ビィとジルユード①
◇
「グラムスさんの奴、しつこいんだよ……」
その日の夕方。
イギールはどうしたんだと俺を質問攻めしてくるグラムスさんを煙に巻いた後、逃げ込むように小屋に避難していた。
そのまま疲れていたので夕食の用意は他の連中にまかせて休憩しようとしていたが、
『ビィ、ちょっといいかい?』
何やら父さんが話をしたそうに訪ねてきたので中に通した。
「ああ、昼間はありがとう」
まずは礼から。マカンが両親と合流して俺のことを伝えたため、母さんはマカンの着替えと顔を洗うのを手伝い父さんがシャベルを持って駆けつけてくれたのだ。
『死体を埋めたことかい? あれくらいいいって。それよりおまえケガは大丈夫かい? 腫れてきて痛くて泣きそうで人目に触れるのが辛いとかなら出直すけど』
「これくらいで泣かねえよ。なんだ?」
『うん、前々から気になってたんだけどね、おまえとジルユードさんの関係をちゃんと聞いておきたくなってね。なんであんなにギスギスしているんだい?』
「……その話か」
ランバーについて少しだけ話したからだろうな。俺の怪我はジルユードのせいだみたいなことも言ってしまったし、父さんは俺とあいつの仲を薄々察してはいたんだろう。
これについては気にするなという方が無理があるのはわかっている。なにせ実の息子とその婚約者の関係がけっして良好ではないというのだから親の視点で考えれば事情ぐらい知りたいとは思うのは当然だ。
「あまりしたい話じゃないんだが」
『ビィがどうしてもしたくないっていうんなら聞かないけどね。でもおまえ、ジルユードさんのこと嫌ってる風のわりにはとても気にかけてるよね?』
風ってなんだ、嫌ってるんだよ本気で。
ただ、良く見ているなとは思うが。
『私から見るとジルユードさんはよくできたお嬢さん……まあちょっと変わってるけどね、男装してるところとか。ただそんなことは些細なことだし、普通に好感が持てる方だと思うんだよ』
「父さんから見たら、まあそうかもな」
俺だって別にジルユードの性根が曲がっているとか思って嫌っている訳ではないのだ。あいつの頑なな性格にさんざん迷惑かけられ足を引っ張られたせいで苦労させられたからである。
「…………」
『できれば私は二人に仲良くしてほしいんだよ』
「……あー、あんまり楽しい話じゃないぞ?」
そう前置きを置いてから俺は父さんにジルユードとの一件を語りだした。
◇
俺がジルユードと初めて会ったのは今から4年ほど前になる。
指揮官が戦死した複数の部隊を再編成したばかりの約1,000人の部隊長というのがその時のジルユードの肩書きだった。
初陣の青二才ではあったが大貴族であるクロインセ侯爵家の令嬢だ。女だてらに戦場に出ることには首をかしげる者もいたが、王国における将や大部隊の長というのはほとんどが貴族が占めるのが通例なので、ジルユードが部隊長となること自体に疑問を持つことはなかった。
これがドレス姿で現れたとかだとさすがに白い目で見られただろうが、幸いジルユードは文句のつけようのない男装で身を固めていたため覚悟の程も見て取れてそういうこともなかった。
ただ少し特殊だったのが俺の立場だ。
俺はこの部隊でジルユードの副官に任命された。そして実質的にこの部隊を指揮し運用するのは俺の役割となる予定だった。
当時の俺は王国の上層部にも名が知られるほどには功績を上げていたらしく、俺をもっと上の立場に昇進させようと動いている連中がいたそうだ。
だが俺の生まれはただの平民であり、上げてきた功績や戦績もかなり特殊な部類に入るため大人数を指揮させることについては懸念が持たれた。
俺は少数人数による奇襲戦を何度も成功させていたが、どちらかというと個人の能力頼りであったし、その戦法は大人数で行うには向いていない。つまり俺の部下を増やすと俺の持ち味が潰れてしまう可能性があったということだ。
