新生活の第一歩
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新しい住人を迎えての村での新生活が始まった。
まずやるべきは現在テント暮らしの住人の家を建てること。それと畑作りを並行して行う。
初日は魔物3人組を紹介した後は村の中を案内して回り、翌日からさっそくそういった生活のための活動を開始した。
オージが連れてきた奴隷10人のうち2人はよぼよぼの爺さんだ。もうろくに働けない2人だが、一人は畑仕事、一人は建築に関して長年培ってきた豊富な知識と技術をもっている。当初の予定通りこの2人の爺さんを指導役に抜擢してそれぞれの指揮をとらせることにした。
建築にはグラムスさんに俺を含めた男衆とマカンを加えた5人があたる。
巨体のドリットは見かけ通り怪力の持ち主で力仕事は適任だ。俺やグラムスさんもそこらの野郎どもよりかは力があるし、マカンは見かけに反して魔力に底上げされた腕力はかなり強い。細身のブレだけは力仕事は不向きな方ではあるのだが、それでも兵士時代は有無を言わさずこういう仕事を任されることもあったのだから、他の女にやらせるよりはマシだろう。
「あー、ビィ様……」
「ビィでいい。年寄りに畏まられるほどたいした人間じゃない」
「はあ。そういうもんですか? ではビィさんと」
「ああ」
この爺さんはロットミルという名で、以前は王国中央部にある都市で30人ほどの部下を率いた大工の棟梁をしていたらしい。魔族に街を蹂躙される直前に多くの住民とともに西に向かって逃げだしたのだが、道中魔物の一団に襲われて大工仲間のほとんどが殺された。
豊富な伐採所を失ったため、木材などが軍事物資として管理されていた戦争末期は王都に大工の仕事などなかった。だから一大工としてやり直すこともできず、そろそろ隠居を考えていたことや跡取り息子を失ったこともあって生きる気力も失いつつあった。
それから王都の片隅でなんとかその日ぐらしをしていたが、それも厳しくなったためにダメもとで奴隷となった。買い手が見つからなければ野垂れ死ぬしかなかっただろう。
「ざっと見たところ、あそこの廃屋はまだ基礎が生きてやす。全部壊して一から立て直すより、あれを直しちまう方がずっと楽でしょう。それで一軒なんとか確保して、もう一軒はあっち側に小さいのを建てちまおうかと思うんですが……」
「判断は任せる。俺は色々経験してきたから手伝いはできるが本職に意見するほどじゃない。ロットミルさんがこの仕事の頭だ。頼りにしてるぞ棟梁」
「お、おう。ありがとうごぜえます」
まず最初の住居は女用と男用で分ける。
男の方が数が少ないから女用の方が大きめの家を作る必要があった。また、男の方が体力があるので野宿に近い状況も長期間耐えられるだろうから女用が優先だ。
お貴族様であるジルユード・クロインセとエステル・カモルの2人には個別に建てるべきなのだろうが、それはまた今後となる。女用が完成すればジルユードは当面そこで暮らす予定だし、エステルは戸建てができるまでは俺の小屋に間借りすることになっていた。
建築に関わる人数は少ないが、俺を含めた元兵士4人は似たような経験はいくらでも積んできたのでわずかな指導でテキパキと動いていける。マカンは目を離すとなにかと危険なので目の届く位置に置くようにしているが、やる気はある子なので適切な仕事さえ与えてやれば大人顔負けの仕事量をこなしてくれていた。
そうやって俺たちが大工仕事をこなしている間、単純な力仕事には向かない残った女性たちは畑仕事を請け負うことになった。一人だけ目が不自由でろくに働けない女がいるんので、残りの7人でがんばって畑作りをしてもらうことになる。元々農家の出という女性もいるのでそれほど心配することもなさそうだった。
女たちの年齢は上は30過ぎから下は13歳。まだまだ労働力としては申し分ない年齢だろう。ちょうど一番年上のロージーという女性が実家が農家だったということもあって彼女らのリーダー役を務めてもらう。
そして指導にあたる爺さんはグーブールという男で、農作物に関しては手広い知識を持っていて、その土地の風土気候季節にあった育てやすい作物は何か、ということや畑の作り方まで熟知しているということで、知識面においては非常に頼りになる男とのことだ。
なにも問題がないようならこの2人を中心にして農作業を進めてもらうことになった。目指すは完全な自給自足だ。
「おいビィビィ、このガキンチョが大人顔負けの力持ちだってのは驚いたがよ、そりゃまあいいよ。だけどあのスケルトンとか緑のには手伝わせねえのか?」
「セイジロウの奴は一足先に畑に出てる。女らと一緒にやらせるのは問題が起きそうだから以前のまま一人で続行させることにしたんだ。合流させるかは今後検討するが今は保留だ。で、父さんと母さん――スケルトン2体は村の巡回をしているよ。あれで気配には敏感で警戒要員としては馬鹿にならない」
