到着
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最近は本格的に暑くなりだしてきた。
陽が昇り切るより前の時間帯でも肌をチリチリと焼ける感覚を覚えるようになり、逃げるようについつい日陰を探してしまう。
この辺りの地域は冬になってもめったに雪が降らない温暖な気候をしている。しかしその分夏は暑い。
この村は森に囲まれているためまだマシだが、森から少し離れただけでもはっきりわかるぐらいには気温があがる。それは日中の活動を控えなくては命の危険を感じるぐらいだ。
『暑くなった? おかしいな、まだぜんぜん汗をかくほどじゃないと思うけど』
『長いこと涼しい場所で暮らしていると少しの暑さでも堪えるようになっちゃうらしいわよ? だからビィは暑さに弱くなってしまったのかしらね』
いやスケルトンの感覚と一緒にしないでくれ。父さんたちが汗をかくとかありえないから。もしあったとしたら骨が溶けるほどの気温ってことだ。地獄か。
俺からしてみれば昔から村の夏は暑かった。だからよく川に涼みにいったものだ。
ちらりと視線を横に向けるとマカンがうつ伏せになって伸びていた。口が半開きになって「あぼおお」とか意味不明な言葉が時折り漏れてくる。
今日はさっきまでみっちりと武器を使った戦闘訓練を行っていたのでへばってしまったのだ。
もっともそれだけではなく、最近マカンが昼間だらけだしたのもこの暑さのせいだろう。しきりに川に行きたがって困る。炎の魔法を使うのに暑さに弱いとか貧弱な奴だ。
いっそいい機会だからマカンに泳ぎ方を指導すべきかなあ、なんてことも考えた。でもそうするとマカンは一人で泳ぎに行っちゃいそうなんだよな。今は泳げないから水に入るのも慎重だけど、この警戒心が無くなるとそれはそれで一時の大雨なんかで水量が増した時に流されそうな気もするし。かといって父さんたちも泳げないからあてにできないし。ううむ。
『ところで今日はこれからどうするね。何か手伝おうか?』
「そうだな……」
骨の体を得てスケルトンとなった両親は働く意欲に満ちていた。
もともと村を守る衛兵だったこともあるのだろうが、昼夜村の周辺を見回ってくれたり、廃屋から使えそうな品や材料の調達をしてくれたりといった仕事を率先してやってくれるので助かっている。マカンの世話も焼いてくれるので俺も他の仕事に集中しやすくなった。
『マカンちゃん、膝枕してあげましょうか?』
「かたいぃ」
「母さん、骨枕だろそれは」
身内贔屓なのかもしれないが、マカンは愛らしい子だ。父さんにしろ母さんにしろ何かと気にかけてくれるのはありがたい。ただいちいちやることが突っ込まざるをえないことばかりなのはどうにかしてもらいたい。
「それはそうと、父さん、セイジロウのことを少し気にしておいてくれ。今は一人で好きにさせているけど、妙なことをしでかされるのが一番困る」
文化や習慣が違うというのは非常にめんどうだ。知らず知らずのうちに相手のタブーを犯してしまうこともありうるし、逆にこちらが絶対にしてほしくないことを平気でやらかしてくれる可能性もあるのだ。だから今はあえて距離をとることにしていた。
『それはいいんだけど。少し不思議なんだけど、ビィはよく彼を受け入れたよね?』
その疑問はもっともだ。俺だって本当ならあんなよくわからん奴は排除したい。
「マカンにお願いされちゃったからなあ……」
しかし子供の懇願には勝てない。
『でもそれだけじゃないんだろう? おまえは情は深いけど、利と理をないがしろにして危険を抱える考え方はしなさそうだ』
「む。なんだ、よく見てるな」
親だからだろうか。自分のことを理解してくれていると感じるのは少し嬉しいな。
『マカンちゃんのことを大事にしてるのはわかるからね。不安要素が大きいなら、あの子から嫌われることになっても心を鬼にして断固とした対応をとるんじゃないかと思ったんだよ』
「……そこまで甘いつもりはないけど」
言葉がすぼんでしまったのは、少しは甘やかしている自覚があるからだった。
