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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
50/108

ビィとジルユード②

  ◇


 そしてある日、前線に崩壊の兆しが見えた。

 俺たちの部隊の近くに陣を張る一部隊が壊滅的な打撃を受け、周囲の負担が急激に増したのだ。

 この時俺たちにはいくつかの選択肢があった。

 その中でジルユードが選んだのは、本営に全軍撤退の上申をして部隊を後方に下げるというものだった。

 最悪だ。


『そうなのかい?』


「そうなんだよ。友軍の援護に回って穴を塞ぐならまだしも、奴は早々に逃げることを選んだ。最低限の仕事はこなしたから城壁まで前線を下げるべきだとな」


 もちろん本営の指示がでるまでは勝手な撤退はできない。部隊を下げるといってもあくまで一部隊長の裁量でできる範囲でのことだ。

 しかしそうした動きを見せることで司令官の背中を押そうとしたのだ。自分の判断が正しいと信じて。

 他の部隊長が前線をなんとかもっと長く維持しようと考えていたとしても、あれはそれが正しいとは思わなかったのだろう。


『それでビィはどう思ったんだい? 納得できなかったのはわかるんだけど』


「俺は逆にその状況に勝機を見いだしていた。壊滅した部隊の連中には悪いが、おかげで魔族の本隊の位置が割り出せたからな。ジルユードの愚策に付き合わされながら耐えてきた中で唯一のチャンスが見えたんだ。俺は今この瞬間を絶対に逃すべきじゃないと思った」


『でもジルユードさんはビィの意見には聞く耳を持たなかった、だろ?』


「そうだ。だから俺は……まあ無理やり言うことを聞かせる、いや、あいつを黙らせてやることにしたのさ」


『……それは、えっと……』


「何やったかは聞くなよ。さすがに言いたくない」


『…………うーん』


 言いたくないことをやらかしたと言われてある程度父さんも察したのかもしれない。

 具体的に言うとジルユードを襲って女としての尊厳を踏みにじってやった。あいつも慣れない戦場暮らしで疲れが溜まっていたからか実に簡単だった。さんざんいたぶった後には口を塞いで全身を縄で縛って天幕の中に閉じ込め、部隊長殿は急な病で倒れたから今後の指揮は俺がとると宣言をした。


 幸い新任のジルユードには信頼できる部下など初めからおらず、逆に俺には部隊の中にいくらでも融通がきく戦友がいたものだから部隊掌握はとてもスムーズだった。初めからこうしていたら良かったと思ったものだ。

 もっとも長期間そんな状態を維持できる訳もないので、あくまでここからの短期決戦が条件だったのだが。


 ……俺もこの時かなり鬱憤が溜まっていたこともあってかなり無茶なことをやらかしたものだと今は思う。一歩間違えれば俺は罪人として首を晒すことになっていただろう。

 しかしこの時、どうしてもこのまま魔物に襲われながらの全軍撤退という道に進みたくはなかったのだ。




 その後俺は部隊を複数に分け、それぞれの部隊を信頼できる者に託して各地に走らせた。近くの部隊の救援に向かわせたり、この場を死守させたり、撹乱、揺動にと。

 そして俺自身は50人の精鋭を率いて魔族の本隊強襲のために動き出した。


 この時前線はすでに崩壊しかかっていたためとにかく悠長なことをしている時間がなかった。最終的に魔物を従える魔族の部隊を壊滅させたことで統率を失った魔物たちが逃げ出し勝利したが、こちらの被害もけっして少なくはなかった。


「俺たちの部隊は死傷者多数。俺も怪我を負ったことでしばらく後方での休養。結果部隊は解散した。俺たちが勝利に貢献したことは確かだったが、最終的には俺には大規模な部隊運用の適性が無いという判断が下され昇進は見送られた」


 まあそれはいいんだ。別に昇進したかった訳じゃあないし、実際に副官任務やっててこれは俺向きじゃないとも思ったしな。身一つで敵指揮官の首を狙う方が性に合ってる。


『ええっと、それでジルユードさんは……?』


「あいつは帰りはやけに大人しかったなあ。馬車に押し込めてたのもあるが、話しかけても睨みつけてくるだけで一切口をきこうとしなかったし。もっと騒ぎ立てるものかと思ってたんだが」


