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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
21/108

セイジロウのお仕事

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 結局ロンデ村にタガッパ・セイジロウは住み着くことになった。

 下手な厄介事を抱えるのが嫌なビィは追い出そうとしたのだが、マカンがこれをかばったからだ。


「ちゃんとかうからっ。しつけるからぁっ」


 土下座しているセイジロウの頭の皿部分をなでなでしながらマカンがそう訴えた。この手触りが気に入ったらしい。

 そしてある意味セイジロウを人間扱いしていない説得にビィが折れ、それを認めさせた。


「あのマカンちゃん? なんやペット扱いはせんといて?」


 セイジロウも少しばかりの抵抗はしたが、結局追い出されるわけにもいかないためなあなあでマカンの下僕扱いになってしまったのである。


 初めは一晩だけ泊めてもらってからこの世界を見て回って元の世界に帰る方法を探してみようなどとも考えていたのだ。

 しかしビィからこの世界の話を聞くにつれてそれが甘い考えであることがわかってしまった。


「あの境界山脈を挟んでこっち側は人間の国だ。魔族はつい先日まで殺し合っていた仲なんで、おまえが人里に現れたら普通は兵士を呼ばれて問答無用で殺しにかかってくる。行くのはいいが俺たちと関わったことは喋らずに死んでくれ。

 境界山脈から反対側は魔族の領域だ。魔族にしか見えないおまえが向かうならあっちだろう。魔王がいない今は実力主義の無法地帯に近くて、穏健な連中に世話になれればいいが、弱い奴は何をされても文句を言う資格はないという思想の奴らも多いからせいぜいなめられんようにな。凶暴な魔物の一匹も手なづけられれば少しはマシになるかもしれん」


 などと言われて身動きとれなくなってしまったのである。


 生まれてこのかたセイジロウは武器など持ったことがない。鋤や鍬といった農耕器具なら手に馴染んだものだが、ろくに殴り合いのケンカすらしたこと無いのである。実力主義とか言われても困るのだ。

 ビィとマカンが狩ったという猪や熊の毛皮を見せられ、こんな生き物があたりまえのようにあっちこっちにいる場所を一人で旅するなど無謀もいいところだということぐらいは察することができた。


「せめて! せめて一人でも生きていける目処がつくまでは見捨てんといて!」


 そうすがりつくしかなかったのだ。


 ビィからは散々厄介者扱いされ拒絶された。セイジロウは妖怪であって魔族ではないのだが、この世界の区分では魔族にしか見えないセイジロウと共に暮らしていくことなどできないと。


『ビィ、珍しいね、お客さんかい? 私たちにも紹介してくれないかな?』


 しかしそこに現れたのが動く上に喋る2体の骸骨だった。

 セイジロウはあまりのことに腰を抜かしたが、ビィは頭を抱えてしまった。

 スケルトンやゾンビというアンデッドモンスターの中でも自我のない存在は人間の区分では魔物とされる。しかし明確な自我を持っているものは魔族の仲間に分類された。

 つまりビィはすでに魔族と仲良く一つの村で生活しているようなものだ。


「……魔物なら。魔物なら使役していてもおかしいけどそういうこともあるかもしれないと言い張れるかもしれない」


 実際過去に魔物の使役に成功した例はある。ただ魔王の支配力の方が圧倒的に上なので魔族との戦争時に人間に飼われるような魔物は皆無だった。しかし今ならそういうことができてしまったと言い張れるとビィは考えたらしい。


 そして冒頭の話となる。

 しばらく紆余曲折あったが、ビィの両親もセイジロウもともに表向き魔族ではなく魔物としてマカンに使役されている立場であるということになったのだった。


「……魔族と魔物の詳しい分類基準なんて一般人は知らん筈だ」


 などと強引に自分を納得させているようであったが。




 ザクッ。ザクッ。

 セイジロウは畑を鍬で掘り返していた。

 雑草や野菜の成れの果てなどもろもろ一緒に鍬を入れて掘り返す。

 畑を作るためではない。

 ここに水田を作るのだ。

 本来そんなもの作れる訳がないのだが、しかしセイジロウは逆にできない筈がないと胸を張って答えて見せた。半分は虚勢だ。ここに置いてもらうために役にたつ仕事を請け負わなければならない。

 そしてセイジロウができると言えることが水田作りだった。


 水田にはいくつもの課題がある。

 まず土壌と地盤だ。

 なんでもいいわけではない。基本的には水はけが良いのが好ましい。ただ水を吸いすぎて地下に流してしまう土地ではどうあがいても水田は作れない。

 そして水だ。豊富な水が必要だった。

 一度貯めるだけではなく、順次入れ替え続けるために豊富な水源が必須となる。なので普通は川から水路を引く。

 最後に気候。

 作物にはそれぞれそれに適した気候がある。寒さを経験させなければならない作物。暑さで簡単に死んでしまう作物。作物という区切りだけではまちまちであるが、こと水田でつくる米という種類で考えるなら夏に気温が上がりすぎるこのロンデ村近辺の気候は適していない。

 さらに土壌と水に関しても不適切である。

 土は水はけが良いとはいえず、水源も村では基本的に井戸水頼り。近くに川もあるが村の方が若干高い位置にあるためそこから水路を引くのは簡単なことではないのだ。


 稲作に関して言えば、リーン王国でも米を作っている地域はある。

 ここよりもっと北部の方にはかつて大規模な田園地帯が拡がっていた。戦時中は見る陰もなくなってしまっただろうが、さすがに真っ先に復興させるべき事業であったので昨年はすでにそれなりの収穫がとれるまでになっていた。


