座学
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今日は弟子3人と軽く汗を流した後に座学の時間をとることにした。ようするに勉強時間だ。
文字の読み書きとか算術に関してはマカン以外の2人、エステルとカルナールはすでに俺が教えられることがほとんどないレベルに達している。だからこの3人そろえて教えていくのはやはり争い事に関わる内容にしようと思う。
現時点で単純な強さというものを比較すると弟子3人の中ではマカンが際立っている訳だが、どうにもそれに優越感を感じているのか最近ちょっと増長してきているので、引き締めるためにも座学の時間をとることにした背景もあった。
体を動かした後ということもあって、早速マカンがうつらうつらし始めたので頭から水をぶっけて目覚まし代わりにしてやったところから座学の授業スタートだ。
「今日は少し変わった知識を増やしてみようか。俺はおまえたちに戦闘技術を叩き込んでいる訳だが、戦いというのはいつどのようにして始まるのかわからない。今後生きていく上で警戒しなければならない状況というものについて考えていこう」
そういう出だしで3人の前で語りだした。
俺の言っている戦いというのは殺し合い、制し合いだ。正々堂々とした戦いなんていうものは想定する必要もないと思っている。
そしてその中でも重要な項目の一つが不意を打つこと、打たれないことだ。
相手に警戒心を抱かせず、何もさせないうちに1手で仕留めることが最上であると考える。逆に相手もそれを狙ってくるとするならば、常に警戒を怠らずに対処できる気構えが必要となる。しかしこれは現実的ではない。人間の集中力というものが長時間持続できないのは周知の事実だからだ。
だから必要となるのは兆候を感じ取って警戒できるかどうか。つまりどういう場合、状況に危険が潜んでいるのかを知っておく必要がある。
「ありとあらゆる事に危険は潜んでいるので最終的には経験が活きてくるところでもあるんだが、まだ簡単なところから始めることにしよう。魔力による干渉についてだ」
「魔力ですか?」
「まず魔力による干渉と言われると何を思いつく? カルナール」
「はい。真っ先に思いつくのは魔術です」
カルナールは迷うことなく答えた。これが一番最もな答えだろう。
戦場においても魔術士というのは珍しくない。味方であるなら頼もしいし敵であるなら速攻で殺したい相手となる。
「そうだな。魔術というのは多種多様な手段でもってこちらを攻撃してくることが可能だが、じゃあ魔術にどんな攻撃手段があるかは知っているか? エステル」
「えっと……火を出したりとかですか?」
火と聞いて火魔法が使えるマカンがピクリと反応したが、今は無視してエステルの回答について答えよう。
「そういう魔術は確かに定番かもしれないな。そして攻撃手段としてわかりやすい部類でもある。だが魔術士が使う魔術はそういったものだけじゃあない。真に恐れるべきはそれ以外だ。下手をすると攻撃されていることに気づかないような手段がいくつもある」
「……気づけないというのは怖いですね」
一番真剣に内容を頭に入れようとしているカルナールが重たく呟いた。エステルは今後どこまで伸びるかわからないが、だからこそ護衛を務めているカルナールがそういった面でも対処できるようになることが求められている。
「相対した魔術士が火球を宙に浮かべ、『今からおまえを殺してやる』なんて口にすれば誰でも警戒するだろう。しかし例えば街中で知り合った魔術士が敵意を見せずになんらかの魔術を使おうとすればどうだ?」
「それは……状況しだいではありますが、何をしようとしているのかわからなければ警戒すると思いますが」
「うん。確かに目の前で魔術の詠唱でも始めればそうだろう。しかし昨今においては無詠唱魔術なんていう技術もある。はっきりいえば魔術士に見えない相手が急に魔術を使ってくる場合もある。魔術についての詳しい講義は俺にはできないんで多少省略するが、そんな時にどうすればいいのかが課題だ」
「……えっと、どうすればいいんですか?」
「攻撃されていることに気づけない、か……」
「2人と違って悩むそぶりのないマカンはどうするべきだと思う?」
「せんせいこうげき」
ドヤ顔でフフンと胸を張るマカン。それをちょっと微笑ましそうに眺めているエステルとカルナール。完全に小さい子供の発想だと思っているようだ。
「まあ間違っちゃいないんだが……」
「え、間違っていないんですか!?」
エステルが驚いた声を上げた。
確かにマカンの答えで間違ってはいないのだ。しかし何段階も途中をすっ飛ばしているので少々理解し辛いだろう。詳しく話していこうか。
「マカンの返答はこの子だからできることだな。マカンは俺たちと違って魔力を視認する能力に長けているし、例え見ていなくても周囲の魔力の不自然な動きには敏感なんだ。だから周辺の誰かが魔術を使おうとした瞬間にこの子は気づけてしまう」
「マカンちゃんは凄いんですねっ」
凄いのは間違いないがあまり手放しで褒めないでやってくれ。エステルの良いところではあるんだろうが、マカンがつけあがる。
