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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
39/108

セイジロウ、目覚める

 再開します。

 2章ラストまでは連日投稿予定です。

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 陽の光が眼前に広がる水面に反射し、その眩さにセイジロウは目を細めながらも満足そうな笑顔を浮かべていた。


「でけたわ……」


 セイジロウが見渡すのは、この世界に来てから唯一人で苦労して完成させた水田であった。


「これ見たらビィさんも驚くやろうな」


 それはそうだろう。

 この地はもともと水田を作るには適していないのだ。土壌しかり水源しかり。そのどちらも田んぼ作りに精通し、さらに河童独自の魔法ならぬ妖術あっての代物である。ビィもまさか本当に水田ができあがるなどとは思っていなかった。

 その上、時期としてもおかしい。

 本来田に水がはられるのは夏だ。そして今はすでに秋である。こんな時期に水をはっても意味がない。2重の意味で驚くに違いなかった。


「さあて、あとは種植えやな。これで冬にエンゾキュウリが収穫できるで! その時がくれば、きっとみんなワイと仲ようしてくれる……やんな? 信じとるで」


 別の場所で畑作りに精を出す新住人である女性たち。その彼女らに近づいただけで逃げられてしまう毎日にさすがのセイジロウも少々傷ついているようだった。


 だが農作業で成果を上げれば見直してもらえる筈だ。なんといっても食の確保というのはいつの時代であっても必須であり、そのために貢献できる者というのは一目置かれるものなのだから。役にたつ男だと認めてもらえればそこからきっと彼をとりまく環境は変化する。

 ここしばらくはそういう希望も胸に抱いて日々励んでいた。


「よし。ほなら種やな。エンゾキュウリの種はっと」


 エンゾキュウリというのはキュウリにうるさい河童たちが長年の研究によって品種改良した冬に収穫できるキュウリのことだ。

 元来キュウリというのは夏野菜である。各地にて様々な品種が作られていたが、たいてい収穫時期は夏である。

 しかし夏しか収穫できないのでは一年中キュウリを食すには問題が多すぎた。漬物などにして保存期間を伸ばすのは可能だしそれはそれで美味いのだが、やはりとれたてを食べられるに越したことはない。

 ならば夏以外でも収穫できる品種を作り出そうと彼ら河童たちは大志を抱いた。その成果の一つがエンゾキュウリである。


 普通なら根を腐らせるほどの大量の水を必要とする変わり種であったが、通常のキュウリよりも太く長く成長し、でっぷりとした実をつけるのだ。

 稲を刈り取ったあと冬の間休ませる田をつかって収穫でき、さらにエンゾキュウリを植えることで翌年の米の生育が良くなる効果もある(と言われています)ためセイジロウの故郷では広く知れ渡っている野菜でもあった。


「…………あかん、わからんようなってもうた。エンゾキュウリの種ってどれやったっけ?」


 セイジロウの背嚢の中には各種キュウリの種がそれぞれ袋詰されて入っていた。しかし元々非常時のために放り込んでいたため、種の種類をしっかり明記していなかったのである。痛恨のミスだった。


 それでも普段から農作業に関わっていれば大好きなキュウリのことなのだから見分けがついてもいいものだが、いかんせんセイジロウはあくまで家業を手伝っていただけで全てを取り仕切っていたことはない。

 しかも秋は収穫の手伝いはしても、その他はアイドル河童の追っかけが忙しくてほとんど手を出していなかったりする。

 セイジロウの持つ種は地元で育てているもの以外も多数混在しているため、日頃見慣れない種も多いのも見分けがつかない理由の一つだった。


「いっそ全種類まくか? いやあかんあかん、そないなことしてもうたらエンゾキュウリ以外は全滅してまう。なんとかして見分けな。……これとこれはちゃうとして、こっちのもたぶんちゃうわ。なんとなく見覚えがあるヤツで考えるとたぶんこの4つのうちのどれかなんやけど……」


 種を前にしながらセイジロウはうんうんうなりだした。

 実際問題、種を植えたはいいが発芽もせずに腐ってしまったでは信用ガタ落ち間違いない。村民に認めてもらうどころか農業をよく知らないダメ河童として罵られてしまうかもしれない。


「……間違えられへん。この水田の広さに見合うだけのキュウリを育てなあかんのや」


 タガッパの名を持つ河童としても失敗は許されない。

 これからここでどれだけ暮らすことになるのかはわからないが、今後のためにも自分の存在価値を示さなければならないのだ。

 この水田で立派にキュウリを育てられるかどうか。その成否はとても重たい意味を持っているとセイジロウは捉えていた。


「どれや? どれや? よう見ろワイ……このどれかや。分かる筈や。ワイなら分かる筈や!」


 まるで大好きなアイドル河童の全身を視姦するかのような集中力でもってセイジロウは様々な種を凝視し続けた。

 わかる筈だと口にしていてもそれにはろくな根拠などない。しかしセイジロウはなぜだかそのことを確信していた。


 そしてそれを裏付けるようにセイジロウの視界に不思議な表記が見えた。


『名:カワンキュウリの種子

 説:ウリ科の植物の種。異世界ヤマトの国ゴコクにて広く栽培されているキュウリ。成長にほとんど水を必要としないがあまり大きくはならず長細い実がつく。味も悪く売り物にはならないため一部の河童や家畜の餌にしかならない』