 かなり本気で脅しつけたのが効いていたようだ。


「ジルユードの奴はその後は家に閉じこもって終戦まで一度も戦場に出てこなかったよ。俺たちの部隊は確かな戦功を上げたが、ジルユードは疲労に負けて病床に伏したということになってるんで評価的には微妙だったしな。それに王都に引き上げた後に俺に暗殺者を送り込んできたことを利用して逆に圧をかけたりもしたし、半ば軟禁状態だったんだろう」


『暗殺者って、穏やかじゃないけど……というか、侯爵家にケンカ売ったようなものだろう? よく罰せられなかったね?』


「それだけクロインセ家も下手が打てない状況だったんだよ」


 先の戦場での勝利に貢献したこともあり俺が上げていた戦果は馬鹿にならない。俺がやらかしたことは本来許されざることであるのは確かだが、それを表立って罰することによって内外に大きな影響がでることが危惧されたことは予想できる。

 結果的にこの事は表沙汰になるようなこともなく処理されたというわけだ。


 まあ、クロインセ侯爵にしてみれば、一度は切り捨てた娘の醜聞を世間にさらし名に傷をつけてまで俺を罰する価値はないと判断したのだろう。


『切り捨てた?』


「これはジルユードは知らない筈だが……ああいやアルマリスは知っているようだったから今は知っているかもしれないが、当時は知らなかった筈なんだが――あいつは処刑される予定だったんだ」


『え? なんで?』


「初陣になる戦場で魔族の侵攻を防げずに敗走した場合、その責任を全て取らされる段取りが組まれていた」


『いやそれはおかしいだろう?』


 父さんがそう言いたくなるのは最もなことだと思う。俺だってこの件に関しては同情している。

 だが王国の事情からしてみれば必要なことだった。


 すでに魔族との戦争は10年以上に及び、多くの兵士と民が死んだ。生き残って王都圏に集められた民衆は疲れ切り、早くこの戦争が終わることを願っていた。そしてそれが叶わないことに強い苛立ちと怒りを覚えていたのだ。

 それらが魔族に向けられるならば良い。だがそうはいかず、だんだんとその憤りは王家や貴族や不甲斐ない兵士などに向けられるようになっていた。

 国が魔族によって滅びるかどうかの瀬戸際に追い詰められている最中だというのに、国内ではいつ暴動が起きてもおかしくない状況だったのだ。


「そもそもの話になるが、この戦争が始まったきっかけは王国側にある。魔族とはお互い不可侵不干渉を貫いていたのに領土拡大のために先に攻め込んだのはリーン王国なんだ。魔族の人口は王国の10分の1以下と推察され、必ず勝てると思って仕掛けた結果がこうなったと。国家存亡の危機に陥ったのは間違いなく特大の失策の賜物で、王家と貴族たちは明確な弱みを持っていた」


 困ったことに民の中にもその事を知る者が現れだしていた。噂という形で民にその情報を流し、あわよくば国家転覆を試みようとする馬鹿が現れたからだ。そいつは自分が国の上に立ってこの窮地を救う英雄になることを夢見たらしい。まあ特定されて捕まえられて処刑されたけどな。


 しかし民衆の中に不穏な空気が満ちだしていたのはもう消しようがなかった。あとはこれをなるべく濃くしないように注力するだけだ。大規模な暴動がおこれば王国は終わる。


 そんな中で民が汗水流して実らせた収穫前の作物を捨てて前線が潰走していればどうなっていたか。冬の間にどれだけの餓死者がでるかもわからなくなる敗戦の報をただたんに流せる訳がない。


 もしもの時は生贄がいる。


 それが上層部が出した結論だった。


『……ジルユードさんがそれに選ばれたってことだね』


「そうだ。都合が良かったんだよ、クロインセ侯爵家っていう大貴族の肩書きと悲劇のヒロインっていう構図がな」


 責任を追求するにはもってこいの人材だったのだ。民の関心を惹ける観劇の主役として。


『ジルユードさんのお父君、クロインセ侯爵はこのことを?』


「もちろん知ってた筈だ。むしろその後の動きをみるに自分からジルユードを差し出したのかもしれん」


 クロインセ侯爵も開戦に大きな責任がある。それを追求されると弱い立場だ。

 そしてジルユードは婚約者を失って身の置所が宙に浮いており、本人から戦場に出ることを願い出たという状況だった。娘を差し出すことに葛藤がなかったかどうかはわからないが、それが最良であると判断したのだろう。あわよくば他家からの同情を誘えるかもしれないしな。