 しかしここからは遠距離で、ビィの手配している商人がどれだけ運んできれくれるかは未知数だ。王国全体でみればまだまだ食料不足に苦しんでいるのが現状でもある。もしこの村にも水田が作れるのであればそれは朗報と言えるだろう。

 だができるとは思えなかった。普通はありえない。やろうとしても多くの人手が必要だろう。条件が悪すぎる。


「できるて! 任せといて!」


 他の人にできないことができるのであればそれは自分を売り出す大きなアピールポイントとなる。

 だからセイジロウはその仕事をやらせてみせろと主張した。半分は虚勢だったができるという見込みもあったからだ。


 タガッパ・セイジロウは河童であり人間ではない。

 人間の常識にとらわれない力を持っていた。

 タガッパという姓はもともと田園に根ざす河童を指したという。水田を作り作物をつくることを代々磨き上げてきたスペシャリストだった。

 その誇りがセイジロウを突き動かし、ビィにその仕事を認めさせた。

 実際問題ビィからしたらセイジロウに普段何をさせるべきかは悩みどころだったのだ。実益がでるかはともかく、何かしらの仕事を割り振る必要はあった。だから認めたのである。

 どのみち苗も何もないのだから、もし本格的にやらせようとしても来年以降になる。最初から期待はしていないので、他にさせるべきことが思いついたら適当に切り上げさせるつもりだった。


 しかしセイジロウはやりきるつもりだ。

 タガッパの名にかけてここに立派な水田を作る。そうビィに向けて断言した。それは自分を認めさせてやるという強い決心の現れだ。

 その上でもし失敗したら……どうなるかは怖いので今は考えないことにしていた。


 ザクッ。ザクッ。

 大雑把ながらも的確に畑を掘り返す。

 こんな作業は子供の頃からやってきた。とくに深く考えなくても自然に体が動く。


「……しっかし異世界とかホンマかいな。自分でも未だに信じられへんわ」


 だからつい独り言を呟きながら考え事をする余裕なんかもあった。


「カノベじゃようある展開やけど、それやったらもうちょいお約束のご都合主義的なもんもあってもええんちゃうかな。最初は人間の少女やのうて河童美人との出会いやろやっぱり」


 ちなみにカノベというのはヤマトの国で出版されている河童が主人公の本の総称だ。人間はほとんど購入しないが、河童人口もそこそこの割合を締めているので需要はあった。中でも異世界物は人気のジャンルでそこそこの売上がある。

 現政府への不満の現れだなどと言われることもあるが一読者からすれば知ったことではない。


「まあ荒れた地を普通の河童が実りある土地に変えるっていうのも定番やけど」


 河童は争いごとを好まない。過去には必要とあれば武力の行使も行ってきたが、平和な時代になれば自分から争いに飛び込む気質はない。なので治安を守るためにも必要な警官は人気のない職業だし、カノベの内容でも異世界にいったからといって武力をひけらかすような展開は好まれなかったため、暴力的な内容はほとんどなかったりする。

 だからこそ好奇心だけでこの村を離れることができなかったのだ。


 異世界に来たなど馬鹿げている。

 確かにここは知らない場所だが、それだってなにかの間違いで長距離転移事故か何かあっただけではないのかと思わなくもなかった。ならばヤマトの国だって距離が離れているだけでたどり着ける場所にあるかもしれない。

 しかし異世界に来たことを信じなければならないという理由もあった。


「ワイ、今何語で喋ってるんやろ……」


 言葉が通じていたから気にしなかったが、どうも注意して聞いてみるとビィやマカンが口にしている言葉はセイジロウが慣れ親しんだ故郷の言葉ではなかった。なのになぜか理解できていたのだ。そして自分が口にしている言葉だって知らない言語であった。

 それに気がついてしまうと異世界転移という馬鹿げた現象にも信憑性がついてきてしまう。

 ビィが言うには世界を越えた際にその世界に適した能力が身につく可能性があるとかないとか。どちらかというとカノベで慣れ親しんだセイジロウの方がすんなりと受け入れられるお約束だった。

 その上でビィに見せてもらった本の文字は読めなかった。

 セイジロウが書いた故郷の文字もビィとマカンは読めなかった。

 頼りになる知り合いがいないと絶対に困るパターンだ。


「異世界か~。カノベ読んでる時は一回行ってみたい思うてたけど……せめて春画とか処分する時間ぐらい欲しかったわ。ワイが帰ってこうへんて姉ちゃんとかに家探しされてあんなん見られてもうたら、けっきょくもう帰っても合わせる顔あらへんやん……」


 わりと切実な問題で絶望もした。




 ザクッ。ザクッ。ザクッ。ザクッ。

 軽快なテンポで音が続く。

 セイジロウの腕は確かなものであった。農業に長年勤しんでいる者が見ても目を見張るぐらいの達者ぶりだ。


「ふう。ちょっと休憩しよかな。たぶんワイ一人で管理することになるやろうし、あんまり広く作りすぎてもあかんやんな。……下手に広くしすぎて失敗してもあかんし、あそこら辺まででとりあえずええかな?」


 うまくいったならまた後日水田を拡げてもいいだろう。

 とりあえず自分は使える奴だ、と見せることが大事である。そして主食の安定した生産を目指すのだ。それができればここに落ち着くのも悪くないと思えるかもしれない。セイジロウはそう思った。


 後日ここには小さいながらも見事な水田ができあがってビィを驚かせることになる。

 肝心の土壌改良と水の供給はセイジロウの生まれ持った魔法頼りとなるため、文字通りセイジロウ抜きでは維持できない水田ができあがるのだ。


「さ、がんばって大量のキュウリ作るで!」


 その水田からは何故か米ではなくて普通畑にできる筈のキュウリばかりが実るのだが、そのことをビィが知るのはさらにもう少し後のこととなる。

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