「でもビィ先生、魔術を使おうとしているからといって先制攻撃するというのはやりすぎでは?」
「ところが不用意な魔術の使用は法でも禁じられた行為となるからかまわないんだ。もちろん一般人同士だと『魔術を使われそうになったので殺しました』は通じないことも多いから注意がいるが、エステルのような貴族や要人の場合は何かされてからじゃ遅いってこともあってこの場合罰せられることはない」
まっとうに魔術を習っているのなら魔術の行使に関しても不用意な行いを戒める指導を受けている筈だ。魔術士が何らかの魔術を使うのは兵士が抜身の武器を身構えているのと同じこと。それがどんなトラブルを巻き起こすのか考えればわかりやすいだろう。
「といっても実際に相手が魔術を使おうとしていたのかどうかを立証するのは難しい。本当にすぐに殺してしまえば自白もとれないからな。それに自分が知らなかったとはいえ周囲の人間には魔術の利用を周知していたかもしれないし、立場ある人間が任務に則った行いで魔術を使っただけかもしれない。俺は水を生み出す魔術が使えるが、飲み水を用意しようとしたら殺されたっていうのは勘弁して欲しいしな。だから本当はよっぽどのことがない限り魔術を使おうとしたからといってこちらから攻撃を仕掛けるのは控えた方が良いのは事実だ」
しかし大貴族の場合は疑いがあるだけで斬って捨てても問題にならないのも事実である。無礼討ちなんてものも認められている特権階級の連中は、なかには一方的な言いがかりをつけて気に入らない相手を殺したりもする。
胸糞悪い話ではあるが、それだけ警戒しなければいけない立場の者もいる以上はある程度は仕方ないのも事実なのだ。
ここのところは貴族の立場そのものが揺らいできているのであまりに横暴で人心を敵に回す者は生きづらい世の中になってきているらしいが。
「じゃああの、結局どうするべきなんですか?」
「まあ、誰かが近くで魔術を使っているのなら、まずはそれが自分と関係があるかどうかの見極めだな。より良いのは自分が魔術に関して深い知識をもっていることなんだが、さすがにそれは求められん。だから最初の話に戻る。何のことか覚えてるか?」
「えっと……」
「魔力による干渉、ですね?」
「そうだ。おいマカン寝るな」
カルナールの返答に頷きながらまぶたが落ちてきたマカンの鼻をつまんでやった。マカンがびくっと目を見開いた。
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「誰かが不用意に魔術を使おうとしたなら、おまえたち貴族ならそれを理由に斬って捨てても良いことになっている。だがいきなりそれをやるのは不味い事態をおこすのも事実。だから実際に即行動をおこすべき基準は魔力による干渉を受けたかどうかだ」
「きいてた。きいてたっ」
マカンが寝てないアピールをしてきたがそれには応えず続きを話す。
「魔力による干渉というのはつまり魔力を使った攻撃を受けたに等しい。炎を打ち込まれたとかではなく視覚的にはわかりづらい攻撃方法がいくらでもある。例えば眠りを誘う、体の自由を奪う、精神や記憶へ干渉し操り人形のようにしてしまったり。多種多様な魔術がある、らしい」
「怖い、ですね……」
「確かにそういうことをされるかもと思ってしまえば先制攻撃もやむ無しですか」
「他にも少し変わったので標的の情報を引き出す、周囲一帯の生物の数を調べる、それと怪我の治癒だとかも魔力による干渉の一つではあるな」
「そっちはあまり怖くはないですね」
「そうでもないぞ。調査、探知系の魔術は使い方次第で機密の漏洩にもつながるし、ようは盗賊の下調べのもっと踏み込んだものでもある。これらの魔術は法によって無断で習得すらしてはならないことになっている特殊制限魔術だ」
対象から詳しい情報を引き出す魔術は『鑑定』と言ったか。人の秘した部分すら暴けてしまうということから有益な情報をもたらすと同時に無闇矢鱈に使われると非常に不味い魔術だ。習得者は完全に国に管理され裏仕事の要員にされてしまうのでダン爺さんも習得しようとしなかったらしい。
「これらの多種多様な魔術――に限らず、魔導具や魔法などの魔力による干渉があった時に瞬時に効果を見抜くのは困難だ。効果がわかった時には手遅れということもある。だから、信頼していない相手から魔力による干渉を受けた際、この時だけは明確に攻撃を受けたと断じて行動に移れ。それが今日おまえたちに教えておきたい本題だ」
「行動というと、その……先制攻撃……?」
「エステル様。それだけではなくて、場合によっては逃げたり妨害行動に入ったり、それとそもそもの相手の特定が必要な場合もあるかと思います」
うん。カルナールは本当に優秀だな。よく色々な状況の想定ができている。きっと似たような教育は以前から受けていたのだろう。
「じゃあ次はどうやって魔力の干渉を感じ取るのか。それと魔力による攻撃を受けた際に抵抗する方法について具体的に教えていくぞ。少しだけ俺からおまえたちに魔力で干渉するからそのつもりで」
「「はいっ」」
教え甲斐のある弟子っていいよなあ。
それに比べて俺の一番弟子は……
「……ねてぬ……まかん、は……あとごふん……」
……この子は本当に魔王になれるんだろうか?