 上層部としても能力と実績のある人物の責任を追求して断罪するのは破滅への一手になるのはわかっていた。失っても惜しくない生贄を求めていたのだ。


 こうしてジルユードは本人の知らないところで処刑台に上がるルートを整えられ歩まされていた。


 俺がこのことを知っていたのは、いざという時にジルユードを捕らえる任を受けていたからだ。できれば民の前で処刑を行うのが理想であったため、生きて帰すことも求められていた。

 もしジルユードがこれを察すれば逃げ出さないとも限らない。そのためジルユードを助けそうな者は周辺から外された。あいつが何かと理由をつけられて信頼できる部下を連れてこれなかったのもこういう理由である。

 アルマリスが戦場までついてきていれば、護衛を勤めていれば、ジルユードは最後まで部隊の指揮をとりつづけていただろう。


 しかし結果的にジルユードを処刑するという話は立ち消えた。

 あいつが率いる部隊の活躍により勝利し、一時的とはいえ魔族を追い払えたからである。

 敗走したのならばともかく、魔族を退かせて予定通りにより堅固な防衛ラインで魔族を迎え撃つ準備を整えることができたのだ。この状況で責任を追求して首をはねる理由がない。


 ジルユード自身も以後戦場に出ることはなく同じような事態は発生しなかった。アルマリスの言葉から推察するに、この辺の事情に気がついたアルマリスがジルユードが再び戦場に出ないように尽力したこともあるのだろう。


 翌年からは新しい防衛ラインによって魔族を迎えうった。この前線を押し破ることが魔族側にもなかなかできず、やがて魔王が戦場に姿を見せるようになり、これを受けて王国側は超特大の禁術『勇者召喚』に踏み切り終戦に向かうことになる。



  ◇


『おまえはジルユードさんを助けたかったんだね?』


「何を聞いていたんだ。勝たなきゃいけない戦いだったから無茶しただけだ。だいたい多くの兵士が毎日死んでいっているっていうのに、あいつ一人の命を助けるとかどうとか考えてられるか」


 むしろ奴の指揮で俺の気心の知れた戦友が戦死するたびに無性に殺してやりたくなったものだ。知らない他人よりも近くの美女を助けたいと思うぐらいはするが、足を引っ張るだけの腹立たしい上官の命を優先しようなんてことを考えたりはしない。


『でもそう聞こえたんだよねえ』


「耳が悪くなったんじゃないか」


『いや耳とか無いから』


「そういうこと言ってるんじゃない……」


 だいたいなんでそれで聞こえてるんだよ。


『いやでも、まあ、おまえとジルユードさんの難しい関係というのが少しは理解できたよ。……うん、なんで婚約したんだい?』


「知るかっ」


 俺が聞きたいぐらいだ。お互い視線をあわせることなく生きていくべきだったのに、どうしてあいつと結婚しなければならなくなったんだ。


『ただね、やっぱり夫婦になるんなら、仲良くなってほしいものだね』


「…………」


 仲睦まじい両親からしてみればそれが理想であることは当然だろう。俺だって夫婦とはかくあるべきだと思っている。

 とはいえ貴族たちの世界では愛の無い結婚なんて珍しくもないだろうしジルユードだって家としての利益を優先した結果俺のもとに嫁ぐ道を選んだのだ。あいつからすれば俺と表面上はともかく、和解したいなどとは思ってもいないだろう。

 だから父さんの要望に応えることはとても難しい。




 俺とジルユードの馴れ初めと言うには色々と血なまぐさい話はこんな感じだ。


 どうもアルマリスの奴も、そしてたぶん父さんも、俺がジルユードを助けようとして行動したかのような誤解をしている気がするが、それは完全に勘違いだ。だから結果的に死なずにすんだとはいえあいつは俺に対しては恨みを抱いていれば良い。俺だってあいつのことは嫌いだからそれでいいのだ。


 ただ、あいつが少しでも感謝すべき相手がいるとするなら。


 それはこんな時世でありながら、死に際にまで可愛い妹の将来を危ぶんだ妹思いの兄君に対してすべきだろう。

 2章はこの話で最後となります。

 ここまで読んで下さりありがとうございましたm(_ _)m


 3章開始まではまた間が空きますが、途中場繋ぎで閑話あげると思います。

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