先祖伝来の魔剣
さっそく鉄箱を開けて中の剣を拝見してみよう、そう思って開閉のためについている取っ手をひっぱってみたのだが、なぜだか開けられない。
見た感じ鍵穴もないし隙間に何かを溶かして埋めているという感じでもない。
「開かないぞ?」
『ビィでも開けられないのかい? その剣は持つに相応しい者なら手にとることができると伝わっているんだけど』
理屈はわからないが、人を見極める特殊な能力が何か備わっているということなのだろうか。そう言われてしまえば自分の力のなさを恥じる思いもあるが、中身に対してはますます興味が強まるというものだ。
「ビィせんせ、これ?」
興味がわいたのかマカンが鉄箱をペタペタ触りだした。
すると、いきなり箱から圧迫感のようなものを感じるようになってきた。
なんだこれは?
「マカン、何した?」
「こわれた」
「……え、何が?」
「くさりみたいの」
「…………魔力で封印されてたのか?」
「わかんね」
わからずにやるなよ、とは思ったが、恐らく正解だったのだろう。この鉄箱は中の物を外界から隔離するための封印箱だったのだ。
つまりマカンのように精密な魔力視と封印を破れるだけの力を持った者がこの剣の所有者に相応しいということなのだろうか。
そういう意味では俺は不適格ということになる。
「あける?」
「開けて……いいんだろうか」
マカンが封印を解いた。
それはいいとしても、なんだこれは。
空気が重くなったかのような妙な息苦しさを感じる。悪寒を感じる。これで咳に鼻水でも出始めたら風邪でもひいたかなと思うのだろうが、さすがにそれはない。
『ビィ、開けないのかい?』
『ここまできたら母さんも見てみたいわ』
「…………」
父さんは俺がこれを継いでくれるのを期待しているのだろう。立派に成長した息子が偉大な先祖が残した剣を手にする光景を見たいに違いない。そして両親ともに一族が代々継いできた宝剣の姿をぜひとも見たいと思っているに違いない。それはわかる。
しかし本当にいいのか?
なにかヤバイ物のような気がしてきた。
そもそもこれが封印されていた理由っていったいなんだ?
「えいっ」
「マカン!?」
俺が躊躇しているのにシビレを切らしたのは不肖の弟子だった。俺が止める間もなく取っ手に手をかけ箱をあけてしまったのだ。
この子はもう、ホントに好奇心旺盛だなあ、ちくしょうっ。
「…………うぁっ」
思わず変な声がでてしまった。
中に入っているのは剣なのは間違いないだろう。鞘の形状からして幅広な剣身の片刃の剣だ。鍔はなく、両手で持つに不足しない長さの柄がついている。
あまり見かけない形状ではあるが、見た目だけで言うならそこまで驚くほどのことはなかった。
しかし問題はそれ以外だ。
「これ呪われてんだろ……」
はっきり言って禍々しい。あっちこっちについている赤黒い染み……血だろうか? 仮にそれらがなくてきれいな身なりだったとしても持つことを躊躇する。たいして魔力を視認する力のない俺にもどす黒い魔力が満ちているのが見えてしまうのだ。
――これはダメなヤツだ……。
剣を継ぐとか所持するとかそういう類の存在ではない。きちんと封印して人の目に触れないところに隠しておかなければならない物に違いない。
ひょっとして祖先が王家からこれを託されたのは、体よくいらない物を押し付けられただけなのではないかという気すらしてきた。
『さあ、ビィ、抜いてごらん……』
『剣を抜くのよ、ビィ』
いやだ、触りたくない。
というかこれがヤバイものだっていうのは父さんたちにはわからないのか? マカンも見た感じあまり警戒心を刺激されていないようではあるのだが。
『ウヒヒヒヒ、さあさあ、抜くんだビィ! さあさあ!』
『ああああ何かしら、ゾクゾクする。ゾクゾクするわぁっ!』
「――いやどう考えてもおかしいだろ!?」
父さんも母さんも絶対妙な影響受けてんだろうが!?
『ケヘヘヘ、おかしくないおかしくないおかしくないぞおっ! 何にもおかしくないぞおっ! ヒャハーッ!』
『はあぁぁぁんっ、いいわあ、この感じっ。ビィ、もっとぉ、もっとよっ。さあ早く剣を抜いてぇぇっ』
……完全におかしくなってんじゃねえか。
これはダメだ。本当にどうにかしないといけない。しかし再封印とかどうすればいいんだ? 魔術絡みの知識は俺には無い。
……ああ、しまった。あと少ししたら知り合いの魔術士がやってくるかもしれなかったんだから、それからにしとけば良かったんだ。
『……大丈夫だよビィ、何も心配する必要なんてないんだ。父さんを信じなさい。……ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!』
いやマジでどうしよう……?
両親の声がうるさいし危機感をつのらせてくれるけど、この2人には直接的に俺やマカンに危害を加えられるだけの力はない。そういう意味では助かっているが。
放置する訳にはいかないんだろうな。これまた埋めるだけじゃ意味ないよなきっと?
そうやってどれくらい俺は葛藤していただろうか。
けっきょく、
「えいっ」
スラリ。
…………っ!?
「マカーンッ!?」
退屈嫌いで停滞を嫌う娘っ子がまたもや先走ってやらかした。
ちくしょう、教育方針間違えた!!