「あれを近くに置くことにした主な理由はいくつかあるが、まあ異世界人なんてものを放置しておいていいのかっていう葛藤が大きいかな」
『殺してしまえとか思わなかったのかい? 私としてはあまりそういうことを勧めたくはないんだけどね』
「思ったけど。だから葛藤してるんだよ。……そもそも異世界からの迷い人っていうのは『勇者召喚』の弊害だ。俺も少しはそれに関わっているし……いや、そもそもリーン王国自体がそれをやらかして恩恵を受けた以上は、その影響に対しても責任があるんじゃないかと思わなくもない。だから無碍に殺せなかった」
見るからに悪人なら躊躇する理由もなかったんだが、あいにく今の所そういう傾向が見られない。まったくもって残念だ。
異世界人への対応を俺が一人で面倒みないといけない筈はないんだが、勇者絡みのあれこれはとかく情報を正しく認識している人間が少ない。そういう意味では適切に事情を鑑みて対応できる人材という意味で俺に仕事が回ってくるのも必然なのかもしれなかった。
「他の理由としては、先日の魔獣の件だな。あいつは自分を魔族じゃなくて妖怪だと言っているが、俺に言わせれば同じものだと思っている。ならあいつは魔素の魔力変換能力が人間より優れているかもしれない」
『ああ。なるほど』
魔獣が発生しやすくなるのは魔素濃度が濃い場所だ。それを局地的に下げるには魔力変換効率を上げる必要がある。魔物、魔族が多くいる地域ほど魔素が薄くなる筈なのだ。
他にも無駄に魔法や魔術を使わないということもあるが、魔力自体は普段生活しているだけでも消費し補充されているから実のところそういった消費は誤差のようなものでしかない。
あのタガッパ・セイジロウという男が本当にそれに役立つのかは確かめようもないのだが、身の回りの危険を長期にわたって減少させてくれる可能性は確かにあるのだ。
ただ、魔族の中でも魔力変換能率の悪い種もいるようだからマイナスになる可能性もある。そういう意味ではこの理由はそこまで強くはない。もともとどうあがいたってたった一人増えた程度では焼け石に水であることにも変わりはない。
「そして一番大きな理由は、マカンに注目を集めないでこの村の方針を明確に示すことにつながるからだ」
マカンを魔王に擁立するのは人間と魔族双方の平和のためだ。
別に手と手をとりあって暮らしていく未来なんて夢見ちゃいないが、お互いに争わないで良い未来にはしなければならない。魔物や魔族がそばにいる隣人であることを認めなくてはならないのだ。
この村の存在をおおっぴらにするつもりは毛頭ないが、これから先訪れてくる一定の人間には知られることになる。後々マカンには他の魔族を配下としてとりこんでもらわなければならないのだし、そうなればここに魔族が訪れることも起こるかもしれない。
だからこそのテストケースだと思っている。
マカンを矢面たてずにそれができれば、いざ大事になったとしてもセイジロウを切り捨てて有耶無耶にすればいいのだから。
『……おまえ、ずいぶんと色々考えているんだねえ』
「実際はほとんど後付けだけどな」
自分でも意外だが、やっぱり一番大きな理由はマカンに懇願されたからのような気がしてならなかった。それ以外に何か理由をつけて自分を納得させたかっただけなのかもしれない。
◇
ここ数日時間を見つけては物づくりに没頭している。
作るのは主に机や椅子といった生活に役立つ品々だ。
村に商隊がやってくるのを見越してすでに居留地となる場所の確保は完了している。
雑草を抜き小石をどけて地面をなるべく平らにならし、炊事などに使う窯を組み上げ、厠用の穴掘りとその周辺を覆う囲いの作成といった必須項目はそうそうに終わらせた。
なので次は水瓶を集めてきたり、薪用の材木を集めたり。そしてあれば便利な物づくりというわけだ。
「マカン、どうだ出来は?」
「……むずい」
「……おい、なんでこうなったんだ?」
マカンにも切断済みの椅子の材料を渡して組みながら釘を打ち付ける仕事をさせていたのだが、なぜだか椅子ではなく人型に組み上がっていた。
「こわさないようにしてたら」
「…………もう少しわかるように言ってくれ」
