのはある意味自然なことといえた。


「いいルシー? みんないい人たちばかりなんだから、短絡的なことしちゃ駄目よ?」


「わかってるよ……。でもリール姉ちゃん、あいつらに何かされたらあたしやレレン姉ちゃんにちゃんと言ってくれよ? 絶対にやり返してやるからさ」


「だからそういうところだって。本当に何もされてないから心配しないで。ね?」


「でも……リール姉ちゃんだってさ、心の中じゃムカついてるだろ? なんだよあいつらっ。ちょっとリール姉ちゃんがビィ様と仲良くなったからって嫉妬しやがって」


 リールにとっては可愛い妹だが、ルシーは喧嘩っ早い性格が玉に瑕だ。王都のスラムで生活している時には悪意を向けてきた相手に暴力で報復するなど珍しくない日常を送っていた。今は迂闊にそういったマネができないことを自覚して自制してはいるが、だからこそ鬱憤も溜まっているだろう。リールとしては自分が他の女性たちに多少きつくあたられるよりもルシーが暴走しないかの方が心配だった。


「嫉妬されるって……意外と悪くないよ?」


 だからあえて前向きに。


「ねえルシー。あたしね、自分の目がこんな風になっちゃった時、普通に物が見える人が羨ましくて仕方なかったよ。食べる物もろくに手に入らなくていつもお腹を空かせてた時、裕福そうな人たちが恨めしくて仕方なかったよ。ルシーもずいぶんそういう人たちに悪態ついてたよね? 羨ましいとね、そうなっちゃうんだよ」


「そうだけど……」


「だからね、最近ちょっとだけ優越感があるんだ。ああ、こんなあたしでも人から嫉妬されたり妬まれるようになれたんだって。それってたぶん、あたしが周りの人から幸せそうに見えてるからなんだろうなって、そう思うとちょっと嬉しいんだ。おかしいかな?」


「……姉ちゃんがいいならいいんだけどさ」


 多少無理矢理感はあったが、それでもルシーは姉にこうまで言われては憤慨し続ける訳にもいかず怒りを収めた。

 ルシーとてこの村の中で無茶ができないことはわかっていたし、リールがそうそう無茶なことをされないこともわかっていた。

 しかし今後10年はこの村で奴隷として共同生活を送らなければならない相手たちだ。一期一会の関係であるのならその場しのぎも正しいかもしれないが、今後もずっとこのような状態が続いてほしくなどない。ルシーはレレンなり誰かと相談して何かしらの手は打たなければならないと胸中で決心していた。

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