454 於市の方救出
織田信長視点です。
近江国坂田郡堀部村横山城 織田尾張守信長
小谷城へ交渉に向かわせた藤吉郎が、妹の市とその娘、その他随伴の者達を連れて戻って来た。
「御苦労、藤吉郎。ようやった。市等が無事戻ったのはお主の御陰じゃ」
「ははっ!」
藤吉郎は恐縮した表情を浮かべて頭を下げる。
ふふっ、そのような玉ではあるまいに。
少々大言壮語を吐く嫌いはあるが、与えた役目以上の働きはするし、何より傳兵衛の様に頭を悩ませる様な事もせぬ。
「備前守は降る気はないか?」
「某も悪い様にはせぬからと説いたのですが、残念ながら…」
やはり降る気はないか。
大樹の事であれば、儂が何とかしてやるものを。
愚か者め。
「仕方あるまい。藤吉郎、お主はそのまま小谷城攻めに加われ」
「はっ!御任せくだされ!必ずや小谷城を落とし、備前守を討ち取って参りましょうぞ!」
藤吉郎に小谷城攻めを命じて下がらせる。
備前守の室であった市が目の前におるというに、藤吉郎は場の雰囲気が分からぬのか。
全く、相変わらず己の欲を隠せぬのはどうにかならぬものか。
仕方のない奴め。
次いで市の随伴として浅井家へ同道しておった大野佐渡守(定長)と藤懸三蔵(吉勝、後の永勝)に話を聞く。
「佐渡守、三蔵、小谷城の様子は如何であった?」
二人は顔を見合せ、年長である佐渡守が口を開く。
「城に篭っておる者の内、幾人かを除いて士気は高いかと。このままでは終われぬとでも思っておるのでしょう。それでも空元気の域は出ぬかと思われます」
やはり、門を破るまでは降伏しそうにないか。
「朝倉軍の方はどうじゃ?」
「朝倉軍は小谷城の西、丁野山城に篭っておりますが、士気も低く戦にはなりますまい。一当てすれば直ぐにでも瓦解し逃げ出しましょう」
ふむ、ならば一気に蹴散らして北へ追いやれば、後の事は傳兵衛が何とかしよう。
「ふむ、相分かった。お主等はそのまま市等を岐阜へ送り届けよ」
「「はっ」」
浅井家から鞍替えした者も多い故、城内の様子はその者等から聞けば良い。
さて、残るは…
「市よ、よう戻った」
「兄上、備前守様は…」
「諦めよ」
儂の無慈悲な言葉に、市は悲し気に顔を伏せる。
「大樹の事は儂が何とかする故、降伏せよとの申し出を断り、城に篭るは彼奴の意地よ」
「せめて、せめて嫡男の万福丸殿の命はどうにかなりませぬか?」
市は、せめてとばかりに必死に備前守の子を守ろうと言い募る。
「ならぬ」
「まだ、万福丸殿は六つの童に御座います!」
「六つともなれば、既に世継ぎとしての教えは受けておろうし、自覚もあろう。尼子家がそうである様に、浅井家の旧臣共が万福丸を担ぎ上げて再興の兵を挙げるやもしれぬ。故に後顧の憂いは断たねばならぬ」
「ううっ…」
市には気の毒ではあるが、備前守が望んだ事よ。
「万福丸は見つけ次第殺す。精々見つからぬ事を祈るのだな」
市がハッとして顔を上げる。
「兄上、それは…」
「言葉通りの意味よ。見つからねば始末出来まい。但し、草の根分けても探し出すがな」
「左様に御座いますね」
まあ、それも城を落とし、備前守の首を取ってからの話よ。