「……ありゃ、なんやこれ?」


 セイジロウは見間違いかと思って目をこする。しかしその文字列は消えなかった。いや、セイジロウが首を捻りながら別の種に目を移すと消えてしまった。

 そしてまた別の表記が現れた。


『名:ナルミキュウリの種子

 説:ウリ科の植物の種。異世界ヤマトの国ナルミに生まれたとされるキュウリ。たいていの土地で育てることが可能で広い地域で栽培されている。一般にキュウリと言えばこのナルミキュウリを指すことが多い』


「またや……! これがなんの種なんか教えてくれとる!」


 セイジロウは2度の試行でなぜか感じていた自信の根拠を理解した。自分の中に不思議な力が目覚めていたことに気付いたのだ。


「これはカノベでもよくあるやつやな。あれや、『鑑定』いう能力や! ……まじかぁ、ワイ主人公みたいやんか。いつまでたってもヒロインが登場せえへんからモブかと思っとったわ」


 自分は物語の主人公かもしれない。その可能性に気付き、輝かしい栄光を手にした未来の自分の姿に思いを馳せ、セイジロウはニヤリと笑みを浮かべた。誰もが顔を背けたくなるような不気味な笑みであった。

 ヒロインが不在なのは気になるところであるし今後登場する予定があるのかも不明というか期待薄な気がしてならないが、とにかく主人公であるのはいいことだ。


 主人公といえば、なにはともあれ――


「……なんやろ、ヒロイン関係のイベントがからまへんとあんまり楽しい展開があらへん気がするんやけど。たいてい偉い人とか怖い人に絡まれたり困った人助けたりとかそんなんやん。ジャンルとしたら農地開拓系か? 確かに今やってるけどなあ。これ結果でるのに時間かかんねんなあ。他は人里離れたところに放り出されて食うに困って野生に目覚めるみたいな展開の話もあったけど、あんなん嫌やわ。あと世界の危機に妖怪とか人間をまとめあげるみたいなんもあるあるやけど、どう考えてもガラちゃうし大変やん。……ヒロイン不在やと主人公ってやる旨味あるんか?」


 結局の所、くだらない独り言が増えるのは孤独故である。


 セイジロウは主人公のメリットとデメリットをあげつらいながらも目覚めたばかりの『鑑定』能力を使ってキュウリの種を調べていった。

 自分が主人公であるかどうかはともかく、このキュウリの栽培をまずは成功させなければならないのは何も変わっていないのだ。




 目的のエンゾキュウリの種はすぐに見つかった。調子に乗って手当たり次第に鑑定してしまったため時間はかかったが、元々候補は絞られていたのだ。だからこそ逆に最後の方に順番を遅らせてしまったわけだが、ついにセイジロウはその鑑定結果を目にした。


『名:エンゾキュウリの種子

 説:ウリ科の植物の種。異世界ヤマトの国の一部の地域で栽培されているキュウリ。生育には大量の水が必要とされ、キュウリとしては珍しく冬に実をつける。一般にはハカッパ・エンゾが品種改良に成功したと言われ名前の元となっているが、本当はテンカッパ・タイチが開発者である。発表前に毒殺されたテンカッパ・タイチが死に際に種子に呪詛をばらまいたため、今でも一部の種子が呪いを受け継いでいる。この種子は呪われていない』


「これや! ようやく見つかったわ! …………って、うあああああっ、見たらあかんもんまで見てもうた……。呪いってなんやねん、怖いの止めてやホンマ勘弁して」


 そんな表記が見えては他の種子も確認せねばなるまい。

 セイジロウはエンゾキュウリの種を一つ一つ鑑定し、呪いの有無を調べていった。

 幸いセイジロウが持っていた種は全て呪われていないことがわかったため一安心である。

 だが呪われた種子を育てるとどうなるのかとか、今まで実家で食べていたのは大丈夫なのかとか、そういった疑問が解消されることはなく、セイジロウ個人の不安が完全に払拭されることはなかった。


「……気にしたら、負けや! ワイは主人公や! こんなんなんてことあらへん。あったとしても主人公補正とかご都合主義でどうとでもなるわっ。ワイはこの新たな力とエンゾキュウリで人心を掌握してみせるんや!」


 前向きなのはセイジロウの取り柄といえるだろう。

 エンゾキュウリについて怪しげな怪文書を見せられたような気分でもあるが、それでもセイジロウは気を取り直して水田に種を植えていく作業にとりかかった。

 誰も手伝ってくれない一人での仕事。彼がやらなければ先に進むことなどない以上、立ち止まってなどいられない。それをわかっているからこそセイジロウはひたむきに進んでいくのである。

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