そこで一旦お飾りの長のもとで副官とし、俺が部隊をどう動かすのか手腕を見てみることになった。一度昇進させてしまうと簡単には降格させられないので、そのためのテストということになる。初めからそういう前提のもと組織された部隊だったのだ。
「ジルユードの奴もそのことは承知させられていた筈なんだ。だがあの馬鹿は俺の指示にはまったく従わず自分で考えた戦術を優先し部隊を動かした」
お飾りとはいえ部隊長なのは俺ではなくジルユードだ。そしてあいつは肩書きだけは立派な女である。
そもそもの話、部隊に配属されているほとんどの者はジルユードがお飾りであることなんて知らされていない。本来そんな必要もないし、これを計画した上層部だって別に貴族が軽んじられるようなことを望んでいた訳でもないからだ。
つまりあくまで俺は副官。補佐でしかなかった。
『どうしてそんなことになったんだい?』
「あいつにはあいつの言い分があるだろうが……」
恐らく俺の立てた戦術が気に入らなかったとかもあるんだろう。
当時のあいつの立場は複雑だった。
元々クロインセ家は次男のオーレムが長く戦場に立ち勇将として名を馳せていた。しかしそのオーレムがある敗戦時に行方不明になり戦死扱いとなった。
そのことがジルユードにどれほどの衝撃をもたらしたかは知らないが、ジルユードはオーレムに代わって戦場に立つ道を選んだ。
年端も行かないうちから女だてらに剣をとり、何年も弛まず研鑽を続けた剣の技量はそこいらの兵士以上のものだったし、部隊運用や戦術面に関してもいつか必要になると確信しているかのように必死で勉強してきたようだ。
だからジルユードは自分も兄のような良き将になれると考えていたのだと思う。
しかし実際に戦場に出る際に申し付けられたのは俺の指示に従いお飾りに徹することだった。
『それで反発したということかい』
「それだけじゃないとは思うけどな」
俺とジルユードは組織の部隊の編成から運用のこと、魔族の動きに対して戦線の本隊の動きやそちらからの指示に対してどう動いていくのかを話し合った。
そしてそこで度々……いや、常に衝突しあった。
俺の部隊運用法というのは我流だ。もうなんていうか勘と経験則に基づくものが大半で、正規の教育を受けているジルユードからしてみたら鼻で笑うようなレベルだったらしい。
しかし俺からしてみればジルユードが論じる戦術などは机上の空論もいいところ。そもそも対人を想定している戦術など魔族やそれに率いられる魔物相手にはてんで役に立たないものが多い。それを俺は実感していた。
ただ俺は俺で副官としての能力が不足していた。元々たいした教育を受けていない俺に、本来副官が果たすべき上官の足りない部分を補うという仕事が完璧にはこなせなかったのだ。
俺の言い分としては上層部はそれを承知でジルユードにこそそういった細々とした仕事をこなしてもらう予定になっていた。
だがジルユードは部隊長としての仕事と、俺が満足にこなせなかった副官としての仕事を両立させた。そして俺を軽んじた。
結果ジルユードは俺の言葉に耳を傾けることなく自分の考えのみで部隊を動かし、そして多くの味方を死なせた。
当然俺はそんなジルユードを責めたが、あの女からしてみればそれこそ不当な責めと感じたようだ。俺が指揮していればもっと多くの部下が死に、我々が守るべき戦線が崩壊していた筈だと主張した。
こうやって俺たちの対立は深まっていった。
『あくまで第三者的に考えるとどっちが正しいかわからないね。や、もちろん私はビィを信じたいけど』
「……ああそうだろうとも。元々俺とジルユードでは達成すべき目標すら違った訳だし」
俺とジルユードは部隊をこう使うべきという基本戦術が全く違った。
当時の最前線は全体で2万を超す兵士が集まっていた。そして本営の立てた戦略では前線で果たすべき仕事は遅滞戦闘だ。