「っつっても今はこっち優先させてもいいだろうが」
「スケルトンは力が弱いんだよ。なんせ筋肉ゼロだからな。力仕事はとんと向いてない」
「ああ……」
フットワークは軽いんだけどな。まあ実は全く何も持てないってほど貧弱じゃないんで戦力にならないこともないんだが、それよりも長時間一緒に仕事しているとこっちが別の意味で疲れそうなのでできれば遠ざけたいというのが本音だったりする。
そんなやりとりもあったが、口を動かしながらも手は止めずにテキパキ動く。野営用のテントがあるのでそこまで大至急家を建てなければならない訳ではないが、最低限冬が来るまでにはある程度マシな代物が欲しいのは確かだ。
この村は冬でも温かいほうではあるが、それでも時折り寒波はある。雪の降る日もある。夏の暑さを考えれば隙間風が吹くのもそれはそれで悪くないのでそこまでしっかりとした造りにする必要もないのだが、冬の間少しでも暖のとりやすい環境を構築しておく必要があった。
そうやってほとんどの者が割り振られた仕事を開始しだした訳だが、家の建築にも農作業にも関わっていない人員が6人いる。
この小さな村には似つかわしくない貴族の2人とその護衛が2人。目が不自由な女とそして女魔術士である。
貴族の一人、エステル・カモルは最初大工仕事でも農作業でもどっちでも手伝いますと言い出してくれたのだが、いかんせん彼は正真正銘の箱入り息子だ。彼についてはまた後ほど詳しく述べたいと思うが、それこそ今まで蝶よ花よと愛情たっぷり甘やかされて育てられただろうこと疑いなし。性格はおっとりしていて毒はないのだが、体格含めて力強さというものを一切感じさせない男だった。
なのでやる気は認めるが足を引っ張るだけになるのが目に見えているのでこちらから遠慮願った。
これがたんなる平民なら死ぬ気で仕事を覚えろと背中を蹴り飛ばしてでも参加させるのだが、彼は貴族である。役に立たない高貴な身分の者なんぞ周囲が無駄な気を遣わされるだけ苦労が増える。
怪我されてもかなわないし、暑さで倒れられても面倒なのだ。
それでも本人は何かやらせてくれと嘆願してくるのでちょっとした雑用をやってもらっていた。およそ貴族がやるような仕事ではないしほとんど護衛の少年がやってしまっているようだがこの際気にしない事にした。
……悪い奴ではないんだがなあ。
そしてもう一人の貴族であるジルユードは全体の仕事の監督をしている。
これからの予定を考え工程をたて、進捗状況を鑑みて修正を加えたりする、そういった仕事だ。またアルマリスと一緒に村を何度も見て回って住居だけでなく今後どのように村作りをしていくのかといったもう少し先のことまで含めて検討に入っている。
現在村にある使えそうな道具や施設、今後必要になりそうな物の洗い出しなども考えているようだ。
この女はわりかし几帳面というか生真面目というか、杓子定規なところがある。ざっくばらんで行きあたりばったりが多い俺とは違い、予め綿密な予定をたててそのとおりに実行することを目指す女だ。
少々うっとうしいところもあるがこういう管理業務には向いているし、ジルユードの立場からいえば行うべき仕事としてはこれが正解だ。貴族である彼女がわざわざ平民に混じって土や泥に汚れる仕事をする必要はない。立場ある者はその分大きな責任を負っている。目の前のことよりもさらに先まで見通して考えていく必要がある。本質的に俺よりも上官に向いているのは間違いないだろう。
それとジルユードは目の不自由な女を自分用の侍女にするつもりであれこれ世話を焼いているようだった。……そう見せかけて陰でいじめているのではないかと密かに気になったのだが、そういう訳ではなさそうだ。
この侍女見習いの女は一時軍で薬師として働いていてその時の戦傷で目が見えにくくなったという事なので、戦で指揮官として失敗したジルユードには思うところもあるのかもしれない。
最後の一人、ダンクルマン老師の弟子である女魔術士システィ。
彼女に関しては氷を生み出す魔術を使って食物が傷まないようにする仕事を割り振っている。夏真っ盛りであるため、溶けにくい氷を生み出すのはかなり難度が高い筈だ。
そして彼女は魔術士としてはあまり魔力量に恵まれていないというハンデを負っていた。魔術を使う度にはっきりと自覚するほど疲労がたまるらしい。魔力を消費すると身体能力も体力も低下し精神的にも疲弊するため、彼女は休んで魔力の回復に務めるのが仕事であると言っていいのだろう。
なのでシスティは使い魔としてつれている白猫ともども日中からゴロゴロしているが、これはもう仕方ないと考えている。
外に出している食材が全て地下で貯蔵できるようになり、今より涼しい次期になればこんな風に頼らなくてもよくなる。彼女に別の仕事をしてもらうのはそれからだな。