◇
「ビィせんせ、なんかつながってる」
半ば放心している俺を無視してマカンが鞘から抜き放った剣と両親の影を指差して行ったり来たり。妙なラインで2人と剣がつながっていることを指摘しているようだ。
『ようするにだね、私たちがこんな姿になったとはいえ比較的自分を保っていられるのは、どうやらこの剣のおかげみたいなんだ』
「そなの?」
『うん、そうみたいなんだ。ファントムって土地から力を拝借した代償に土地に縛られる存在だと思っていたけど、私たちの場合はその宝剣が依り代とでもいうのかな?』
『私はあまりそういうのは詳しくないのだけれど、その剣から力が流れてくるのはわかるわ。そういうことだったのね』
『こうして大きくなった我が子に再会できたんだし、改めて我が家の家宝に感謝だね』
『もう足を向けて眠れないわね』
「ねれない?」
『そうなんだ。足も無ければ眠れもしないんだ!』
『もうやだお父さんったら、そういう意味で言ったわけじゃないわよ。うふふ』
「…………ねれる?」
『難しいかい? 君も死んだらわかるようになるよ』
…………いやいやいや、なんでいきなり普通に会話しているんだこの3人は。
おかしいだろ、さっきまでの不穏なやりとりはなんだったんだ。そもそもマカンは両親の言葉が聞き取れないと言ってた覚えがあるのに。
「……おい父さん、母さん、なんでさっきまでおかしかったのにいきなり普通に戻ったんだ?」
『ああ、簡単に言うと飽きたからかな。その剣を見てからなんだかすごく力がわいてきて気分が高ぶって仕方なかったんだけどね。でもあのテンションは疲れるし、冷静になってみるとバカみたいじゃないか。ビィもやってみたらわかると思うよ?』
やらねえよ、なに言ってんだこいつ。
「いや、飽きただけって……えぇ……」
『もう長いことあんまり刺激のない毎日だったものねえ。それが突然強い刺激を受けたものだから、私もお父さんもちょっと羽目を外してみたくなっちゃったのね。うふふ、私たちもまだまだ若いわねえ』
若……。いや、口に出すのは止めておこう。
「マカンは2人の言ってることがわかるのか?」
「でかくなった」
さっき力がわいてきたとか言ってたが、実際にファントムとしても存在力が増したということか? それで微弱だった思念も増強されてマカンが拾えるようになったのか。
「けっきょく、この剣は……」
『どうもアンデッドに力を与える類の代物らしいねえ』
物騒な話だ。いやまあ使い方次第ということになるのだろうか。どうにもまっとうではない剣にしか思えないのだが。
『……この剣を賜った我らが祖先の最期は魔物の大群に立ち向かって亡くなられたそうなんだけどね。その際に魔物の最後の1匹を倒すと同時に力尽きたらしいんだ』
「ああ、そんな話を聞いた覚えがあるな」
いわゆる民衆のために命を捨てて戦い抜いて散っていった英雄譚ってやつだ。この話を聞いた時には祖先に対して強い敬意を持ったし、俺もそんな強い戦士になりたいと思ったものだ。
『ひょっとすると戦っている時すでにアンデッド化していたのかもしれないねえ』
「…………その予想は聞きたくなかった」
下手すると本人の自我も関係なく、無理やり死んだ後も戦わせられていたのではないだろうか。狂戦士の伝説とかそんな感じだし。
やっぱりこの剣まともな物とは思えないよな。
父さんと母さんもいつもの感じに戻った風だが、実際にはこの剣の影響を受け続けているのは間違いなさそうだし、それが良いことだという保証はない。
こんな物騒な物だとわかってしまえば、間違っても売り飛ばす選択肢ももうとれない。
やっぱり再封印したいなあ。
そこらは近いうちにやってくる相手に期待するしかなさそうか。
「……どうするかな、これ?」
悩んでいるとマカンが感触を確かめるように剣を何度か素振りしだした。もしや気に入ったとかいうつもりだろうか。
「もしかして、おまえこれ欲しいのか?」
「べつに」
「じゃあ止めとけ」
もしもマカンが感じいるものがあったのなら持たせるのも良かったかもしれない。不用意にあれこれしでかす子ではあるが、俺よりもこういったヤバイ物に対しての耐性はとても強いからだ。今でも平気な顔をして剣を握っているが、特にこれといった影響はなさそうだ。
逆に俺はダメだ。妙なことになりかねない。呪いだとか精神汚染だとかは勘弁してもらいたい。この剣に触るのも危険な気がしてならないのだ。
「……どするの?」
「とりあえず鞘に戻してくれ」
「おけ」
鞘に入れている限りは問題ないなら万事解決だったのだが、剣を鞘から抜く前から両親は力を受け取っていたようだし、これだけでは何の解決にもならないのは明らかだった。
「マカン、箱の中に――」
『ビィが使わないなら父さんが使ってみてもいいかな?』
マカンの持つ剣に横から白い手が伸びてきた。
少し薄汚れた白い骨。そう、皮膚も筋肉もない骨だけの手だ。
「…………え?」
そちらに視線をやると、そこにはいつの間にか全身が骨のみのアンデッド・モンスター、スケルトンが2体突っ立っていた。
「…………え?」
『ああ、なんだか力が湧いてきたと思ったら、父さんたちファントムからスケルトンに進化しちゃったみたいなんだ』
『念願の肉体が手に入ったわね』
『よーし、未来に希望が見えてきたぞ』
『でもこれ、本当に私たちの体なのかしら?』
『どうかなあ。知らない人の骨が混じってる気がしないでもないよねえ。でも大丈夫、おまえはいつだってキレイだよ』
『あらやだもう、アナタったら……。でもアナタも素敵よ?』
「…………ええ?」
いつ以来だろうか。
これほどまでに現状把握がままならないのは。
とりあえず、なんとか理解したのは、両親がファントムを卒業してスケルトンになってしまったらしきことぐらいである。
「とうばつみっしょんでおけ?」
……それもいいかなあと思ってしまった。