最初マカンは釘を打つにとどまらずにハンマーで部品を打ち砕いてしまったのだが、それに注意していたからといって人型に組まれてしまう理由がわからない。
「……むずい」
一人でやらせると集中力が持続できない、もしくは明後日の方向に発揮されてしまうのだろうか。
なんだか自分でも納得できないようでマカンは顔をしかめていた。
「とりあえず、一緒に一つ組んでみようか。あー、それとも別の作業やってみるか?」
「いっしょ」
「わかった。じゃあ俺がこれ持ってるから、ここに釘を打ち込んでみ」
「おけ」
ニコリとした表情で応えてきたマカンと一緒にしばらく工作にいそしんだ。
「おい、さっきまでちゃんと椅子の形だったのになんで人型になってんだよ?」
「むずい……」
どうやらこの子は工作に向いてない。
◇◇◇◇◇◇
◇
かつては頻繁に馬車が行き来した道。そこは長期間人の往来がなかったが、それでもわずかに轍が残り道であった頃の痕跡がうかがえる。
それは村と村をつなげ誘導するためのガイドとしての機能を未だ有していた。
そのロンデ村跡地に続く道を、ガタゴトと荷台を揺らしながら何台もの馬車が進んでいた。
馬車の周囲には武装した者が何人も徒歩で追従してきていたが、物々しい雰囲気でもなく和やかな空気が漂っている。
先頭を走る馬車の御者席には2人の男が座っていた。年若い10代半ばの少年と40過ぎだろう恰幅の良い中年が、周囲の風景を見回しながら談笑していた。
「この森の中に確かあるんだよな? ロンデとかいう村が」
中年の男が尋ねるというより確認のために少年に聞いた。
「そう聞いてますよ」
「もうすぐ着くんだな。いやあけっこうかかったかかった」
「ですね~。まあ道中賊に襲われたのは一度切りですし、楽な方だったんじゃないですか?」
賊に襲われたと語る少年の目には怯えなどの感情は見えなかった。当時のことを思い出すと逆に胸が踊りわくわくするぐらいだ。
「一度でも襲われたくなかったがな。でも護衛の奴らが優秀で助かった」
「そっすね。すげえ安心感あったっすよ。よくこれだけの人たちを集められましたよね?」
「主だったのが事前にビィから紹介状書いてもらってた奴らだからな。戦友どもだとさ」
「噂のビィさんかあ。俺もようやく会える訳っす。嬉しいなあ」
「嬉しいのはいいけど、おい、もう少し馬の足落とせ。道の状況あんまり良くねえんだから」
少年が目を輝かせて先を急ぎたがるのを中年の男がたしなめる。道中似たようなことが何度もあったので少し呆れ気味だった。
この暑い中、徒歩でついてきている者も多いのだ。もっと周りをよく見て動けるようになってもらわなければ困る。
ちょっとしたまがり道で中年の男は顔を横向け、後続の馬車がきちんとついてきているのを確認する。
ここに持ってくる荷を集めるのにはかなりの無茶と苦労をしたが、無事全て届けられそうで一安心というところだ。
特に最後尾の馬車で運んでいる人員を集めるのは大変だったなあと思いかえす。
中年の男はビィが今やっていることの目的や意義を理解している数少ない人間だった。だからこそ連れてくる人員は有象無象ではなく厳選しなければならず、気配りがかかせなかったのである。
「喜んでくれるといいんだが」
喜んでもらえるのと突っぱねられるかもしれないのと半々ぐらいだと思っていたからこその呟きだった。
「お、あっちの方明るくなってきましたね」
「拓けた場所に出たようだな。ようやく着いたか?」
馬車が木々の間を抜けてたどり着いた先、そこは今は廃墟となったロンデ村だ。
この日、ビィが待ちわびた商隊がついにロンデ村に到着した。
これによって新たな魔王を育成するための拠点づくりがようやく本格的に開始することになるのである。
たぶん近日中に閑話を一つ投稿すると思いますが、一章本編はこれで終わりとなります。
ここまで読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m
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