すでに押し寄せる魔物を現状の防衛ラインで防ぎ続けることは不可能であると判断され、もっと後方、つまり西側の王都よりに強固な城壁を築いている最中だった。それが完成するまでのあと僅かな時間稼ぎが前線に求められる最低限の仕事となる。
ジルユードはその仕事に忠実であろうとはしたのだろう。だが俺からしたらジルユードがしていることは目の前の破綻から逃げているだけでたいした意味があるように思えなかった。生き延びようとしつつも実質的には真綿で自分の首を締めているだけに見えたのだ。
堅実であるがゆえに未来がない。
一方で俺はその前線での最後の勝利を狙いたかった。
それで魔族を王国領から撃退するなんていうのはさすがに無理だが、一時的な戦場後退に追い込むことは可能に思えた。
なんてことはない。いつもやっている本隊狙いの戦術をもっと大胆にこなす。うまくいけば魔族の攻勢を数ヶ月は遅らせられる。
「時期としたらちょうど今頃、秋頃でな。最前線の後方、新たに築いた城壁との間にはいくつもの農村と耕作地が広がっていて、多くの農作物が収穫を控えていたんだ」
一時魔族を退かせることができればそれらを無駄にせずにすむ。
魔族だってそろそろ冬への備えを意識していた筈なのだ。魔物の中には冬の間は役に立たない種族も多いし食料だって必要だ。この戦場で先にどちらが撤退するのかは実に大きな意味を持っていた。
これは王国の今後を見据えれば達成すべき条件だと俺は思っていた。
なぜならリーン王国の食糧難はすでにかなりひどいものだったからだ。
もちろんそのことは王国上層部も理解していた。後方の農村にはまだ農作業にあてられていた人間が多く残されていたぐらいだ。前線が突破されれば蹂躙されること確実な状況で戦々恐々としながらも立派なものだと思う。
しかし物事には優先順位がある。そのために今の前線の維持にこだわって軍を壊滅させては元も子もない。だからそれはできるならば、という条件がつくのは当たり前で、本当にいざという時には農作物もそれを懸命に育てている民も見捨てて逃げるという選択肢も与えられてはいた。
しかし最初からその重大性を理解していないのは俺からしたら論外だった。
そしてジルユードは食糧難を正しく理解していなかったのだ。
これはジルユードの頭が悪いからとは一概に言えない。
貴族であるジルユードは前線で戦う兵士よりも常に恵まれた食生活を送って過ごしていた。そして当時の前線は食料に関してはまだマシな方で、とりあえず飢えずにすんでいた。その分王都圏の民が飢えていた訳だが。
あいつも知識としては食料の大切さを分かっていただろうし、王国の食糧難のことも知っていただろう。しかし全く実感はしていなかったのだ。
だからあいつはただ最低限の仕事を無難にこなせれば良いと考えていた。
「……正直に言えば、たんなる一部隊長としては絶対に間違っている判断とはいえない。命令に忠実であることは軍人として求められる能力の一つでもあるしな。変に冒険心だして失敗するより良いって考え方は普通は正しいんだ。ただ、こう言ってはなんだが、俺に求められていたのはそんな型にはまった軍人の在り方じゃなかったんだ」
恐らくジルユードとてもっと経験を積めば広い視野で物を考えられる指揮官になったかもしれない。そして初陣の指揮官にそこまで求めるのも酷な話である。あくまで普通に任官した指揮官としてなら初陣としてはよくやっている方だと言えたかもしれない。
しかしそれではいけなかった。
新任の指揮官だからこの程度の仕事で十分なんて言ってられるほど王国の現状は生易しいものじゃなかった。
だから俺がそこにいて、俺が部隊を指揮する筈だったのだ。
なのにジルユードがいつまでたっても俺に指揮権をよこさず自分の信じたとおりに部下を使い潰す日々が続く。
前線では毎日多くの将兵が死に、日に日に情勢が悪くなっていった。




