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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
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河童の田んぼ

  ◇


 そこにあるのは紛れもなく水田だった。


「本当に水田ができていやがる……」


 俺の呟きが聞こえたのか、隣の河童がドヤ顔でこちらをチラ見してくるのをうざったるい思いで見返してやる。


 今朝方、畑仕事に勤しむ女性たちの様子を見に行った時のことだ。女の一人から緑のあれが耕しているっぽい畑らしき場所が妙なことになっているというタレコミがあった。

 表現がいちいち曖昧なのはセイジロウの信用の無さゆえだろう。

 面倒なので放置したい気持ちはあれど、あれのやらかしたことの責任は負うと宣言してしまった立場上それも難しい。なのでとりあえず本来の飼い主であるところのマカンを引き連れて視察にやってきたのだが、そこに待ち構えていたのが予想外の光景だった訳だ。


「おっちゃん、すげえ」


 マカンがそう言いたくなるのもわからないでもない。確かに凄い。意味がわからないことを除けば称賛すべきかもしれない。


「がんばったんやで」


 なぜ頑張ってしまったのだ。あと一年近くだらだらとやっていればよかったものを。いや、確かに進捗状況と周囲の反応次第ではストップをかけて他の仕事をやらせる可能性もあったから、こいつとしても完成を急がなければならないという思いがあったのかもしれない。

 しかしそれにしたってなぜ水を入れた。稲作の時期はとうにすぎているから全くの無駄じゃないか。いやいやそれ以前にこの水はいったいどこから引いたのだ。


「この水はどうしたんだ?」


 村の近くには川はあるが水を引くには適していない。夏の雨季の増水への備えとして村の方が高地になるような位置関係になっているからだ。労力さえかければどうにかできないでもないだろうが、それには膨大な人手と時間がかかるため一人で水路を開拓するのはどうしたって無理がある。


「ワイはこの道のプロや。河童舐めたらあかん。『河童放水』いう妖術つこうたんや。まあ大量の水を生み出す秘術やね」


 妖術? 魔術か魔法みたいなもので生み出したのだろうか。こいつは無意識に俺たちが普段使っている言語で喋ってしまうらしいが、そこで魔法という単語が出てこないのならば違うということなのか?

 駄目だ、こいつ関係には既存の知識が役に立たないことが多い。素直に聞いてみるか。


「その『河童放水』とかいうのやってみせてもらっていいか?」


 大量に水を生み出す、というのは非常に有用な能力だ。水が人間の生活に欠かせないのは言わずもがな。人の叡智は魔術によって水の生成を可能としたがそれにも限度がある。だから人は水源から離れた場所では生活できないが、この水田を作り上げるだけの水量をたやすく生み出せるのであればその能力の需要は計り知れない。日々の生活を個人の能力に依存するのは何かあった時に破綻するので良くないが、最初期だけでも頼れればできることが確実に増えるのだ。

 居住可能範囲の拡大や、個人から集団での旅の間の水という不可欠な荷物を減らすこともできる。軍事面で考えても引き手数多となるだろう。


「かまへんよ。言うても水を溢れさせてもあかんからちょっとだけやで」


 セイジロウが水田に顔を向けて一歩前にでた。真剣な顔つきで目を細めて何やら集中している。妖術とやらを使うために魔力を練り上げているのだろうか。


「マカン、どういう力なのかよく見極めろ」


「おけ」


 水を生み出すと言っても様々な可能性がある。魔術は魔力を代償に無から有を生み出すこともできるが、そうではなくてあるところから引っ張ってきて集めてしまう方が楽な場合もある。

 今回のような水に関してならば、水を生み出しただけ空気が乾燥したり、大地が水気を失ってしまったりといった影響が懸念された。あるいは近場から召喚するという能力かもしれない。

 だとしても有用な能力であるのは間違いないが、それらは別の問題を起こしかねないので注意が必要になる。できるだけ見極めなければならない。


「いくで……これが妖術『河童放水』や!」


 クワッと目を見開き口を大きくあけてセイジロウが力を解き放った。


「…………これは」


「きもい」


 セイジロウは口から大量の水を吐き出しだした。もの凄い勢いと水量だ。なるほど、言うだけのことはある。確かに凄い能力だ。それは間違いない。


 だが……これは飲料水としては使えんよなあ。正体知ったらよほど切羽詰まってない限り誰も飲まないぞ。というかこの水で育てた作物もあまり食べたくない。


 俺の簡単な見解だが、周囲の水気を奪った感じではなく俺の使う魔術同様の水を生み出す系統の力だと思う。しかし口から出しているところを見るとこれは唾液か別の体液なのではないのかと疑問が湧く。

 そう考えると妙な毒気が混入していないかどうかが気になる。


 調べるべきだ。それはわかるが、病気を移されても困る。こういう時はそうそう病気にならない頑丈な者が人柱になるべきだと思うのだが。


「マカン」


「やだ」


 だよなあ。


「どや、これがタガッパ家に子々孫々受け継がれる妖術『河童放水』や!」


「……これはただの水か?」


「ふふん。もちろんちゃうで。ワイの力によって清められた聖水とでも言うべき水や。飲めば滋養強壮、美肌効果、疲労回復やストレス解消にも効果があると言われとる(科学的な根拠はありません)」


「最後に妙な注釈ついてないか?」


「気の所為や」


 まあいい。

 どちらにしろ河童の口から吐き出された聖水。……駄目だな。これは公表できん。

 セイジロウ基準ではけっして毒ではないのだろうし、それなりに歴史ある能力というのならおそらく問題はないのだろう。だが表沙汰に出来ない能力だ。俺とマカンの記憶にだけ留めておこう。




「この水田をどうやって作ったのかはわかった。俺は農業は詳しくないが、確か水の入れ替えも頻繁にやらないといけないんだったか? その辺の排水経路も一応確保してあるのはわかる」


「そやで。そこらも苦労したわ。将来的にはもっと水路拡張して、こっから出た水が他の畑に使えるようにするのが理想やな」


 きっと間違っていないのだろうが色々と問題が起こりそうな理想だな。


「しかしな、なんで今水をはったんだ? おまえのいた国ではこんな時期に田植えをするのか?」


「田植えは無理やな。米は夏から秋にかけてつくるもんやし。ワイがここで作ろう思うてるのは別の作物なんや」


「それはなんだ? 水田で米以外がとれるとは聞いた覚えがない」


 といっても池なんかで食える植物が自生してることはあるから皆無とは言わない。しかし農作物で聞いた覚えがないのも確かだ。


「え、知りたい? えーどうしよっかなあ、教えたろっかなあ」


 うぜえ。


「でも秘密や! 実がつくまで待っといて! ちょっと凄いで、感動するで。それはワイが保証するわ。冬にこんな美味いもんが食えるなんてて驚くこと間違いなしや。ワイを信じて期待して待っといてくれたらええ」


 こいつの何を信じればいいのかと思ったが、ここまで言うのだからよほど自信があるのだろう。水田にしてもここまでできてしまったのに潰してしまうのももったいない。どうせこいつに他の女たちと一緒に農作業させる訳にもいかないのだし、結果がでるまで続けさせるべきだな。


「わかった。期待しないで待っておくよ」


「マカンちゃんも待っといてな。うまいことキュ……野菜できたら一番に食わしたるから楽しみにしとって」


「むしはちょっと……」


「虫なんか作ってへんよ!?」


 いつも虫を食べてるマカンですら躊躇したくなるか。ますます水の出どころは公表できそうにない。



  ◇


 概ね状況は理解した。

 セイジロウが何をしでかしたのか心配だったがとりあず問題なさそうで少し安心した。


「まあまだ結果が出た訳じゃあないが、おまえが一応は役に立つというところを見られそうで良かったよ」


 どう考えたって問題しか起こしそうにない存在だった。この村でマカンに使役されている魔物という体で住民には認めさせたが、役に立たない無駄飯ぐらいではいつ弾劾を受けるかわかったものでもなかった。

 マカンのためにもセイジロウには魔族との緩衝材のような役回りになるのを期待している。なので当面村に置いておけるだけの表向きの理由ができるのはありがたい。


「そうやで、ワイはやる男や。……みんなにはそのこと認めてもらいたいもんやなあ」


 すぐには無理だろうがな。せいぜい何かあった時の弁護材料ぐらいだろう。


「この村に水田を作れるのはおまえだけだろう。他の者には出来ないことができるというのはそれだけでも価値がある。頼りになると思ってもらえれば尚更だ」


「……そういや、なんやワイはよう知らんのやけど、ビィさんは色々凄い人なんよね?」


「なんだいきなり。俺が戦争で少しばかり活躍したのは事実だが、世間に出回っている功績はたぶん捏造されたものがほとんどだぞ。そう考えると誇れんなあ」


「ビィせんせはすごいひと!」


「おうマカンちゃんもベタ褒めやね」


 凄いと言われれば嬉しくないこともないのだが、セイジロウもマカンも見えてる世界が狭いので評価としては微妙だ。


「……どうした?」


「いやちょっと……」


 セイジロウがじっと俺の方を見つめていた。正直言って気味が悪い。

 その時、かすかにだがはっきりと感じた。


 これは――セイジロウの奴、俺に魔力で何かしかけてきている!!


「だめっ!」


 マカンの大声は俺を静止するためのものだ。

 その声が聞こえたこともあって俺が握った短剣はセイジロウの首筋でピタリと止まる。いや、わずかに皮を切ったか。


「あ、あわわわわわわっ」


 一瞬でセイジロウからの魔力の干渉が消えた。これが継続されていたら問答無用だったが、辛うじて踏みとどまったなこいつ。


 突然短剣を首に押し当てられたことで動転しているセイジロウを睨みつけながら俺は自分の状態を確認した。全身に魔力を循環させ、意識的に抗魔力を上げながら何か異常がおきていないか調べる。


 セイジロウの魔力の残滓が残っている感覚はない。おそらく何かされる直前でカットできた筈だ。

 それが確認できて初めて俺は少しだけ安堵した。

 俺の魔力は人並み以上であるので意識さえしていれば魔術や魔法への抵抗力も高い方だ。しかし無意識下では実はかなり他者の魔力の影響を受けやすい体質をしている。そのため不意をつかれることがないように日頃から心構えを鍛えていたというのに、まったく、自分の未熟さには呆れてしまう。


 そしてこいつ、いったいどうしてくれようか。

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